Ⅰ-30 玄兆

「兄上、どういう事ですか!?」


 ニニオは自室を訪れたアブトマットに詰め寄る。

 ガーランドの訃報から数日、今度は自分が第一王妃に繰り上げとなったと言われる。

 全くもって意味が分からない。

 国王が既に亡くなっているというのに、何故王妃の順位が変わるのか。


「話は聞いているだろう。ヘンリーはガーランドの子ではなかった。不貞の子だ。実の父親であるアルメは昨日処刑された。ツェリスカの身分は庶民に落とし、追放」


「それで空いた第一王妃の座につけと!?」


「その通りだ。王国内の情勢が極めて不安定な今、迅速に正当な王位継承者を選出しなければならない」


「……先日新たに城へ入ったシャルロット殿とヴィル殿が、正当な王位継承者という事?」


「その通りだ。ヴィル王子が第四六代国王となる。戴冠式は数日後。それまでにシャルロット妃を第二王妃に迎え、二人を王家の者とする」


「何と無理矢理な……」


 ニニオは吐き捨てるように言った。

 あまりにも乱暴な王位継承である。

 こんなことをして、諸侯を始め、民衆が納得するのだろうか。


「今必要なのは王国の安定だ。急にガーランドを失った王国には、早く後継者を迎える必要がある」


「何故、そのヴィルという御落胤でなくてはならないのですか? 王位継承権であればピダーセン殿にもある」


 ニニオは鋭い目付きでアブトマットを見る。


「前王よりも年寄りが即位して、民草が安堵すると思うか? どうせすぐにヴィル王子が即位する事になる。ならば間を抜いても問題ないだろ」


 不敬罪だ。

 王家を完全に軽んじている。

 自らが実権を握りたいというアブトマットの意図が、ニニオには見え見えだった。

 決して許せる事ではない。

 しかし、現時点で全ての実権を握っているのはアブトマットだ。

 下手に逆らえばツェリスカのように用済みとして捨てられるのではないか、ニニオは恐怖を感じた。

 この兄ならば、血を分けた家族ですら無慈悲に処理できるだろう。

 ニニオは幼い頃からこの兄の危険性をなんとなく感じ取っていた。

 今はまだ動く時ではない。そう判断したニニオは溜息を吐くと寝台ベッドに腰掛けた。


「それで民衆の怒りは治まるのですね?」


「治める以外にない。ここで国が揺らげば、ガーランドの死でただでさえ動揺している南部前線が、より危うくなる」


「……分かりました、兄上に従います」


「賢いお前ならそう言ってくれると思ったぞ」


 幼い子供をあやす様にニニオの頭を優しく撫でるアブトマット。

 ニニオは目を合わせないままアブトマットに聞いた。


「一つお聞きしたいのですが、よろしいですか?」


「なんだ?」


「ツェリスカ様は今、何処にいらっしゃるのです?」


 最も気になっていた事だ。

 第一王妃の位から廃され、庶民に落とされたツェリスカの今後が心配で仕方ない。

 庶民に落とされたのであれば、王宮から出て行くことになり、民衆の手が届きやすくなるということだ。

 王宮から追放された後、何処の誰とも知らない民たちに私刑リンチにかけられる可能性が高い。

 それで民衆の鬱憤は晴れるかもしれないが、そんなのは一時凌ぎでしかない。

 すぐに次の槍玉を探し始める。

 その場合、ガーランドの南部戦線視察を計画した王国軍、その長であるアブトマットが候補に上がるだろう。

 これはアブトマットにも充分予想可能な事態だ。

 ツェリスカは生かしておく必要がある。

 民衆の怒りの矛先がアブトマットへ向かないためにだ。

 裏を返せば、生きてさえいればいい。

 恐らく、ツェリスカの命が危険になる事はないとは思うが、確証が欲しかった。


「ツェリスカは捌神正教会の修道会が保護する事になった。あそこならば安全だ」


 それを聞いてニニオは幾分安堵した。

 この兄の事だ、シグ家の使用人にでもしそうな所を修道会へ移すとは。

 元々ツェリスカを快く思っていなかったアブトマットは、シグ家の使用人にする事で自己のちっぽけな自尊心を満たしたかったのかもしれない。

 カルカノはそれを見透かしていたのだろう。

 これはカルカノの尽力があったと考えるのが妥当だ。


「修道会で懺悔の日々を送っているというのは、民衆もある程度納得する事だろう」


「そうですね。それで、シャルロット殿を第二王妃に迎えるのはいつですか?」


「明日にでもと思っている。元は貴族の血筋とはいえ、庶民から王妃になるのだ、民も浮かれるだろうな」


 そう言ってアブトマットはニニオの部屋から出て行った。

 扉が完全に閉まるのを確認して、ニニオは大きな溜息を吐いた。

 部屋の外で待っていた侍女たちが戻ってくる。

 ニニオは思考を巡らせる。


「また考え事ですか、王妃」


「ええ、国内がこんなに乱れるとは思っていなかったから……」


 まさか、兄がここまで大胆に王国の実権を取りに来るとは予想外だったとしか言えない。

 何かやらかすであろうとは思っていたが、まさかガーランドを殺害して力業で押してくるとは。

 ニニオはガーランドを殺害したのはアブトマットであると既に確信している。

 となればニニオ自身、身の振り方を慎重に考える必要がある。

 シャルロットを第二王妃に据え、ヴィルに王位を継承し、その摂政としてアブトマットが完全に実権を握れば、対抗し得る組織はもう数える程もない。

 カルカノの行動を見るに、恐らく頼れるのは彼だけではないだろうか。


「……いざとなったら猊下をお頼りする以外にはないようですね……」 


 ニニオは誰にも聞こえない声でそう呟いた。

 王政歴八九四年、『フェム事件』を発端に始まった王国内の情勢不安は、臨時で国王代理を務める事となった大将軍の手腕で絶妙なバランスを保ち、内乱状態にまでは発展しなかったとある。

 アルメ・マンリヒャーは王国史上最悪の男として後世まで語り継がれることになり、ツェリスカの名も悪女の代名詞となった。

 取り潰しとなったマンリヒャー家とその家臣たちはプフ城から追放され、プフ州の実権は隣の州であるサボド州領主グラッチ・バイカルが握る。

 マンリヒャーの者たちは王国各地へと散らばったが、その先々で激しい嫌がらせや私刑に遭うこととなった。


 ある歴史家は言う。

 『ガーランド・フォン・バーテルバーグの死は正に太陽の消失。ここから王国は闇の時代に突入する』

 これが世に言う『玄冬期』の幕開けであった。

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