そして、ルーキフェルは笛を鳴らす
@pricke
第1話 朝焼けと朝礼
龍殺しのアイオクスはかつて、生娘を生贄に要求した邪なる龍を塔の魔女イレイアによって施された神秘の巨剣で葬り去った。赤碑のユーベリトはかつて、前人未到の地へ足を運び人智を超越した落とし子の神秘を奪い取った。暗き森のハーデは幻想に生きる月狼へ矢を放ち、その心臓を秘宝として献上した。残る伝説は数多に、語られる武勇は巨大に。後に、歴史上もっとも英雄が名を挙げた時代と謳われる激動の世には語られるぬ英雄もまた、数多く闇に潜んでいた。
「……えー、では本日の朝礼を始めます。おはようございま~す。」
殺風景な広場に設けられた小高い台の上で、気の抜けた様子の男が声を上げた。
「「「……おはよ~ございま~す。」」」
気の抜けた男の声に反響したのもまた、緩やかさを隠そうともしない声音達。台の上に立った男から弧を描くように、統一された服装の面々はその服装とは反して、思い思いの姿勢で佇んでいた。
「これから仕事内容伝えるんで、聞き逃さないようにしてくださぁい。……まぁ聞き逃したら班長に指示聞いてください。」
そんな様子に同調するように、台に立つ男は一切規律を締める様子もなく説明を続ける。
「えーっと、A班、C班、D班は解体作業で、今回は危険魔術の使用がないそうなので普段通りやってください。」
「了解〜。」
桃色の鱗に全身を包む、二足歩行の爬虫類が軽い調子で声を上げる。
「E班、F班は素材の運送。ケツ死ぬとおもうんで頑張ってください。」
「うげっ、らじゃ〜。」
顔をゆがめた長身の男は低い声で頷く。
「G班、H班で交通規制と近隣の徘徊。万が一でも民間の人がいたら上から何されるかわからないんで、厳重に頼んます。」
「一番つまんないやつ回ってきたわね。」
「一番おもしろくないやつ回ってきたな。」
艶のいい金髪の女と灰色の髪の男が、落胆した様子で呟く。
「仮拠点を作ってくれたB班は今寝てるんで、起こさないよう朝礼終わりま〜す。……あっ、あと今回は納品予定の素材が多くありますんで、各班長からリストアップした物を必ず貰ってください。」
それら全てを慣れた様子で見据える男はスッと息を吸って
「それでは、今日も1日がんばりましょう。」
「「「おー。」」」
なんとも覇気のない掛け声で、朝焼けを迎えた。
「クラムさ〜ん。」
台にから降りた男に声を掛ける様、遠くから手を振る女が駆け寄ってくる。
「ん、どした?ショーク副班長。」
ショーク副隊長と呼ばれた女は、なんとも個性的な服装であった。長い振り分け髪は頭頂からペンキをかぶったような模様で赤色に染められ、毛先は元来の黒。目元には年季の入った薄紅色のチャイナサングラス。統一された黒服もモード系に改造されており、手入れの行き届いたブーツで軽やかに走る。
「アリス班長が今日はクラムさんについていけって言ってたっす。」
「え、別にいいけどなんで?」
チラリと集団を見やれば、群を抜いて派手な金髪と赤い瞳がこちらをとらえていた。
「経験よ経験!今日の仕事クソつまんないやつでしょ?こういう学びのない時間には、研鑽をつませてやんのよ。」
勝ち気な大声で補足をしたあと、アリス隊長と呼ばれた女は、HとF班を引き連れて拠点外へ向かっていった。
「そういうことなら、俺も頼んじゃおっかな〜。」
そんな声とともにクラムの首へやたら長い腕が絡みつき、肩口を通り越して、寄りかかるように長身の男が姿を現す。身長にして、2メートル超。長い手足と相まってぱっと見れば細身に感じるが、回された腕はよく鍛えられており、靭やかさを同居させていた。
「あ、メイデン班長。おはざっす。」
「はい、おはざっす〜。いいかな?クラム。」
メイデン班長と呼ばれた男は調子の良い声音のまま、軽くクラムを見やる。
「運送の方大変になんないか?」
「へーきへーき。逆に人がへりゃ、積める量も増えるっしょ。おーい、マルクス!ちょっとこっち来て。」
長く伸びた手に招かれるように、小走りで落ち着いた様子の青年がクラム達の元へ向かってくる。ほどよく切りそろえられた紫色の髪は、決して表情を隠すことなく正面で分けられ、あらわになったその顔も誠実性を隠さずに整っていた。
「なんですかー?メイデンさん。あっ、クラム総班長おはよございます。」
「あぁ、おはよう。マルクス副班長。」
軽い挨拶をかわして、マルクスは頭にかぶった規律の良い帽子をくいっとかぶりなおす。先の2人に続くような語り草はなく、質素に簡素に生真面目さを折り目正しく閉じ込めていた。
「マルクスも見学いってきな〜。解体も上手いけど、興味あるのは事務仕事の方でしょ?」
「え、いいんですか。よろしくお願いします!」
「お、おぉ。よろしく。……そんなに楽しいこともしないとは思うけど。」
勢いよく下げられた頭に困惑するクラムだが、とうのマルクスは心底嬉しそうに気合を握りしめていた。
「なんか持ってく物あるすっか?」
小首をかしげるショークに対して
「いやぁ~特にないかな。今日はクレーム対応だから。」
クラムは少しぎこちない笑みを浮かべて返答を返す。
「わかりました!それならすぐに出発ですね。」
傍らで気合をいれるマルクスに対しては
「えぇ、楽しみね。」
平坦な声でカラベルが付け加わった。
「ひえっ!?か、カラベル班長?起きてたんっすね……。」
驚いたショークがカラベル班長と呼んだ少女は、マルクスの隣でぼうっと立っていた。
「おはよう、ショークちゃん。私は指示出しだけだったから、そんなに疲れてないわ。けれどお休みで暇だから同行しようと思ってタイミングを見計らっていたのよ。」
つらつらと言葉を繋げるカラベルはその間、一切表情をかえることがない。真白とも形容できる肌に付随する絹のような
金色の髪、宝石を埋め込んだような青色の瞳、そして描いたような薄い唇。整いすぎたそれらのパーツが一切機微を見せないため、まるで人形が喋っているような恐怖心を植え付けられる。
「今回は危険魔術の使用がない。つまりは私の出番もないってことだし、いいでしょう?クラム。」
「まぁ、カラベルがいいならいいけど。」
「やったわね。行きましょう、ショークちゃん、マルクスくん。」
カラベルは二人の手をつないで先導しているつもりだろうが、小柄なせいで両親に挟まれて歩く子どもにしか見えない。しかし、正面から見れば、人形を挟む2人組に見えてしまうようなわけで、なんとも不可思議な存在であるとは常々思う。
「……飯でも奢れるくらいは金持ってとこっかな。」
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