第三章 5
2
四年生になって、凜の学生生活は一変した。というより、彼女が激変した。
ゼミでの発言が増えた。質問も他の学生よりずば抜けて多かった。
大帝興業という会社の歴史を一から勉強して、企業の体質や好み、どういった人材を今まで採用しているかを研究した。
会社訪問も欠かさなかった。春から大帝の様々な部署を訪ねては、色々な質問をしてメモを取り家に帰ってそれをノートにまとめていった。
熱を入れて勉強しているせいか、凜の大学の成績はめきめきと上がった。
初めは難色を示していた就職課も、初夏になるとその様相を変えてきた。
「お前、面接いくつ受けてる?」
「そんなに受けてないよ」
「いくつ」
霧亥に言われて、ぐっと言葉に詰まる。
「……ふたつ」
「たったの?」
「だって」
「もしものことがあったらどうすんだ。大企業にそう簡単に採用されるわけねえだろ」
「でも、保険がかかってると安心しちゃって、本気にならないでしょ。だから」
「もう少し受けとけ。保険じゃねえ、本命だ」
「本命は大帝だもん」
「本命はいくつあってもいいの」
いいな、と言い含められて、渋々うなづいた。
「霧亥はどこ受けてるの」
「医療機器メーカー」
「あとは?」
「銀行とかは無理だから、あとは電子機器を扱うとことか」
「どれも手堅いね」
羽鳥君、と食堂の入り口で声がした。霧亥が振り向くと、京美が手を振っていた。
「じゃな」
「あ」
霧亥が行ってしまうと、一人になった。
そうか。霧亥は彼女がいるんだ。霧亥がいないと、私一人なんだ。
突然の孤独に、どう対処していいかわからない。
気を取り直すように、教科書を広げた。
京美と話しながら、霧亥はまったく別のことを考えていた。あいつ、二つしか受けないとか正気かよ。ああは言ってたけど、ほんとにあと三つちゃんと受けるかな。
「……ない?」
「え?」
「聞いてた?」
「ごめん、聞き逃した」
「就職して別々の会社になっても、このまま付き合わない? って言ったの」
「あ、ああ。うん」
京美は満足そうにうなづいて、教科書を持ち直した。
以前は、他の女といて凛を想うことに罪悪感があった。凛を思って他の女を抱き、凜の名を心のなかで呼ぶと、後から波のように後悔が押し寄せてきた。
今は、それがない。
俺は、どうしちまったんだろうな。きっと、心の一部が死んだんだ。だからこんなにひどいことをしても平気になっちまった。正真正銘、氷の男だ。
隣でなにかを話す京美の話をぼーっと聞きながら、霧亥はまだ、凜のことを考えている。
確か、大帝にエントリーシートを出したのは六月のはずだ。そろそろその選考結果が出てもいい頃だ。
翌日食堂に行くと凛がやってきて、
「やったよ。一次選考、通った」
と上気した顔で言ってきた。
「今度面接だよ」
張り切った顔で拳を握る凛を見て、霧亥は肘をついた。
「頑張れよ」
「うん」
お前、最近きれいになったな。頑張ってるもんな。それもこれも、みんな先輩のためか。
俺の入り込む隙は、一ミリもないな。
諦めよう諦めようと思っても、愛しい気持ちは募っていく。どうすれば、それを断ち切ることができるのか。
「どしたの」
思いが顔に出ていたのであろうか、凜が心配そうな顔で覗き込んできた。
「お腹でも痛いの」
「いや……なんでもねえよ」
凜とは、ゼミまでもが同じだ。だから、どうしても過ごす時間が一緒になってしまう。
それを思って、わざと京美と食事をしたり授業を受けたりしているというのに、彼女といても考えるのは凜のことだ。
「どうすりゃいいんだ」
「え?」
「こっちの話」
「第一次面接の対策、しておかなくちゃ」
「俺もそろそろ送った履歴書の返事が来る頃だな」
「お互い頑張ろうね」
「おう」
そう言い合って別れた。
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