第28話 制裁

 ### 王城前 レオンハルト


 聖騎士王 レオンハルトその自我を殆どガルド=イグノアの精神汚染によって失っていた。

 今残っているのは神敵を屠るという使命感と、戦士として長年積み重ねてきた戦いのDNAだ


 何も考えずとも、最も効率の良い最適解が導き出される戦士としての本能に従って戦っていれば、負ける事はあり得ない

 絶対的なバフに勝利を導き出す経験値。


 これがヴァイオレットやオルトレーンに致命傷を負わせ、圧倒的な防御を誇るピー助すらも仕留める事にほぼ成功させていた


 それだというのに、目の前の巨体に攻撃が当たらない

 建造物ほど大きな巨体は、適当に攻撃を振っても当たりそうなのに、どれだけ素早く、鋭く、神剣を振るおうとも掠ることすらない



「グアアアアアア」



 ピー助を仕留めようとしていた時は、淡々と事を進めていたレオンハルト

 先ほどまで空間を支配していた絶対強者はしかし、巨大な悪魔と対峙したとたん、弱者として雄たけびを上げる側になっていた



「ガァァァ!!」



 そしてこの不利を覆すために、加護の出力限界をさらに上げようとするが



「無駄よ、ここはもうわらわの世界なのだから……創成級には、創成級でしか立ち向かえなくてよ?」



 その言葉に危機感を募らせ、とにかく距離を置くことにしたレオンハルト

 全力で後ろに跳躍するが、なぜか着地に失敗してしまう



「ガァ!?」


「旦那様の仲間を傷つけた代償はでかくてよ?」



 そして疑問に思ってみた視線の先には――足首のない脚があった



「罰を受ける姿勢は整ったようだから、始めましょうか、まず罰を受けるべきは――」



 己の足がどこにあるのかを探そうと視線を動かしたレオンハルトは、唐突に眼前に生まれた漆黒の矢によって目を貫かれる



 ドスドスッ――「ヴァイオレットを獲物として睨んだその目か――」



 突然の痛みと視界の喪失に、おもわず目に手を当てようとするが、今度は腕が動かない



 ドスドスドスドスッ――「キューレに迫ったその腕か――」



 己の成そうとする動作が、ことごとく潰されて行く。

 何かを成そうと思っても何もなせない、その現状に混乱の声を上げようとした瞬間、口に深淵の槍が深々と刺さるのを感じる



 ドスドスドスドスッ――「ピー助に火を噴きかけたその口か――」



 レオンハルトが、足を、手を、目を、鼻を、肺を、いずれかの筋肉を動かそうと意識を向けた瞬間、ささやかな抵抗すら許さぬとばかりに、的確に深淵の槍が生み出され次々にレオンハルトに刺さっていく


 戦士として磨き上げた脊髄反射が、何を成す事も出来ずにその起こりを否定されていく



 ドドドドドドドドドドドドッ――「それともオルトレーンを焼いた炎そのものかしら」



 レオンハルトの体を修復させるために槍を押しのけるように火力を強めながら発動する加護

 しかしその炎にすら再び槍が刺さり、加護の発動を相殺し、抑え込んでいく


 激しい速度で行われる破壊と再生


 レオンハルトは己に残った僅かな自我か粉々に砕け散りそうな程の苦痛を感じる

 そして、潰されたはずの耳に、心地よい音色が響く



「いいえ、やはり罰するべきは――」



 アピサルの目が、冷たく光る


「旦那様の平穏を壊そうとする神そのものですわね」


 その瞬間――


 ―――――バリバリバリバリ


 それまでの比ではない程の、魂を焦がす激痛がレオンハルトに襲い掛かる


「――――――ッッッ!!」



 レオンハルトを包んでいた煉獄の炎。その赤い煌めきが、まるでメッキがはがれるかのように弾けてゆき、内側から徐々に赤黒く染まっていく

 アピサルの深淵と化した毒が、煉獄の炎を深淵へと書き換えながら、末端神の存在を侵していく

 己の中で行われる壮絶な支配領域の奪い合い



「愛なき神など滅べばよい、争いでしか力を生み出せぬ無能は己の命だけを燃やしておればよいのよ」



 レオンハルトは一瞬か永遠かわからぬ苦痛の中で、瞬く間に煉獄が劣勢になり、己の中から撤退していくことを感じた



「ガアァァァァァァァ」



 そしてレオンハルトは己の全てが赤と黒の炎に飲み込まれたのを感じて、意識を手放した






 ###アピサル



 アピサルはレオンハルトの中から神の気配が消えていくのを感じる

 しかし侵食によって神にダメージを与えた手ごたえはなく、どこか肩透かしを食らったかのような印象

 それは神が己の意志によって負けを認め撤退したことを意味した



「使命に忠実な神が逃げる......もしそれ程忠誠心の低い神が支配する世界なら楽なのでしょうけど――」


 デミゴット・末端の神とはいえ、いや使命に忠実な末端の神だからこそ、敵前逃亡という選択肢には強烈な違和感を抱く。


 しかしもし仮に末端の神やこの世界の神が上位の存在に反抗的であるならば、彼らを丸め込み、この世界で主人や仲間の居場所を作り、平穏を手にするのも難しい事ではないと考え



