夢結ぶ小鳥の唄
北嶌千惺
第1話 夢結ぶ小鳥の唄ー文学フリマ前の試し読みー
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壁に打ち付けられた。
全身にびりびりと走る衝撃。
先ほど噛まれた箇所が徐々に熱を帯び始め、気分が悪くなる。
毒が回る。
「まだ動けるでしょう?」
目の前の澄ました青年が、息を切らせながら尋ねる。
「あ、当たり前じゃない。私は……ッ!私は戦い、守るためにここにいるのだから!」
少女は剣を構えて地面を蹴った。
青年も地面を蹴り、ウォールハンマーを掲げた。
剣で切り付け、ウォールハンマーで叩きつけられる。
最後に残った二人と二匹は、それぞれの相方と共にそれぞれの思う正義と目的をぶつけあう。
1.出会いとはじまり
青空を見ていると唄を読みたくなる。たくさんの音、言葉、情景が浮かび、楽しくなる。 特に春の色々と新しいことが始まるような季節は心弾む。
今は春色も消えた梅雨時期だが、ここ三日間ほどは天気が良かった。
中学校でうた読み部という、詩や短歌などを部員たちで作る部活を作ってから、楽しかった学校生活がさらに色づいていた。
「体育祭楽しかったなあ。負けちゃったけど」
疲れているはずの体でスキップしながら帰り道を進む。
中学二年生の音野結亜は、一人で帰路についていた。
結亜の住む空里町には大きな山が一つ、小さな山が一つある。一般には親子山の名前で通っている。その山で町が分断されているが、山を隔てた中央に道路があるのであまり困りはしない。
大きな山では神様を祀り、結亜側の住む区画、空隹区に伝わる鳥獣伝説の登場動物である鶴皇を大切に祀っている。
反対側の小さな山の方にはお寺があり、何かを封印しているのか、巨大な井戸のようなものに蓋がされているものがある。この町の人たちは〈絶対に触れてはならぬ井戸〉として近づこうとしない。
お寺には狼が鎮座している。
神社の入口は結亜たちの住む空隹区に開けており、お寺の方は反対側の里嘼区へと開かれている。
山に囲まれてはいるが、学校、総合施設、病院、図書館などの施設は充実しており、何より住民が多い。
田舎とも都会とも言えない町に住む結亜にとって、唄を詠むことも大切だが、今は別の、もっと大切なことがあった。
最近この町ではこんな話が広まっている。
〈この町には魔法少女がいる〉
数年前からこの町はどこかおかしくなっている。どこがおかしいのかと問われれば、何かがおかしいと答えが帰ってくるような些細なものだ。
誰かは大きな影を見た。また誰かは宇宙人を見た。そして誰かは小さなおもちゃのようなものを見た。人によって見たものは異なる。
しかし誰もが共通して、そのことを忘れ去ってしまう。
幼少のころからアニメなどの魔法少女に憧れを持っていた結亜は、誰よりもこの話に食いついた。
小学校中学年の頃までは魔法少女の話で盛り上がっていたのだが、高学年に上がったくらいから、周りの友人たちはあまりその手の話題をしなくなった。
それでも魔法少女に憧れる結亜は、どこかにいるかもしれない彼女たちを、時たま探しに出かけている。
子供の数が多いこの町の住宅街の傍の雑木林の近くを通った。その雑木林の側に、〈新しいアイスの試食はいかが?〉との文句が書かれた看板を見つけた。
「……アイス!」
新しいアイスの文言に惹かれて、結亜の足は自然と雑木林の方へ向いていた。
「ああー、駄目よ結亜ぁ。これは校則違反の買い食いよー。でもー、今食べなきゃ食べられなくなっちゃう!それに試食なら買ってないから大丈夫よね!」
そう自分に言い聞かせて、歩く速度が速まる。奥へとどんどん進む。
何より、体育祭で火照った体に冷たいものがとても欲しい。
「ピィ……!」
雑木林を二分ほど歩いたところで、小さな音を聞き取った。
「……なに?」
ピィ、ピィ。と何度も聞こえる音に、結亜の足がその音の方へと進む。
ゆっくりと歩み、辺りを見渡す。草木をかき分けると、足元に小さなスズメが震えているのを見つけた。
「スズメ……?」
短い雑草に囲まれている地面に横たわるようにして、スズメは力なく鳴いていた。
スズメの翼からは少量の血が流れており、放っておけば野生動物や肉食昆虫に食べられてしまうだろう。
「どうしよう。どうしたらいいの?助けたらいいのかな。……ハンカチ、かな」
戸惑いながら、予備のハンカチをスズメの翼に巻いていく。
「……こ、これで、いいかな?大丈夫?」
結亜はスズメを両手ですくい、目の前に持ってくる。
スズメは力なく鳴いた。結亜に応えるようにして、顔を上げる。
