幼馴染の陽向葵はポジティブがすぎる 〜ネガティブ男子がポジティブ幼馴染少女を振り向かせるラブコメ〜
十色
第一部 幼馴染の陽向葵はポジティブがすぎる
第1話 幼馴染の陽向葵と僕
蝉の声が窓の向こうから聞こえてくる、夏の午後。
幼なじみの
「あのさ、
「え!? な、ななな、なんでいきなり!?」
放課後の夕日がカーテンを透かして部屋を淡く染める中、突然投げかけられた質問に僕はしどろもどろ。
「うーん、なんでって。憂くんってさ、正直、すっごく性格が暗いじゃない? つまらない人生を送ってるじゃない? だから恋人とかがいた方がいいと思うの」
「く、暗いって……。しかも、つまらない人生って」
グサッと心に突き刺さる。葵って素直だからオブラートに包んだりしないでどストレートにぶつけてくるから、豆腐メンタルな僕にとってはかなりキツい。
傷付いた! 幼馴染に『暗い』と言われて傷付いた!
まあ、間違ってはいないんだけど。
で、僕が焦った理由。
葵に恋をしてしまっているから。
そりゃさあ、僕だって恋人が欲しいよ。もう高校生になったわけだし。もし彼女がいてくれたらきっと楽しい毎日になるんだろうなあ、とかいつも考えてるよ。
でも、その好きになった相手が、今、僕の眼前にいる『陽向葵』という幼馴染の同級生だから悩んでるんだよ。とはいえ、『僕の好きな人は葵なんだ!』なんて言えるはずもなく。どうせ告白しても断られちゃうだろうし。
「い、いいい、いない! いないから! 好きな人なんて! それに、暗いとか言わないで! 僕が言われて傷付くワード第一位だってこと知ってるでしょ!」
「うん、もちろん知ってるよ? 憂くんのことなら私に知らないことなんてないもん。なーんにも」
そう、笑顔で言う葵だった。お前は某小説に出てくる『なんでも知ってるお姉さん』かよと言いたい。葵に対する僕の気持ちも知らないくせに。
「そうですか。僕のことはなんでも知ってますかそうですか」
「うん、知ってる! 友達が一人もいなことも知ってる!」
「と、友達……。いや、それってきっと都市伝説だって。というかさ。これ以上僕のことを傷付けないで!」
「あははっ! ごめんね憂くん。でもさ、『友達』が都市伝説だったら世の中すごいことになってると思うの。あちこちが伝説だらけになっちゃうっていうか」
ごもっともな意見です。そもそも、友達があちこちにいる時点で、それ、もはや伝説でもなんでもないし。むしろ、僕の存在自体が都市伝説かもだし。
「はあ……もう、こんな人生嫌だ」
「あははっ! 本当にそうだよねえー」
「いや、そこはフォローしてよ……」
いつからだったかな。僕が葵のことを好きになったのって。幼稚園の頃からずっと一緒だったから、よく分かっていないや。『いつの間にか』と言えばいいのかな。
例えるなら、砂時計。少しずつ、少しずつ、砂がさらさらと落ちていくように、僕も恋に落ちていった。
叶わぬ恋に。つまりは片想いに。
それに、葵は幼馴染だからというわけではなく、贔屓目に見てというわけでもなく、とても可愛い。すっごく可愛い。
艶やかな黒髪ロングが似合う、とても魅力に溢れた整った顔立ち。可愛い系かな? まだ少し幼さが残ってるからかもしれないけど。それに、いつも笑顔を絶やさない。まるで、周りの皆んなを明るくする太陽のような女の子。それが陽向葵だ。
でも、僕は別にその容姿に惹かれて好きになったわけじゃないんだ。単に、『陽向葵』という一人の人間を好きになったんだ。
葵の、全てを。
「はあ……」
もう溜め息しか出ない。『好きな人いないの?』とか、普通にさらりと訊けるってことは、完全に脈なしということだろうし。もし、僕に好意を抱いていたら、その気持に気付かれないように、そんな質問はしてこないはずだから。
「ダメだよ憂くん。溜め息ばっかりついてたら幸せが逃げちゃうよ?」
「幸せ? そんなのとっくに荷物をまとめてどこかに行っちゃったよ」
「あははっ! 確かに! うんうん、なんか分かるなあ」
「分からないでよ……。親しき仲にも礼儀ありって言うじゃん。もう、お願いだからそういうこと言わないで! 本当に泣くよ! 泣いちゃうよ!」
「あはっ! 大丈夫! 泣いたら泣いたでちゃんと慰めてあげるから。それに、憂くんの幸せは、ちゃんと私の所にお引っ越ししてきてくれたから。だから安心して」
「何が『だから』なのかサッパリ分からないんですけど」
「で、どうなの? 本当は好きな人いたりするんじゃないの?」
と、葵はニマニマしながら再度質問。なんで今日に限ってここまで追求してくるんだろう?
