明日を失った僕が、世界の果てで“運命”を買い戻す

九重いちご

明日を売った青年

「……ほんとに良かったのかな。」


始まりの街、『シャムロック』から東に少し行ったところにある森の中で青年がつぶやく。

彼の名前はミレ。まだ15歳のただの青年だ。

普通この年齢の青年は働くために冒険者ギルドや商人ギルドへ足を運ぶ。


しかし彼はギルドカードはおろか、お金すら、身寄りすらない。

では彼は孤児だったのか?そういうわけでもない。


「やっぱり売るべきじゃなかったかな……。」


彼がなぜここにいるかは数日前に遡る。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「あぁ……どうしたらいいんだよ!!」

暗い暗い路地、そこでミレは1人声を荒げる。


「父親は子供を育てられないからって夜逃げ。母親は育児のストレスから廃人に。妹はまだ2つにもならないのにまともな食事すら取れてない。」

ミレは歯軋りをして続ける。


「僕が働けたらお金を稼げるのに。母さんに無理をかけなくて済むのに。妹に少しでも飯を食わせてあげられるのに。なんで働けないんだよこのバカぁ!」


彼は壁に思いっきり拳をぶつける。

その拳から血が滴る。


彼はまだ15歳。正式にギルドに行って給料をもらうには親の同意が必要である歳。しかし、親がまともに動けないため同意を得られず働くことができなかったのである。


「なんでもするから……なんでもするから母さんとあいつには幸せに生きて欲しいんだ。

あぁ!俺の体なんてどうなってもいいから母さんたちの負担を減らしてやりたい!!」

彼は嗚咽しながら泣きじゃくる。

まだ15歳、見た目は大人っぽくなっていても中身はまだ子供なのである。


「なぁ、青年。ほんとに自分がどうなってもいいから家族を救いたいのか?」

「はぁ?」


ミレは突然の声に振り向くと、長いコートを着ていて、顔を仮面で隠した中年の男性がいた。 


「君のあるものを代償にするならば、君の家族を死ぬまで幸せに暮らさせてやることができる。」

「!!!」


ミレは体を震わせながら男に質問をする。


「その代償ってのは……?」


男は重い口を開いて言う。


「君の運命、いやもっとわかりやすく言うと明日や未来だ。」

「運命……明日?」


ミレは頭に物事が入ってこずポカンとする。それに対して男は少し微笑んで続けた。


「君の明日を私が買ってやろう。

もし買わせてくれたならば、君の家族を一生幸せに暮らせるようにしてやろう。」

「僕の明日を、売る?」


ミレは自分のことよりも家族のことで頭がいっぱいである。自分がどうなってもいいと思ってる彼にとってこの交渉は即決レベルだった。


「しかし売られた明日は買い戻すことはおそらくできないし、もう戻ってはこないだろう。

それに明日を捨てるんだから、君の家族からも君自身のことを忘れ去られてしまうけどな。

まぁゆっくり考え……。」

「売る!売るから!!早く母さんたちを!!」

ミレは叫ぶように伝える。


「ん……もう少しゆっくり考えたらどうだ?」

男は彼の判断を見直すことを促す。

しかし、


「早くしないと母さんと妹が……死んじゃうんだ!!僕の人生なんてどうでもいい!!だから早く!!」


商人は苦笑いをして続ける。


「交渉成立だな。君の運命を私が買い取った。だから君はもう、家族もお金も明日も何も無くなったのだ。第二の人生、まともに歩めるといいな。」


そういうと、ミレの視界がいきなりグニャリと曲がった。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「さてこれからどうしようかな。運命を売ったことで……ん?僕は何のために運命を売ったんだ?」


そう、運命を売ったことでミレと家族の繋がりがなくなった。よって記憶から家族のことが消え去ってしまったのだ。


今彼が覚えているのは何かの目的のために運命を売ったこと。それはとても大切な目的だったこと。そして自分の名前だけ。


「やっぱり売るべきじゃなかったって。

何か目的があったにしても、そんな簡単に運命なんて売るべきじゃなかったんだよ。」


彼は原っぱに大の字で広がってつぶやく。


「どうせ楽しい人生だったのにその場のノリで売ったんだろうな。あぁあ、なんてバカなんだろう自分は。」


「……君はそんな簡単に運命を売ったと思ってるのかい……?」

「???」


声のする方にメレが顔を向けると、ロングコートに白い仮面を被った女性がいた。


「ミレ・アヴニール君だね。事後観察に来たけど……これはあまりに。いやなんでもない。とにかく、これで私の仕事は終わりだ。」

そういうと女性はこの場を去ろうとする。


「ちょ、ちょっと待ってよ!!」

慌ててミレは女性を食い止める。


「僕は運命を売る前、何をしてたの……?」

女性の言葉のせいで不安と興味が入り混じった気持ちになったミレは問いかける。


「本当に聞きたいか?」

女性は恐る恐る聞く。


「うん、どうせ大した人生送ってないしね。」

少し声色を無理やり明るくして言い返す。


「じゃあ話してあげよう。あんまりよくないことだけど……まぁ。

君が運命を売る前はね……。」

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明日を失った僕が、世界の果てで“運命”を買い戻す 九重いちご @Kokonoe_Itigo

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