「大丈夫じゃないよね。えっと、動物病院?」
そう言い、雑木林の外へ歩みを進めようとしたが、スズメが強い鳴き声で結亜を止めた。そして、雑木林の出口とは反対側へ行くように促す。
「……あっち?……そっか!スズメさんもアイス食べたいのね!」
少し元気になったのか、手のひらの上で立ち上がったスズメは、じっと結亜を見つめている。
「……そんなわけないよね」
結亜は乾いた笑いを零した。
よく分からないまま、結亜は雑木林を進んでいく。
もうすぐ広い場所に出るといったところで、スズメが大きく飛び上がった。
「チュン!」
「わあ!もう元気になったの?あなたすごいのね。アイスはもうすぐよ。さあ、行きましょう!」
結亜は大きく腕を振って進む。
スズメは大きな鳴き声を上げて彼女の周りを飛び回る。
「もー、何なの?何かあるなら言って……は、無理か。しゃべれないもんね」
「チュン⁉」
スズメは驚いたように鳴いた。
結亜はスズメを優しく抱き、雑木林を進む。スズメはしばらく大人しく結亜に包まれていた。少し体を震わせながら。
少し開けた場所に出ると、一人の女性と遊園地などでよく見るアイスボックスが、不自然に開けた場所の中央にあった。
「こんにちはー!」
元気よく女性に挨拶をする。
右腕を振りながら近づくと、彼女は笑顔で手を振って応えてくれた。
「アイスの試食はここですか⁉」
「……ええ。そうよ」
「タダですか⁉」
「……ええ」
その返事を聞いて、結亜は相手にばれないように小さく喜んだ。
「どうかしたの?」
「いいえ!あたしアイス大好きなんです!もうすぐ夏ですもんね!」
「……そうね。お嬢さんは、何味が好きなのかしら」
「チョコミントとピスタチオと牧場のミルクと、いちご、抹茶、みかん……美味しければ何でも好きです!」
屈託の無い結亜の笑顔に、女性は軽く口角を上げた。
「……そう」
「はい!」
元気よく返事をすると、彼女はクスクス笑う。結亜がぽかんとして、何ですか?と尋ねる。
「ふふふ。ごめんなさい。アタシ、あなたみたいな子を待っていたの」
「ええー。あたし、そんなにアイス好きに見えますか?」
「そうね。……それに、自ら戻って来てくれるだなんて」
女性が小さく呟くと、スズメが結亜の手から逃れて、辺りを飛び回り始めた。強く鳴き、結亜をここから遠ざけようと必死に動き回る。
「ど、どうしたの?」
「あらあら、可愛らしいスズメさん」
「あ、ありがとうございます。おいで、怖くないから」
スズメは悲しそうな感情を結亜に向けながら、彼女の手の中へ戻った。
「さて、ではご希望のアイスをどうぞ。美味しく召し上がれ」
「やったー!」
女性がアイスボックスを開けると、中から大きく黒い物体が飛び出してきた。
何が起こったか分からなかったが、結亜は黒い物体の雄叫びを聞くと、勢いよく走りだした。
「なっ、なななな、なによー!何なの⁉あなた今召し上がれって言ったじゃない!」
「アタシ、あなたに言っていないわ。この子に言ったの」
彼女は黒い物体を視線で追いかけながら言う。
「うそー⁉」
女性は愉快に笑う。
「アタシ、待っていたのよ。簡単な校則すら守らない、お馬鹿な学生さんをね」
「ごめんなさーい!きぁ⁉」
逃げていると、足を掴まれ放り投げられた。宙を舞っている途中、怖くて瞼を閉じていた。落ちる感覚を味わっていると、右足に激痛が走った。
「いったーい!何⁉」
悲痛の叫び声をあげる。
スカートが捲れていることに気が付き、手で押さえて暴れる。
「スカート!スカート!いやー!」
「足を嚙まれているのに、なぜスカートの心配ができるのか理解できないのだけれど……」
女性は困惑するも、黒い物体に飲み込むように命令を下した。
結亜はもう一度空へ放り投げられた。
浮いている途中、遠くに見える町を見た。自分の故郷を考えながら、瞼をつむり、落ちていく。
「もう一度、ママとパパに会いたかったなあ……」
下で大きな口が開いていた。数秒後には、真っ暗な世界が広がっているのだろうか。
(一度くらい、魔法少女に会いたかったな)
そう思っていると、一気に体が横へ引っ張られるような感覚が襲ってきた。
衝撃に瞼を強く閉じる。
何が起ったのか分からないまま、ずっと瞼を開けられずにいると、女性の舌打ちが聞こえてきた。
「ここでも邪魔をするというのね……!」
女性は悔しそうに怒りの混じる声音で、彼女を呼んだ。
「魔法少女!」
女性の言葉に、結亜は恐る恐る瞼を開ける。
結亜を抱いていた少女は、彼女を地面に降ろして立ち上がる。
青と黒を基調とし、女の子の憧れの衣装を着た凛とした顔立ちの少女が、美しい翼を備えてそこに居た。
