第10話 語るも八卦語らぬも八卦

「お待たせ致しました、アリス様。」


「アンタを待ったことなんてないわよ、リシュリュー。」


その言葉通り、火球を上げてものの数秒足らずで凛とした声が鼓膜を揺らした。


「恐縮でございます。」


振り返った先にいたのは、見慣れた燕尾服と抱きかかえられる生首。


「これまたずいぶんと面白くなってるわね。クラムぅ?」


いじらしく頬を歪めて、覗き込めばいじらしく目が泳いだのでさらに詰め寄ってみることにした。


「お得意の再生はしないのかしらぁ?もしかして、リシュリューの腕が気持ちよすぎてはなれたくないとか?」


「ちゃ、ちゃうわい!」


誤解を解こうとない体を動かしているのか、顔だけで喧しさを押し出している。


「リシュリューとか、アリスとか、ショークとかに……み、見苦しいものをお見せするわけには行かないだけだし。」


生首は照れくさそうに頬を染める。


「それじゃ、アレやりなさいよアレ。。」


「ま、それしかないよなぁ。」


諦めたようにため息をついた生首は、申し訳なさそうに眼球を上げてリシュリューへ声を掛ける。


「頼める?嫌だったらホントに断ってくれ。」


「リシュリュー、快諾にございます。」


申し出に笑みを浮べてここ一番にやる気を露わにするリシュリューは、クラムの頭部を両手で挟むように優しく持ち変える。


「では、始めさせて頂きます。」


「あぁ、ありがとう。」


その言葉を残して、頭部は高く投げられる。垂直に空へ飛んでいく頭部は、重心がけしてずれることなく無回転で屋根を越える。


「生やすぞ!」


一際大きく上がった声。そこにこたえるようにリシュリューは両の五指をピンと伸ばす。


「参ります、針を呑むジ・オーダー。」


立てられた十の指が鍵盤をはじくように動く。時に肘を起点として腕ごと、繊細な指先を豪胆に、鮮やかな機微は瞬きの間に紡がれた。


「……。」


スタンと両足が地面へ触れる。それは生首から首が、広がり肩と胸が、連なり肘が手首が指先が腰が、属して腿が膝が脛が、そうして最初のソレを携えた男のもの。加えて、その男は当然のように服も兼ね備える。


「会心の出来でございます。」


人工太陽に照らし出される真黒の上着、指先までを覆う手袋。普段の見慣れた仕事着に身を包むクラムが現れる。


「ありがとう。いつもごめんな、リシュリュー。」


「あっ!!やっぱり、アリス班長!?ク、クラム総班長どういう状況ですか?」


スタスタと姿を現したマルクスが驚いた様子でこちらを観てくる。


「交通規制の範囲を広げて貰うようにアリスに頼んだんだけど、こっちまで来てくれたみたいだ。」


「バカね、そっちじゃないでしょ。」


人当たりのよい笑みを浮かべるクラムに手刀を落として、マルクスの方へ向きかえる。


「外で張ってた連中は。姿は見てないけど、反応がなくなったんだからそれで良いわよね?それと、ウチの子が逃走中の犯人を確保、死にはしないと思うけど足の傷が深いわね。」


@キャンディなら問題なく治せそうだな。」


足元を見やるクラムは、軽く頷く。


「マルクス、コイツも運べるか?」


「はい。問題なく。」


マルクスが何かを撫でるように二、三度

空へ手を差し出せば、そこから一拍おいてフィラーと同じように男が浮き上がる。


「細々したことはあるけど今日は一旦帰ろう。事も大きくなりそうだし、コッチは第3に任せて俺達は後処理に専念しようか。」


パンと両手が押し合わされれば、各々が気だるげな様子を隠すことなく歩を進める。


「ちょ、ちょっとまって!」


置いてけぼりにされた凡人一つも目に止めず。


「ガダール……だったかしら?」


振り返ったその勝ち気な瞳には、やはり初めて映り込んだのだろう。


「当たり前みたいに大勢倒して、体丸ごと生やしたり、火で夜をかき消したり!あ、あんたら一体なんなんだ?」


それでも、吐き出さずにはいられなかった。


「な、なんでそんな力があって後処理なんてやってるんだ?あんたらだったら英雄にだってなんだってなれんだろ!?」


焼けるような熱を吐き出す。頬を伝った汗がやがて地面に沈む頃、うんざりとしたようなため息が響く。


「英雄英雄って、そんなにいいものかしらね?アレ。」


「は?」


長い金髪がけだるげにかきむしられて、勝ち気な瞳がこちらをのぞく。


「めんどくさいっすよね〜、感謝とか尊敬されるぶんにはいいっすけど大体は汚い話に巻き込まれかけますし。」


まるでペットの粗相に頭を悩ませるように少女は頭をふる。


「……ガダールさん。貴方はどうして英雄になりたいんですか?」


「どうして……?どうしてって、そりゃぁ。」


浮き出る感情はいくつもあった。富か名声か憧憬か性か。


「そ……れは……」


指針か教育か時代か影響か無形か惰性か常識か無意識か。


「……。」


どのようにだって口にできるはずの言葉は覗き込むような瞳で押しつぶされる。


「……かつて、龍殺しの英雄アイオクスは邪龍を葬るために塔の魔女と一つの契りを交わした。」


ゆったりと微笑んだ口が静かに物語を紡ぐ。


「その契りは、アイオクスの生涯を全て魔女のために捧げること。魔女はその契約をもってして邪龍を葬る巨剣を授けた。」


まるで子供に読み聞かせるように何処までも優しく。


「巨剣を授かったアイオクスは魔女に礼を述べて、邪龍へ立ち向かった。その邪龍は山を越える大きさで、鱗は金剛石よりも硬く、吐き出される火はどのような盾でも防ぐことが叶わない。しかし、アイオクスは見事その邪龍を討ち取った。」


まるで長い夢を語るように儚く。


「邪龍を討ち取ったアイオクスは王によって褒め称得られ、金銀財宝と美女を一人授けられた。けれど、魔女はそれを許さず二つの呪いをかけた。」


まるで、拭えぬ罪を突きつけるようにおぞましく。


「一つは不老不死の呪い。それは未来永劫の咎。邪龍の命を奪い去った罪人への刑。」


まるで、責め立てられた罪人のようにみすぼらしく。


「一つは不老不死の呪い。それは未来永劫の罰。英雄を罪人へと差し替えた邪龍への刑。」


その男ははにかんだ。


「刻まれた邪龍はいまだ死ぬことを許されず、腐敗の血を流し藻掻いている。語られる英雄はいまだ朽ちることを許されず、自らが招いた呪いを解く方法を探している。」


英雄のような顔で、罪人のような佇まいで。


「もし、縁があればまたお会いしましょう。今度は、美味しいご飯でも挟みながら。」


「……ッ……ぁ。」


今度こそ、彼らは振り向かない。


「……。」


ただ一人の青年を残して。



















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そして、ルーキフェルは笛を鳴らす @pricke

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