第15話 体育祭に向けて(前編)
中間試験が終わり、学校がどこか浮足立ち始めた頃。次の大イベント、体育祭が一週間後に迫っていた。
ホームルームの時間。実行委員の生徒が教壇に立ち、出場種目の選手決めを行っている。
しかしペア探しなど最もプレッシャーのかかる「クラス対抗二人三脚」の選手だけが誰もやりたがらずに残っていた。
「うーん……。どうすっかなあ、これ……」
困り果てる実行委員。その時、祐介が待ってましたとばかりに立ち上がった。
「こうなったら運命に任せようぜ! 男女一人ずつ、くじ引きで!」
その場を盛り上げたいだけのお調子者の提案に、クラスの大多数が「それがいい!」と安易に賛成する。
俺は嫌な予感しかしなかった。
用意された二つの箱。まず祐介が男子の箱に手を突っ込み、一枚の紙を取り出す。ニヤニヤしながら、その名前を読み上げた。
「――月城奏多!」
「はぁ!?」
俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。クラス中の同情と面白がるような視線が俺に突き刺さる。
(嘘だろ、なんでだよ……。あいつ何か仕込んでるんじゃないか?)
俺が絶望に打ちひしがれる中、女子の代表がもう一つの箱に手を伸ばす。教室中が固唾をのんで見守る中、読み上げられた名前は――。
「――九条雪乃さん!」
その瞬間、教室が爆発したかのような歓声とどよめきに包まれた。
「マジかよ!」
「月城、役得すぎだろ!」
俺は隣の席で完璧なポーカーフェイスを保つ雪乃を盗み見る。
だがその涼やかな瞳の奥にほんの一瞬、楽しそうな光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。
◇
放課後。俺は一人、重い足取りで昇降口へ向かっていた。
頭の中はこれから始まる地獄絵図のことでいっぱいだ。
(どうする……。よりにもよって、二人三脚なんて……)
ただでさえ運動は得意じゃない。加えてここ数年のゲーム漬けの生活で、俺の体力は地に落ちている。
対して雪乃は体育の授業でも常に女子のトップクラスの成績を収めている完璧超人だ。
俺が足を引っ張って、全校生徒の前で彼女に恥をかかせる未来しか見えない。
(ダメだ。勉強会で決意したばかりじゃないか。彼女の隣に立つって……。こんなことで、また情けない姿を晒すわけにはいかない)
焦燥感だけが募る中、俺は教室に残っていた祐介に駆け寄っていた。
「祐介! 頼む! ちょっとだけ、練習に付き合ってくれ!」
「んあ? 練習って、二人三脚のか?」
俺の必死の形相に、祐介はきょとんとした顔でこちらを見た。
俺たちは人のいない体育館裏へ向かうと、荷物用の紐で互いの足首を結びつけた。
「いくぞ! いち、に、いち、に……うわっ!」
掛け声を合わせるも、一歩踏み出した途端に足がもつれ、俺たちは見事にすっ転んだ。
「いってて……。おい奏多、お前、体力落ちすぎだろ!」
「う、うるさい! 分かってるよ!」
その後も何度か試すが、結果は同じだった。息はすぐに上がり汗が噴き出してくる。
俺は地面に大の字になって、ぜえぜえと息を切らした。
「はぁ……はぁ……。だめだ、こりゃ……」
「何言ってんだよ」
そんな俺の姿を見て、祐介は呆れたように笑いながら俺の隣にどかりと腰を下ろした。
「お前、自分が思ってるほど運動神経は悪くないって。中学の頃、結構足速かったの忘れたのか?」
「それは昔の話だろ……」
「ただの運動不足だって。身体がなまってるだけだ。何日か走れば、すぐに勘は戻るさ」
祐介の意外なほど的確な分析。
彼は俺の肩をぽんと叩くと、ニヤリと笑った。
「それに、一番の問題はそこじゃねえだろ」
「え?」
「いいか、奏多。これは二人三脚なんだぞ? 俺といくら練習したって、意味ねえんだよ。本番のパートナーは誰だ?」
その言葉に俺はハッとした。
そうだ。俺が合わせるべきなのは祐介じゃない。
「……九条さん、だ」
「だろ? 腹くくって、本人を誘うしかねえんだよ。お前が本気だってことちゃんと見せてやれ。……九条さん、絶対待ってるぜ」
祐介の力強い言葉が俺の背中を押した。
そうだ。俺はもう逃げないと決めたんだ。
俺から行かなくちゃいけない。
「……サンキュ、祐介。なんか、目が覚めた」
俺は泥だらけの体操服のまま立ち上がると、固く拳を握りしめた。
明日、必ず俺自身の口から彼女を誘う。
最高のパートナーとして、彼女の隣に立つために。
俺の心に、闘志の火が確かに灯っていた。
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