ガジェット系YouTuber榎本「開発者が泣いてるぜ」

「完璧な密室ですね」


 所轄の若手刑事、相田はうんざりした顔で呟いた。


 現場は、IT企業の寵児として名を馳せた高林正人の書斎。窓には電子ロックが掛かり、重厚なドアは内側から物理的な鍵とスマートロックで二重に施錠されていた。そして室内には、ワーグナーの『ワルキューレの騎行』が大音量で鳴り響いていた。


「深夜まで仕事をされていて、音楽をかけたまま急性心不全を起こした、というところでしょうか」


 鑑識の言葉に、相田も頷きかけた。だが、1点だけ引っかかる。高林の妻の証言だ。


「夫は徹底した合理主義者で、クラシック音楽のような非生産的なものを毛嫌いしていました」


 捜査が行き詰まり、藁にもすがる思いで相田が連絡を取ったのは、ガジェット系YouTuberの榎本だった。

 チャンネル登録者数100万人超。最新家電を忖度なくレビューするスタイルが受け、高林とも面識がある。


「スマートホームでの殺人ですか。面白そうじゃないですか」


 電話口の男は、不謹慎なほど楽しげな声で言った。



    ††



 翌日、現場に現れた榎本は、想像よりずっと小柄で、猫背の男だった。彼は挨拶もそこそこに、室内のデバイスを舐め回すように観察し始めた。


「ふむ、照明は照度・色温度自動調整。エアコンは室温・湿度・CO2濃度を常時監視。素晴らしい。高林社長の思想が隅々まで行き届いている」


 感心したように頷く榎本に、相田は苛立ちを覚える。


「榎本さん、遊びに来たんじゃないんですよ」

「分かってますよ。でもね刑事さん、機械を理解するには、まずその思想をリスペクトしないと」


 榎本はそう言うと、スマートスピーカーに目を留めた。


「ねぇ、アシスタント。昨夜のコマンド履歴を見せて」


 スピーカーが壁のモニターにログを表示する。

 そこには、深夜2時15分に「ワーグナーをかけて」というコマンドが記録されていた。音声認識された声は、確かに高林のものに聞こえる。


「やっぱり、本人が……」


 相田が諦めかけたその時、榎本が「ん?」と首を傾げた。


「刑事さん、このログ、ちょっと再生してみてくれませんか」


 再生された音声は、やはり高林の声だ。しかし、榎本は眉をひそめたままモニターを凝視している。


「……おかしい。高林社長は、もっと滑舌が良かったはずだ。この音声、どこか機械的というか、妙にフラットなイントネーションだ」

「気のせいじゃないですか?」

「いいや」


 榎本は断言した。


「俺は彼のプレゼンを何十回も見てる。これは、彼の『声』だけど、彼の『喋り』じゃない」


 榎本は高林のPCを借りると、猛烈な勢いでキーボードを叩き始めた。家全体のスマートハブの管理画面にアクセスし、全てのデバイスの稼働ログを時系列で並べていく。


「あった……」


 深夜2時。全てのログが静まり返る中、異常な稼働記録が点在していた。


「2時00分、外部ネットワークからシステムに不正アクセス。犯人はまず、書斎のスピーカーから18,000ヘルツの高周波ノイズを最大音量で流した。人間にはギリギリ聞こえないが、不快極まりない音だ。これで高林社長を叩き起こした」


 榎本はPCのスリープ解除ログを指さした。


「社長のPCは深夜1時45分にスリープ状態に入っている。恐らく、この机でうたた寝をしていたんでしょう。それが2時00分、高周波ノイズが流されたのと寸分違わぬタイミングで、強制的に起動されている」


「次に、2時02分。書斎の照明をストロボのように激しく点滅。同時に、エアコンを暖房から16度の冷房に急転換させた」


 相田は息を呑んだ。真冬の深夜、うたた寝から叩き起こされた直後に暗闇で光を浴びせられ、室温を急激に奪われる。心臓に持病があった高林にとって、それは致命的なストレスだったに違いない。


「高林社長は心臓発作を起こした。そして犯人は……とどめを刺した」


 榎本が指し示したのは、2時15分のログ。


「犯人はあらかじめAIで生成しておいた高林社長の合成音声を使って、『ワーグナーをかけて』とスピーカーに命令した。大音量の音楽は、万が一、高林社長が呻き声を上げても外部に聞こえないようにするため。そして、あたかも彼が仕事中に音楽を聴きながら亡くなったかのように偽装した」


 密室は、物理的なトリックではなかった。ネットワークを経由した、見えない手による遠隔殺人。あまりに現代的な犯行に、相田は言葉を失った。


「誰がこんなことを」

「ログを辿れば分かりますよ」


 榎本は淡々とキーを打ち、アクセス元を特定していく。表示されたIPアドレスは、高林に技術を盗まれ、業界を追われた元ビジネスパートナー、神崎のものだった。


「スマートホームは、人を幸せにするためのテクノロジーだ。それをこんな邪道な復讐に使うなんて……」


 榎本は静かに呟いた。その横顔には、いつもの皮肉屋な表情はなく、愛するガジェットを汚された開発者のような、純粋な怒りが滲んでいた。


「その使い方、開発者が泣いてるぜ」


 後日、神崎は逮捕された。

 榎本は事件について口外することなく、YouTubeに新しい動画をアップロードした。

 題名は「最高のスマートホーム環境を構築する方法」――それは、高林が目指した理想の家への、彼なりの手向けだったのかもしれない。



(了)

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