第27話 あかりの妹

 小百合の様子が気になる。何かしてしまったのだろうか? 鈍感な自分がこんな時は嫌になる。


 キリンから帰ったあかりはこの三ヶ月の習慣としてポストを覗いてから家に入る。区役所の封筒に包まれた受給者証がないか何度も郵便物を確認する。正直、他の家族の郵便物には触らない方がいいと思ってしょっちゅうチラシや封筒をかき分けている。


(障害者って、親と仲が悪いとこういう時困るな)


 障害福祉サービスは基本的に区役所で申請するものだ。そして区役所のサービスは必要な書類を自宅に郵送する。トラブルを避けるためにもあかりは他の家族より先に受給者証を見つけたい。


 しかし、その日のポストは空っぽだった。あかりは焦る。ポストの郵便物を一番確認するのは母だ。障害者に偏見のある母だ。最悪、受給者証を捨てかねない。だからこの三ヶ月郵便物には気をつけてきたのに……。


「お、お母さん?」


 玄関をくぐり、いつも母がいるリビングに向かうが誰もいない。この時間は母は買い物に行っているが、ポストを見るのはその帰りのはずだ。


 他の部屋をこっそり確認するが母の姿はない。今はまだ夕方前でいつもなら母はもちろん仕事に行っている父も妹もいないはずだ。


(たまたま、ポストに何も届いていないだけだった?)


 何も見つからないあかりは自室に戻った。正直、家で自室以外の場所にいるのは緊張するから早く帰りたい。たまたま何も届かない日だってあるだろう……。


 と、自室の前に人影があった。


「お姉ちゃん?」


 四つ年下の妹だった。姉と違って優等生で母にも気に入られている。確か立派な企業の正社員として働いているはずだ。


 スーツではないがオフィスカジュアルな格好に革の鞄を肩に下げていた。大きな瞳にほっそりとした手足は姉とは大きく違う。肩あたりの髪だけが姉妹で共通していた。


 そして、妹は茶色の封筒を手にしていた。区役所で見せてもらった封筒だった。


「ど、どうしてそれを持っているの?」


 あかりは両手を上げたり下げたりした。受給者証に違いない。しかも開封した後がある。


「やっぱりお姉ちゃんのやつだったんだ。名前書いてあるもんね……どういうこと? お姉ちゃんが障害者? 何か病気になったの?」

「……み、美希には関係ないでしょ。私のだから返して」


 母から聞いたことがある。引きこもりの姉を優秀な妹は軽蔑している。だから発達障害のことを話せばさらに蔑まれるだけだ。


 妹、八木美希(ヤギミキ)は素直に封筒を差し出した。ほっとして受け取るあかりに声がかけられた。


「お姉ちゃん、最近変だよね。土日に出かけることあるし、私が前言って無視した髪だって切った。どうして?」

「ど、どうしてって……どうでもいいでしょ? 私のことなんて?」


 美希はあかりのことなんてどうでもいいと思っている。そう言っていた母の言葉通りに話す。しかし美希は予想外にあかりに一歩踏み込んできた。


「部屋に入れてよ、昔はよくこの部屋で一緒に遊んでくれたじゃない、お姉ちゃん」






「発達障害?」


 結局、美希を部屋に入れてしまったあかりは事情をいくつか話した。発達障害を診断されたことだけを話す。病院やキリンに通っていることやアジールのことはぼかした。


 あかりがベッドに座ると自然と美希は床に正座した。姿勢のいい妹だ。


「発達障害ってテレビで見たことある。生まれつきの障害で物忘れが多くてミスが多いんだっけ? 何、お姉ちゃん、そうだったの?」

「そうだよ、病院でも診断されたんだ」

「ふーん、なんで教えてくれなかったの?」

「だって……いやでしょ、障害者が家族にいるなんて。必要がないから教えなかっただけ」


 母はそう言っていた。美希は首を傾げると鞄からペットボトルのミネラルウォーターを出して一口飲んだ。


「もしかしてお母さんにそう言われた?」

「な、なんで、知ってるの?」

「知ってるわけじゃないよ。お母さんなら言いそうだなって思っただけ」


 美希は足を崩すと少し寛いだ。あかりは早く部屋を出ていってもらいたくて、何か話題を探した。


「というか、どうしたの? いつもならまだ仕事の時間じゃない」

「昼で早退した。フラフラしてたんで帰ってきたんだ。もうなんか、疲れちゃって」

「どうしたの、美希らしくないね?」


 優等生の妹らしくないと指摘すると鋭い視線が返ってきた。


「お姉ちゃんに私の何が分かるの? ずっと引きこもって家族の誰とも話さなかったくせに」

「それは……そうだけど」

「お姉ちゃんが長い間引きこもってる間、私だって変わったんだよ」


 美希は視線を姉から窓に向けた。空は夕方の色に染まり始めていた。母が帰ってくる時間だ。


「もうすぐお母さん帰ってくるね……ねえ、お姉ちゃん、話を聞いてると引きこもり、やめたの? だって自分から外に行ってるみたいじゃない」

「……私はこの家から出たいと思ってる。すぐじゃなくてもいつか必ず」


 美希は目を丸くして、じっとあかりを見た。そこには純粋な驚きがあった。


「お姉ちゃん、また話しよ。家じゃお母さんがいるから、今度の日曜、外で話そうよ」


 部屋に差し込む陽光が夕陽に変わると美希は部屋を出ていった。その晩、あかりのスマートフォンにすっかり使っていなかった妹のLINEから店のリンクが送られてきた。

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