『悲劇王シェイクスピア、現代ラブコメ作家になる~俺の悲劇が、なぜか現代女子に刺さるらしい~』
山田花子(やまだ はなこ)です🪄✨
第1話 :蘇り、そして即原稿大炎上(悲劇率80%)
グローブ座、ロンドン。西暦1616年。
ウィリアム・シェイクスピアは最期の夜を迎えていた。霧が立ち込める劇場で、観客の顔がぼやけて見える。羽根ペンの重みを感じながら、彼は静かにつぶやいた。
「To be or not to be……これで本当に、永遠の幕なのか?」
全てが闇に溶けていこうとしたその時、まばゆい黄金の光が劇場を包んだ。天井が裂け、時空が歪む轟音が響く。光の渦が彼を包み込み、意識が遠のいていく。
*
バーン!
渋谷スクランブル交差点の上空に、巨大な黄金の光の渦が突如として現れた。信号待ちの群衆が一斉に空を見上げ、「きゃああああ!」「UFO!?」と騒然となる。スマホのカメラが一斉に向けられる中、光の渦からダブルスとマント姿の男が落下してきた。
「うおおおお! これは新たなる舞台への誘いか!」
落下速度は時速200キロ。地面まであと30メートル、20メートルと迫る中、シェイクスピアは必死で羽根ペンを握りしめた。
「待て待て待て! To land or not to land!! Shall I compare thee to a falling star!?」
マントが風を切って舞い踊る。しかし、なぜか急に減速し、スクランブル交差点のど真ん中にふわりと着地した。マントが虹色の光を放つ中、シェイクスピアは羽根ペンを振り上げて決めポーズを取る。
「我が名はウィリアム・シェイクスピア! 詩と劇の巨匠、ここに降臨せり!」
*
群衆は一瞬静まり返った。三秒後、女子高生たちがスマホを構えて一斉に撮影を始める。
「えっ、何これコスプレ?」「#UFO詩人チャレンジ? 超映え!」「#転生シェイクスピア で投稿! 再生数イケそう!」
彼女たちの反応に、シェイクスピアは困惑しながらも少し嬉しそうな表情を見せた。
「何じゃ、この小娘どもは? だが、『キュン』とは何のことじゃ?」
周囲を見渡すと、巨大なビル群、ネオンの洪水、車の咆哮が目に飛び込んできた。109ビルの巨大ディスプレイには『♡恋愛小説アプリ、読者数100万突破!ハッピーエンド保証!♡』という文字が踊っている。
「これは天国なのか? この光の城塞は一体何じゃ!? 恋愛小説? ハッピーエンド? 愛に幸せな終わりなど、あり得ぬはずじゃが……」
そこへ、オタク風の青年——タケシ店長が駆け寄ってきた。シェイクスピアの腕を掴んで引っ張りながら言う。
「あ! 新しいライターさん? 遅刻ですよ! すごい転生イベントでしたね! とりあえず小説カフェに来てください!」
「待て! 我は何者かに召喚されたのか!?」
「面接受けたでしょ? 今日からラブコメライターですよ! 動画バズりそうだから、宣伝に使わせてもらいます!」
*
引きずられるように、シェイクスピアは渋谷の路地裏にある小説投稿カフェ「ストーリー・ハート」へと連行された。店内にはコーヒーの香りが漂い、キーボードを叩く音とカフェミュージックが響いている。
「ふむ……これは作家の工房なのか?」
タケシがノートパソコンを突きつけながら説明する。
「これが執筆用のPCです。ラブコメ小説を書いてください! 転生動画、すでに100再生超えてますよ!」
シェイクスピアは羽根ペンを振り上げて劇的に叫んだ。
「ならば我が戯曲で勝負じゃ! To write or not to write!」
タケシは苦笑いしながら答える。
「キャラ濃いですけど、とりあえず頑張ってください。動画のタイトルは『#転生シェイクスピア降臨!』でアップしますね」
こうして、天才劇作家・シェイクスピアの現代ラブコメライター生活が始まった。
*
最初の仕事相手は、出版社の若手編集者、佐藤ミサキだった。恋愛小説専門の敏腕編集者として知られる彼女は、シェイクスピアに向かって言った。
「シェイクスピアさんですね。転生動画見ました、インパクトすごかったです! 今度のラブコメ企画、よろしくお願いします」
シェイクスピアは胸を張って答える。
「ラブコメなら任せよ! 我はロミオとジュリエットの作者じゃからな!」
「それは知ってますけど、あれって悲劇ですよね……」
「そうじゃ! 愛の究極は死なり! 美しき悲劇こそ、真の愛の物語じゃ!」
ミサキは困惑した表情を見せる。
「え、でも今回はハッピーエンドのラブコメでお願いしたいんですが……」
「ハッピーエンド? 愛に幸せな終わりなどあるのか?」
ミサキが首をかしげると、シェイクスピアは少し恥ずかしそうに羽根ペンをいじりながら答えた。
「実は、我には致命的な欠陥があるのじゃ。我は恋愛をしたことがないのじゃ」
ミサキは目を丸くする。
「え?ロミオとジュリエットの作者が?」
「そうじゃ。我は生涯独身じゃった。だから、恋愛は全て想像で書いていたのじゃ」
シェイクスピアが羽根ペンを握りしめながら続ける。
「『愛とはきっと命より大切なもの』『愛する人を失ったら死ぬしかない』……全部想像じゃ。我は恋愛を知らぬから、『愛=死』としか思えぬのじゃ。だから、ハッピーエンドなど書けるはずがない」