とにかく。今はまず、この話題を変えないと。これ以上突っ込まれて訊かれたりしたらマズい。僕の葵に対する気持ちがバレてフラれちゃったりしたら、絶対に再起不能になる自信がある。
「そ、それよりもさ、葵。今日返却されたテストの結果はどうだったの?」
「えへへー。結構良かったよー」
そう言って、葵は通学用カバンの中から折り畳まれた一枚の用紙を取り出して、僕に向けて広げてきた。それを見て、我が目を疑った。
「じゅ、十八点!? 赤点どころの問題じゃないじゃん!」
逆に知りたい。どうやったらこんな点数を取れるのか。
が、しかし。葵は「ふっふっふ」と、余裕綽々といった感じで不敵な笑みを浮かべるのであった。なんで? なんで笑っていられるの?
「これを見たまえ憂くん」
胸を張りながら、葵はテスト用紙をくるりと逆さまにした。どういうこと?
「ほら! こうして逆にすると、なんと! 八十一点になるのですよ!」
「あー、なるほど。『18』というアラビア数字を逆さまにすると、確かに『81』になる。うん、この点数なら優秀だね。って、違う! 違うから! 逆さまにして八十一点にしても意味ないから! 赤点である事実は全く変わらないから! 十八点のままだから!」
ここまでのやり取りで、なんとなくお気付きだと思う。
そう。陽向葵は『超』が付く程のポジティブ人間なんだ。
逆に僕――
が、葵はいきなりの土下座。そして僕にお願いしてきたのである。
「ど、どど、どうしたのいきなり!?」
「お願いです憂くん様! 私に勉強を教えてください! このままだと大学に行けないどころか留年してしまいます!」
あ、一応それは理解してるんだ。
「ま、まあ、それは構わないけど……」
「ありがとう憂くん! いやー、持つべきものは幼馴染だね。あと、私の日頃の行いがいいからかなー。それじゃ、これから毎日よろしくお願いします!」
「分かった分かった。これから毎に――え? ま、毎日?」
「うん! 休みの日とかは泊まっていっても構わないからね!」
「と、とま……」
そのまま、しばし呆然とした僕だった。
「どうしたの憂くん? ボーっとして。私の顔、ちゃんと見えてる? 性格が暗すぎてダークサイドの世界にでも行っちゃった?」
僕の目の前で手のひらをフリフリとさせ、そんなことを言いながら僕の意識を確認してきた。まだダークサイドには落ちてないってば。『まだ』って言ってる自分が悲しすぎるけど。
て、今はそんなことはどうでもいい。
「い、いやさ。さすがに泊まったりするのはちょっと……」
「ちょっと? ちょっと何?」
「だ、だからさ。高校生の男女二人が一緒に寝るとか……ちょっとマズいんじゃないかなあって。ほ、ほら。幼馴染とはいっても、そこはちゃんと線引きしておかないとさ」
「そんなの大丈夫だよ、別々の布団で寝れば。それとも憂くん、私と同じ布団で一緒に寝る? そしたら昔みたいにいい子いい子して撫でてあげるから」
「む、昔って……そ、それって小学生の頃の話でしょ? あと、いい子いい子して頭を撫でてあげてたのは僕だからね? 勝手に思い出を書き換えないでよ」
「うふふっ、そうだったねえ。なんだか懐かしいなあ。と、いうわけで。これから毎日勉強を教えてね。で、一緒の布団で寝ようね。冗談だけど。あははっ!」
じょ、冗談って……。僕、完全に遊ばれてる。
でも、なんでだろう。
冗談だって聞いた途端、残念に思った。そして、それをすごく寂しく感じてる僕がいる。きっとそれは、僕が葵のことが大好きで仕方がないからなんだろう。
葵に本物の恋をしてるんだから。
『第1話 幼馴染の陽向葵と僕』
終わり
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