第45話 親友と聖域奪還作戦Ver.2

 ファミレスで入念な打ち合わせを行い祐介と別れた俺は、決意を胸にアパートへと戻った。

 俺の部屋では今もも雪乃と玲がまだ険悪なムードで睨み合っている。


 俺はそんな二人の前に立った。


「二人とも、聞いてほしい。今夜、もう一度だけ、配信をする」


 俺の言葉に、玲が呆れたようにため息をつく。

 

「まだ懲りねえのか? また炎上してえのかよ」

 

「今度は違う。……今夜は俺のやり方でやらせてほしいんだ」


 俺のいつになく真剣な眼差しに、二人は口をつぐむ。

 隣で心配そうに見つめてくる雪乃の手を、俺はそっと握った。


「奏多さん、本当に、よろしいのですか?」

 

「うん。俺は、もう逃げない。俺自身が、きちんとこのチャンネルに向き合うべきだったんだ。このチャンネルは、俺が作った俺たちのための空間なんだから」


 玲はそんな俺たちの様子を腕を組んで黙って見ていたが、やがてふっと息を吐いた。

 

「……へっ。王様のつもりかよ。まあいいぜ、好きにやってみろよ。それでダメなら、アタシがそいつらのアカウント、全部物理的に叩き潰してやるから」

 

 物騒だが、それは彼女なりの最大限のエールだった。


 ◇


 そして、決戦の夜。

 

 玲と雪乃が見守る中、俺は数万人が待ち構える戦場へと、再び足を踏み入れた。

 配信が始まると、チャット欄は案の定熱狂の渦に飲み込まれる。

 だが、俺はその喧騒をあえて無視した。


「こんばんはー、KANATAです。いやー、今日さ、俺の友達がまた小テストで赤点取ってやんの。あいつ、マジで勉強しねえよな……」


 俺は、いつも通り、今日学校であった、くだらない話を始めた。

 その、俺と、たった一人の視聴者だけが共有してきた、穏やかな時間。


 最初は「Yukiはどこだ?」と騒いでいたチャット欄に、ぽつり、ぽつりと、違う色のコメントが混じり始めた。

 祐介だ。あいつが、動いてくれている。


『この、日常感がいいんだよな』

『確かに、Yuki様が惚れるのも分かるわ』

『Yuki様の正体を探るのは野暮だぜ。二人の世界、見守ろうぜ』


 祐介が放った小さな石は、やがて大きな波紋となり純粋なファンたちの間に広がり、チャット欄の空気は明らかに変わり始めていた。

 俺は今がその時だと、覚悟を決めた。


「……今日は皆さんに伝えたいことがあります」


 俺が真剣な声で切り出すと、数万人が俺の言葉を固唾をのんで見守っている。


「最近、たくさんの人が、俺の配信を見に来てくれるようになって、本当に、感謝しています。りりたんにも、感謝しかありません」


 ここに押し寄せている彼女のファンへ向け、率直な言葉を述べる。

 そして俺は一度言葉を区切った。


「…………。でも、俺が三年間この配信を続けてこられたのは、たった一人、ずっと見てくれた人がいたからです」


 隣で雪乃が息を呑む気配がした。


「この配信は、たった一人の大事な人に、『面白い』って言ってもらうためにある。その気持ちは、これからも、絶対に変わりません」


 俺の、魂からの宣言。

 

 数秒後、チャット欄が爆発した。だがそれは非難の言葉ではなかった。


『うおおおおおお! KANATAの告白配信キターーー!』

『Yuki様愛されてる!』

『泣いた。改めてファンになります』

『アンチに負けるな!』


 温かい、肯定の言葉の奔流。

 俺は目頭が熱くなるのを必死で堪えた。


 ◇


 配信を終えた後、部屋には感動的な静寂が戻っていた。

 

 玲は腕を組んだまま、静かに息を吐いた。

 そして立ち上がると、俺の肩をぽんと軽く叩く。


「……へっ。やるじゃねえか、王様。お前、大したタマだよ」


 その顔には、いつもの不敵な笑みではなく、どこか晴れやかな、本物の笑顔が浮かんでいた。

 彼女は涙を浮かべる雪乃を一瞥すると、俺に向かって悪戯っぽく笑う。


「ま、こんだけ言えりゃあもう大丈夫だろ。アタシの出る幕はねえな。じゃあな、相棒。」


 玲はそう言うと、俺の返事も聞かずに颯爽と部屋を出ていった。

 嵐が去り、部屋には俺と雪乃だけが残された。


 雪乃は声も出さずに、静かに大粒の涙を流していた。


「……ありがとう、奏多さん」


 そのか細い声が俺の胸を締め付ける。

 俺は彼女の涙をそっと指で拭った。


「俺は君だけの相棒だから」


 その言葉は、陳腐な愛の告白ではなかった。

 だが俺たちの間には、それ以上のどんな言葉も必要なかった。

 俺は目の前でしゃくりあげながら涙を流す彼女を、強く、強く、抱きしめた。


 俺たちの聖域は、形を変えた。

 もう同接1の閉ざされた場所じゃない。

 

 だけど、本当の聖域は、ここにある。この腕の中に。

 

 その温もりを確かめ合うように、俺たちはただ静かに抱きしめ合っていた。

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