ミサキは困惑しながらも、少し同情するような表情を見せた。
「そうだったんですね……でも、想像でもあんなに素晴らしい作品が書けるなんてすごいです」
「だが、現代では通用せぬようじゃな。では、現代の恋愛を学ばねばならぬか」
「そうですね! 実体験が一番ですよ! でも、まずは理論から。現代のラブコメには基本的な構造があるんです」
*
一週間後、シェイクスピアが書き上げた原稿をミサキが読んでいた。タイトルは『渋谷のロミオとジュリエット』。内容は現代の高校生カップルが家族の反対で引き裂かれ、最後は心中する話だった。
「……これ、全然ラブコメじゃないです」
ミサキは頭を抱えながら言った。
「何を言う! 愛の純粋さを描いた傑作じゃ!」
「でも、最後二人とも死んでますよね? もっと明るくお願いします!」
「それが愛の証じゃ!」
「読者が求めてるのは、キュンキュンして、最後は結ばれるハッピーエンドなんです!」
シェイクスピアは理解できずに首をかしげる。
「キュンキュン? 心臓の病気か?」
ミサキは必死に説明した。
「現代の読者は日常に疲れてるんです。だから、明るくて楽しい恋愛小説で癒されたいんです。軽やかで楽しい恋愛を! 死なずに、笑顔で!」
シェイクスピアはしばし考え込んだ後、言った。
「つまり……悲劇ではなく、喜劇を書けということか?」
「そうです!」
*
その夜、シェイクスピアは動画投稿に挑戦した。PCの前で羽根ペンを振りかざしながら、タイトル『#シェイクスピアの現代恋愛研究』で撮影を始める。
「現代の愛は、死を伴わぬらしい。これは我には理解しがたい概念じゃ——」
気合を入れて羽根ペンを振り上げた瞬間、バシッ! 羽根ペンがPCのカメラに激突し、画面が揺れた。
「ぬおっ!?」
「シェイクスピアさん! PCを壊さないでください!」
タケシが遠くから叫ぶ声が聞こえる。慌てて撮影を続行し、アップロードした。再生数は5。コメントには「おじさん、重すぎw」「転生動画の続き?」「でも、詩的でキュンとするかも♡」とあった。
シェイクスピアは落ち込みながらも、少し希望を感じていた。
「五百年の時を超えて蘇ったのに、現代の愛が理解できぬとは……だが、『キュンとする』という者もおるのか?」
*
翌朝、カフェに来ると、タケシが声をかけてきた。
「シェイクスピアさん、動画見ましたよ。面白いけど、もっと軽く書いてみたらどうですか? 転生の派手さがウケてるんですよ!」
「軽く……?」
「そうです。深刻に考えすぎないで、楽しく書くんです。読者を笑わせて、キュンキュンさせて、幸せな気分にする。それも立派な作家の仕事ですよ」
シェイクスピアは羽根ペンを握りしめながら、何かを悟ったような表情を見せた。
「なるほど……悲劇で人を泣かせるのも、喜劇で人を笑わせるのも、同じ技術なのか」
「その通りです!」
そこへ、メガネをかけた女性作家——ユキが割り込んできた。
「タケシさん、新人さん? 転生動画見たわよ。派手ね。でも、なんかキュンときちゃった♡」
タケシが紹介する。
「ユキさん、こちらシェイクスピアさん。ラブコメ担当です」
ユキはニヤリと笑いながら言った。
「へぇ、ラブコメ? 私もラブコメ書いてるの。ライバルね♪ でも、あなたみたいな詩的な人が書くラブコメ、どんなのか気になるかも♡」
シェイクスピアは困惑する。
「ライバル……? 詩的……?」
ユキはイタズラっぽく続けた。
「あ、でも私の方が先輩だから。シェイクスピアさん、私にアドバイス求めてもいいわよ♡ あなたの詩、ちょっとドキドキしちゃうかも♡」
タケシは苦笑いしながら言う。
「ユキさん、新人いじめないでくださいよ。でも、完全に気になってますね」
ユキは頰を赤らめながら答えた。
「べ、別に! ただ、教えてあげようと思っただけよ♡」
*
夕方、ミサキからメールが届いた。
『シェイクスピアさん、編集部で噂になってます。「死神ラブコメ作家」って(笑)。でも、「愛の本質を考えさせられた」って言う編集者もいましたよ。次の原稿、期待してます! 次はキュン要素入れて♡ あなたみたいな詩的な人が書くラブコメ、キュン死しちゃうかも♡』
シェイクスピアは目を見開いた。
「ほう……我の悲劇、通じた者がおるのか? キュン要素……キュン死……か」
タケシも笑いながら言う。
「シェイクスピアさんの文章、重いけど深いんですよね。ちょっとハッピーにすれば、いけるかもしれません。動画の再生、すでに200超えてますよ! ユキさんも気になってるみたいですし」
ユキは横から頰を赤らめながら言った。
「べ、別に気になんてしてないわよ! でも、あなたの詩、ちょっとドキドキしちゃうかも♡」
*
その夜、シェイクスピアは一人静かにつぶやいた。
「死の灰から……だが、ハッピーの芽は出た。悲劇から喜劇へ、連鎖は、ここから始まるのか」
(第1話 終わり。次話へ続く。)
🎭 次話予告
第2話「編集者たちの告白、プロット混乱編(悲劇率70%)」
現代のラブコメプロットを学ぶシェイクスピア。しかし「起承転結」を「起承転死」と勘違いして大混乱! ユキの嫉妬コメディとミサキの編集で、初のハッピーエンド原稿が……!
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