エピローグ

 コクピット内にアラート音がけたたましく鳴り響く。半壊したバーニアをパージして、移動艇にすっぽり入るように姿勢を小さくして、待つ。


「ちょっと世話係! コレほんとに大丈夫なの?」

「計算上は大丈夫だ。レイファーのフィールドは耐熱フィールドにもなるし、移動艇は単独で大気圏への突入が可能な設計だ」

「単独ならって自分で言ってんじゃん! レイファー結構重いんだからね!?」

「――もしものときは胸元で十字切って、ママって叫ぶだけさ」

「こ、こいつ~!」


 手の拘束がなければ殴り掛かからん勢いで、ナナコが憤慨すると、ははは、とレヴは笑った。




 ――ある海上。人型機動兵器レイファーと小型艇が漂流していた。レイファーのコックピットブロックが解放され、男は立ち上がる。潮風に金髪が靡き、思わず目を細めた。男、レヴはコクピットから降りて、速足で小型艇に載せられたレイファーMk-Ⅳのコクピットブロックへと近づいた。


「773……」


 ハッチ解放レバーを引いて一歩下がる。空気の抜けるような音の後、ゆっくりとコクピットブロックが展開した。近づいて覗き込むと、四肢のない黒髪の少女、773が目を閉じてシートに座っていた。すぅすぅと小さな寝息を立てている。頬には涙のあとがついている。そっとレヴがその頬に触れると、773はゆっくりと瞼をあげ、レヴのほうにそっと顔を傾けて弱々しい笑みを浮かべた。


「――レヴ」


 手足の接続端子が音を立てて外れる。立ち上がることのできない773をレヴは赤子を扱うように丁寧に優しく抱き上げた。抱え上げられた773はそのままレヴの首筋に抱き着くように二の腕だけになった腕を回した。レヴは支えるように背中に手を回し、ぎゅっと力強く773を抱きしめた。


「おかえり……773」

「ただいま――レヴ……」


 それはまるで恋人同士の抱擁だった。ナナコはその二人の姿を呆れた様子で眺めて、居心地悪そうに頬を掻いて、小型艇に積載されたもう一つの荷物に視線を投げた。レイファーのコクピットブロックに酷似したコンテナ。そういえば月基地の人が積み込んでおいたと言っていた荷物。


「――あの声……まさかね……」


 ナナコは抱き合う二人をそっとしておいて、コンテナへと近づき、そのハッチを開いた。空気の抜ける音、コンテナが展開し、コクピットブロックに似たシートが見えた。

 そこにはナナコとうり二つの少女が横たわっていた。

 少女の名は、774。ナナヨと言った。


 ◆ ◆ ◆ ◆



「――よぉ。久しぶり」


 駅前の時計塔の下で、声をかけられて、ナナヨは振り返ってにっこりと笑みを浮かべた。ふわりとした花柄のワンピース。その下に覗く足にはパワーアシストレッグがちらりと見える。腕にも同様のパワーアシストが装着され、腰には可愛らしく装飾されたバッテリーがちらり見えた。

 声をかけたナナコが手を下ろして、竜の刺繍が入ったスカジャンのポケットに手を突っ込み、ナナヨの隣に立つ女性にぺこりと頭を下げた。挨拶された女性もぺこりと頭を下げた。


「久しぶりナナコ! 大学生活はどう?」

「――うーん、バイトと遊びばっかりだわ。人付き合いって面倒ね」

「そうなんだ……。でも一人暮らしいいなぁ。私もナナのお家にいつまでもお世話になれないからなぁ」


 ナナと呼ばれた女性はびっくりしたように目を見開き、ナナヨの手を取って首を横に振る。


「ダメよ。ナナヨちゃん、一人じゃ心配だもの」

「過保護だね。ナナ姉さんは……」


 呆れた様子のナナコの言葉に、ナナヨはうんうんと頷き続ける。


「そうだよー今日だってナナヨのこと着せ替え人形にしてさー」

「あはは……はは。こ、こんなところで話すのもなんだしカフェ行こうよ。ナナコちゃんに見せたいものもあるしさ」


 近くのカフェを指さして、ナナは苦笑いを浮かべた。


 レイファーで地上に降りてから、レヴの伝手を辿ってアメリカに渡ったナナコたちはレヴの親戚に保護された。それからしばらくして、月での臍帯クローンの非人道的利用がリークされ、火星との戦争も世間一般に公表されることとなった。