「――やはり、そういう事よね」



 己の後ろで転がっていた存在から加護が爆発的な勢いで増えていくのを感じて、その希望を捨てる



 アピサルが登場した瞬間に加護をレオンハルトに奪われ死体同然になっていた彗星のランザがアピサルの首めがけて一直線に飛んできたのだ



 やはりこの世界の神は異物を認める事はなく、そしてそれは、この世界での平穏が遠いものであり、仮にそれを手に入れたとしても更なる戦いが巻き起こるのを確信させる景色だった


 アピサルの胸中に、突然飛び込んだ戦争世界に右往左往し、心を痛める主の姿が思い浮かぶ



「愛にあふれる世界は......随分と遠いようです......ですが諦める事はしません、今度こそ勝ち取って見せます......本当の愛を」



 愛を求め、戦い、愛の為に散った元天使は、新しい愛にしっかりと思いを馳せる

 そして望む未来を夢想し、思いを馳せ、十分に幸せな気持ちを充填してから

 ゆったりとした流し目で、己の首に徐々に迫ってくる存在を睨みつける



「新居に、羽虫が居ては不快だわ」



 そして改めてその存在を深淵で染め上げようとして――


「そっ首貰ったぁぁぁぁぁ!!!」


 ――思わず身構えてしまう程、相性が最悪な男の声を聴いた





 ### キューレ



「ピー助!?しっかりしろ、これを飲め!!」



 アピサルが圧倒的な強さでレオンハルトを封殺してるのを感じ、その力の差に歯噛みしながら、キューレ達は王級へと駆けていた


 途中、加護の暴走によって負傷したものや、争いの余波で倒壊した物の下敷きになっているもの達がおり、聖騎士たちはそちらへの対応に散っていった


 マリエル曰く、蛇悪魔が戦力外の兵士を連れてきたのは、自分が王都で戦う際の被害を減らし、主の心労を減らすためだという


 恩を返すためについてきたと思っていた聖騎士たちは、自国の民よりもピー助を優先する腹積もりであったらしく、王都の惨状に顔をしかめていたのだが、マリエルの言葉に、さらに恩を作ったのだと悟り、短くも深い感謝の言葉と共に散っていった


 残るマリエル・キューレ・武王丸が王城前に走ったのだが、いかんせん速度が違い過ぎた

 武王丸の速度が遅すぎたのだ



「ヌゥゥゥォォォォ!!誉の戦場が遠すぎるんじゃゼ!!」



 今だ戦場は遠く、誉を獲得する条件を満たしていない武王丸の速度は並であり、王者級のキューレや戦天使フォームになったマリエルとは速度が違い過ぎた


 ドスドスと音を立てながら、豪快に走るその顔は真剣そのもので、アピサルに武功の全てを奪われてたまるかと懸命に足を動かしていた


 一刻も早く駆け付けたいキューレだが、ここで武王丸を置いて行って、かつての王都脱出の様な状態になっては目も当てられないと、フォローすることにした



「おい、馬鹿侍!糸で射出してやる!アタイの糸に飛びのんな!」



 そして、武王丸の進路上に糸で作った射出装置を設置する


 これに飛び乗りながら移動すれば、自分たちと同じ速度で現場に向かえるはずと思ったのだ



「応!長耳!恩に着るんじゃゼ!」



 そして武王丸が糸に足をかけたとたん

 何がその判定になったのか、戦場にたどり着けることが確定したから誉を得たのか

 仲間との協力が誉につながるのか


 とにかく何がフックになったのかキューレにはわからなかったが、武王丸はその瞬間に誉を得て


 武士精神: MAX - 誉を得る為の行動時、自身の最高ステータスが平均値となる


 が発動


 ブワッっと


 周りの景色が歪むほどの気勢を放ち――


「武王丸!推して参る!!」


 ――バヂィィィン!



 周囲の空気が割れる


 名乗りと共に、武王丸の姿が消える


 いや――


 光速で突撃したのだ



「は、速っ!?」



 キューレが驚く間もなく


 武王丸は、ひと飛びで戦場に到達していた




「もう!人間は嫌いだ!!!」



 誰よりもピー助の元に早く辿り着きたいのに、鈍足だからとフォローした武王丸にも置いて行かれる始末



「キューレさん......」


「同情すんな!」



 そしてキューレは少し遅れて、勇者の元にたどり着き、懐から取り出した神果のしぼり汁を瀕死のピー助の口に流し込んだのである

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