「こんな林の奥にまで来るだなんて」
女性が恨めしそうに唇を噛む。
「当たり前でしょう。それが私の務めだもの」
少女は憎しみの籠ったような声音で吐き捨てるように言った。
魔法少女と呼ばれた彼女は、サイドポニーテールを揺らしながら地面を蹴って駆けだした。
「剣よ!」
魔法少女が右手首の腕時計に触れながらそう叫ぶと、靄を纏った不定形のものが現れ、それは次第に剣の形へと姿を変える。
魔法少女は先ほど結亜に噛みついた黒い物体へと切りかかる。
「……あれが、魔法少女」
結亜は目の前の非日常の光景を、どこか受け入れられずに見ていた。
「魔法。……魔法?」
目の前で繰り広げられている戦闘で、魔法少女が剣を振るう姿を見て、どうしても〈魔法〉なのか疑問に思ってしまう。
「チュン!」
目の前の光景に目を奪われていると、先ほどのスズメが結亜の肩にちょこんと乗った。
「あ、スズメさん。大丈夫だった?」
手のひらへ乗せられると、スズメは翼をばたつかせて元気に振る舞う。
「そっか、よかった・・・・・・」
安堵したのも束の間、先ほど噛まれた足に痛みが走った。
流血は止まっているが、傷に風が当たるたびに痛む。
「ねえ、スズメさん」
スズメは呼ばれて結亜の顔を見上げる。
「すごいね。魔法少女って、本当に居たんだね」
呪文を唱えずに、謎の光を飛ばしたり。どこからともかく強風が吹いたり。敵は火を吐き巨大な爪で魔法少女を切り裂こうとする。
現実として受け入れることは容易ではないが、足の痛みが現実だと教えてくれる。
忙しなく動く彼女たちを眺めていると、魔法少女の方が眩いほどの明かりで辺りを照らした。
相手が怯むと、次に魔法少女は剣を両手で持ち力を溜めていく。
魔力の溜まった剣を振りかざし、青白い旋光を放つ。
旋光は一直線に魔物へと向かい、直撃した。
低い唸り声を上げながら魔物は消滅し、白い光へと姿を変えた。
魔法少女はそれを回収すると、女性のほうへ体を向けて走り出した。背中越しでもわかる怒りに、結亜は体を強張らせた。
「チッ、またやってくれたわね。今日のところは引き下がらせもらうわ」
女性が消える直前、魔法少女が剣を投げ飛ばしたが、当たることはなかった。
「地の底でおとなしくしていればいいものを」
『しかし、こんなに早く予言が当たってしまうとは……』
魔法少女の腕時計から少女とは別の声がした。
「鳥老さまの予言は八七パーセント当たる。そう言っていたのはルミでしょう?」
少女は誰かと話をしながら、結亜に近づいてくる。それに気が付きながらも、結亜は目の前にいる夢にまで見た魔法少女から目を離すことなく、立ち上がることさえ忘れていた。
「大丈夫?」
結亜はずっと魔法少女のことを見つめるばかりで、返事をしなかった。いや、する余裕がないほど恐怖し、感激していた。
「ねえ」
「……あっ、はい!」
結亜は驚いて大声を上げる。
「怪我とかしてない?」
「あ、はい。大丈夫です」
そう言う結亜の脚を見て、彼女は溜息をついて結亜の脚にできた傷へ手を添える。
「なっ」
「動かないで」
添えられた場所は徐々に輝きだし、数秒で輝きは落ち着いた。
「わあ……」
感嘆の息を零し、傷のあった箇所を触ってみる。そこはさも傷がなかったかのように、完全に治っていた。
「本当に魔法使いなのね」
「そうよ」
魔法少女は結亜に右手を差し出す。
結亜はその手を取って、少しよろめきながらも立ち上がった。
立ち上がった結亜の前に長いステッキを差し出すと、彼女は何かを唱えようとし口を開けた。
「ちゅん!」
今まで結亜の後ろに隠れていたスズメが、結亜と魔法少女の間に入った。
「わあ!びっくりした」
「メア⁉あなた今まで一体どこに――」
二人は驚いて同時に声を上げる。
魔法少女は驚きのあまり、手に持っていたステッキを下げた。
「え、この子のこと知っているの?」
結亜に指摘され、魔法少女は僅かに肩を震わせた。
「……ええ。でもなぜあなたがメアと一緒に――」
メアと呼ばれたスズメは、魔法少女に何かを伝えているのか、一生懸命に鳴き声を発している。
「……そう。見つけてしまったの」
魔法少女は悲しそうな顔をして、チラッと結亜の方へ視線を送る。
結亜は小首を傾げた。
「あなたが大丈夫ならそれでいいわ。元気でね。また会いましょう。可憐なお嬢様」
魔法少女はそれだけを言い残して、メアを連れてどこかへ消えた。
結亜は呆然としながら雑木林の出口へと向かった。
――試し読み終わり――
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