 そうして事情を知った、ナナの両親の希望もあり、ナナコたちは日本へと渡り、遺伝子上の同一人物であるナナと出会った。

 紆余曲折を経て、ナナヨとナナコはナナの家に、773はレヴと同居することとなった。遺伝学上の血縁関係が認められたこともなり、三人は日本国籍を取得、レヴも日本で暮らすようになった。


「器用に歩けるようになったもんだな」


 パワーアシストの駆動音がウィンと音を立てながら麻痺している足の動きをサポートする。ナナヨの背中からチラリと見える脊髄適応コネクタを背骨のようなフレームが張り付いているそれが手足のパワーアシストに接続されナナヨの思うままに動きをサポートする。

 

「うん。レイファーのバランサーシステム解析して取り込んだんだって。脊髄適応コネクタも活用してるから、かなり歩きやすくなったよ」

「すっかり先端医療に活用されているものね」


 街路樹の木漏れ日が降り注ぐオープンテラスの席に座って、三人はそれぞれの飲み物を置いて、席についた。


「見せたいものって?」


 席につくなり、ナナコが切り出すと、ナナは鞄から絵ハガキを取り出した。ナナコは受け取って、じっと写真を見つめ、口元を緩める。


「これ。昨日届いたのよ。富士山登ったんだってさ」

「暑中見舞いのハガキじゃ海に行ってたよね」

「ほんとすっかり元気になってさ」


 手に持った写真を見つめて微笑む。写真には世話係――レヴと、義手と義足を装着した773の姿があった。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 星空の下、小さな丸いテントの前に二人男女がいる。ぱちぱちと音を立てる焚火のオレンジの炎を見つめながら、豆を挽いて入れたコーヒーの香りを楽しんで一口飲む。レヴは、淹れたてのコーヒーを773に手渡して微笑んだ。


「熱いから気を付けて飲めよ」

「うん、ありがとう」

 

 受け取って、773はふぅふぅとコーヒーに息を吹きかける。そうして一口飲んでから、空を見上げた。

 空には満点の星と、ひと際綺麗に輝く月があった。


 今も月の裏側では火星との戦争をほそぼそと続けている。月に残った作業員のクーデターにより、77シリーズの非人道的な使用が地球に暴露された。77シリーズの生産はストップされ、地球に逃れたナナヨたちはニュースを知った彼女の遺伝子上の母親に引き取られることになった。


 そうしてレヴたちは月での約束の通りに、今は世界中を旅してまわっている。


「やっぱりこっちから見ると月って綺麗ね」

「そうだな。呆れるくらい綺麗だよな」


 ふふと笑って773はそっと身体を近づけて、レヴの肩に頬を乗せた。応えるようにレヴも773の頭に頬を乗せて、二人は夜空に輝く月を見上げた。



 ◆ ◆ ◆ ◆



 ナナはすっかり暗くなった空を見上げた。


「日が沈むの早くなったよね。もうすっかり秋だ」


 ウィンウィンと駆動音を鳴らしながら、ナナヨはよたよたと歩いて、ナナと同じように空を見上げていた。


「中秋の名月、だっけか。月が綺麗に見えるな」


 ナナコの言葉に、ナナは頷く。


「ずっと月を見ると悲しい気持ちになっていたの。綺麗なはずなのに、何だかとても悲しい気持ちになってね」

「うん」

「きっと、どこかでみんなの苦しい気持ちを感じ取っていたんだろうね。みんなは私と同じ……だから」


 立ち止まり、ナナは自分の目元を拭った。ナナコも足を止めて頷く。


「――私たちはそういう不思議なつながりがあるのかもしれないな。見たこともないはずなのに、月を見上げる夢をよく見ていた気がする」


 ナナコがそういうと、ナナヨがにっこりと笑って二人の先を駆けていく。

 

「私も見てたよ! 夢! ドキドキしながら、誰かと見上げる月の夢!」


 立ち止まり、くるりと振り返り手を広げた。


「好きな人と見上げる月って、こんなに素敵! みて! 私の月!」


 満月を捕まえるように手を伸ばすナナヨを見てナナは微笑む。カメラを取り出してそっとファインダーを覗き込む。


 ――胸の内がドキドキと音を打つ。きっと遠く離れた場所で恋するあの子の心が伝わってきてるんだろう。

 あとで先輩に返事をしなくちゃ。ナナは指に輝くシルバーリングを撫でながら静かに微笑み、シャッターを切った。

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月の裏のナナヨ 佐渡 寛臣 @wanco168

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