スマホに『さくら』が棲みついた!? ―KoiLink:育成ログ―

宵浅葱

ミッション1:金魚を一匹すくおう!


(ロケーション:実家の夏祭り

 コンディション:帰省しただけで疲労度MAX ――)


 いつものように脳内でキャプションをつける。

 ――えっと、俺の名前は徳田権蔵とくだごんぞう

 社会人6年目。ここ数年、残業と上司の機嫌に振り回される平日と、ゲームしながら寝落ちする週末をただただ繰り返している。


 会社では“ゴンゾー”としていじられ――いや、親しまれてはいるが。


「え、ゴンゾーって本名だったんですか?」

 よく聞かれる。

 いや、俺が聞きたいわ、ほんと。なぜこの時代に“権蔵”なのか。


 晴翔、颯太、蓮……

 そんな名前だったら、俺の人生もっと輝けただろうに。


 名付けた母親曰く、曾祖父へのリスペクトらしい。

 おかげで人生、ずっとネタキャラだ。ありがとな、ひいじいちゃん。



 そんな俺だが、今は地元の夏祭りの雑踏の中。

 久しぶりに帰省したというのに、早速母親からの「彼女は?」「貯金は?」「結婚は?」ってスリーコンボを食らった。

 これ以上家に居たらソッコーでHPがゼロになる。コマンドは逃げるの一択で。



 屋台の煙、太鼓の音、家族連れやらカップルやら。

 ――ああ、帰ってくるんじゃなかった。


「帰省イベント進行中、士気ゲージ残り3%……」


 実況癖が発動する。

 そう、これは俺の癖だ。

 現実を“ゲーム実況風”にでも変換していないと、ダメージで心が持たない。


 だが、そのときだった。

 ポワン――という、珍妙な音とともに、視界のど真ん中、光るパネルが現れた。


 ⸻

【ミッション】

 金魚を一匹すくおう!

 ⸻


 ……は?

 え、何このUI。視界バグ? 脳のバグ?


 目をこすっても、まだそれはそこにある。

 透明な光の板、まるで空気の中に浮かんでいるみたいだ。

 瞬きを繰り返すうち、パネルはすぅっと消えてった。


 気づけば、金魚すくいの屋台の前で立ち止まっていた。

 赤、黒――その中に一匹だけ、薄桃色の金魚がいた。

 光を反射して、尾びれが白い花びらみたいに揺れている。


「兄ちゃん、やってく?」

「……一回だけ」


 自分でも驚くほど自然に答えていた。



 ⸻

戦闘バトルフィールド】金魚すくい屋

 敵:水流

 障害:ポイの耐久値(低)

 勝利条件:金魚(?)をすくう

 ⸻


 ポワンと再び音がして、一秒ほどで表示は消えた。

 (?)が気になるが、おそらくそういうことだろ。

 ポイを握りしめ、狙いをあの一匹に定める。

 耐久値が低い。ポイが破れないように、斜めから――慎重に。


 その金魚が目の前を通る瞬間、素早く椀にすくい上げた。


 ⸻

【ミッションクリア!!】

 金魚(?)を一匹手に入れた!

 ⸻


「よっしゃ!」


 これ、希少個体か?

 屋台の親父に椀ごと渡した。


「まだやるか?」

「いや、ミッションクリアしたんで」

「は?」

「なんでもないです」



 水の滴る袋の中で、金魚(?)がひらりと尾を揺らす。

 屋台の灯に照らされて、鱗が金属みたいだなと思った。


「……ミッション、コンプリート」

 

 無意識につぶやいていた。

 光るパネルは出なかったが、頭の中で達成音が聞こえた気がした。



(to be continued)


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