第三章 5



 四年生になって、凜の学生生活は一変した。というより、彼女が激変した。

 ゼミでの発言が増えた。質問も他の学生よりずば抜けて多かった。

 大帝興業という会社の歴史を一から勉強して、企業の体質や好み、どういった人材を今まで採用しているかを研究した。

 会社訪問も欠かさなかった。春から大帝の様々な部署を訪ねては、色々な質問をしてメモを取り家に帰ってそれをノートにまとめていった。

 熱を入れて勉強しているせいか、凜の大学の成績はめきめきと上がった。

 初めは難色を示していた就職課も、初夏になるとその様相を変えてきた。

「お前、面接いくつ受けてる?」

「そんなに受けてないよ」

「いくつ」

 霧亥に言われて、ぐっと言葉に詰まる。

「……ふたつ」

「たったの?」

「だって」

「もしものことがあったらどうすんだ。大企業にそう簡単に採用されるわけねえだろ」

「でも、保険がかかってると安心しちゃって、本気にならないでしょ。だから」

「もう少し受けとけ。保険じゃねえ、本命だ」

「本命は大帝だもん」

「本命はいくつあってもいいの」

 いいな、と言い含められて、渋々うなづいた。

「霧亥はどこ受けてるの」

「医療機器メーカー」

「あとは?」

「銀行とかは無理だから、あとは電子機器を扱うとことか」

「どれも手堅いね」

 羽鳥君、と食堂の入り口で声がした。霧亥が振り向くと、京美が手を振っていた。

「じゃな」

「あ」

 霧亥が行ってしまうと、一人になった。

 そうか。霧亥は彼女がいるんだ。霧亥がいないと、私一人なんだ。

 突然の孤独に、どう対処していいかわからない。

 気を取り直すように、教科書を広げた。

 京美と話しながら、霧亥はまったく別のことを考えていた。あいつ、二つしか受けないとか正気かよ。ああは言ってたけど、ほんとにあと三つちゃんと受けるかな。

「……ない?」

「え?」

「聞いてた?」

「ごめん、聞き逃した」

「就職して別々の会社になっても、このまま付き合わない? って言ったの」

「あ、ああ。うん」

 京美は満足そうにうなづいて、教科書を持ち直した。

 以前は、他の女といて凛を想うことに罪悪感があった。凛を思って他の女を抱き、凜の名を心のなかで呼ぶと、後から波のように後悔が押し寄せてきた。

 今は、それがない。

 俺は、どうしちまったんだろうな。きっと、心の一部が死んだんだ。だからこんなにひどいことをしても平気になっちまった。正真正銘、氷の男だ。

 隣でなにかを話す京美の話をぼーっと聞きながら、霧亥はまだ、凜のことを考えている。

 確か、大帝にエントリーシートを出したのは六月のはずだ。そろそろその選考結果が出てもいい頃だ。

 翌日食堂に行くと凛がやってきて、

「やったよ。一次選考、通った」

 と上気した顔で言ってきた。

「今度面接だよ」

 張り切った顔で拳を握る凛を見て、霧亥は肘をついた。

「頑張れよ」

「うん」

 お前、最近きれいになったな。頑張ってるもんな。それもこれも、みんな先輩のためか。

 俺の入り込む隙は、一ミリもないな。

 諦めよう諦めようと思っても、愛しい気持ちは募っていく。どうすれば、それを断ち切ることができるのか。

「どしたの」

 思いが顔に出ていたのであろうか、凜が心配そうな顔で覗き込んできた。

「お腹でも痛いの」

「いや……なんでもねえよ」

 凜とは、ゼミまでもが同じだ。だから、どうしても過ごす時間が一緒になってしまう。

 それを思って、わざと京美と食事をしたり授業を受けたりしているというのに、彼女といても考えるのは凜のことだ。

「どうすりゃいいんだ」

「え?」

「こっちの話」

「第一次面接の対策、しておかなくちゃ」

「俺もそろそろ送った履歴書の返事が来る頃だな」

「お互い頑張ろうね」

「おう」

 そう言い合って別れた。

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