第3話 本屋

「黒瀬君、帰ろうか」


 放課後、鞄を持って立ち上がった緒方千春が声を掛けてきた。


「本当に一緒に帰るのかよ」


「もちろん! 本屋行くんでしょ?」


「……行くけどさ」


「色々教えて!」


「まあ、それなら……」


 正直、こいつと一緒に行動するのは気が進まない。

 でも、“好きな本を語れる”という誘惑には勝てず、俺は一緒に教室を出ようとした。

 

 そのとき――


「千春!」


 一条蓮司の声が教室に響いた。


「あ、蓮司」


「柚希が今日、部活無いんだってさ。だからみんなでカラオケ行くぞ」


 一条の周りには、いつもの顔ぶれ。

 ギャルにスポーツ少女、そしてクラス一の美少女・露崎澪音までいる。まさに“ハーレム”だ。


「ごめん、今日はパス!」


「……なんだよ」


 短い沈黙。

 一条の視線が緒方を探るように向けられる。だが、緒方はそれを振り切るように俺の方を向いた。


「行こう、黒瀬君」


「お、おう」


 緒方はマジでハーレムを抜けるようだ。

 背後から一条の視線を感じながら、俺は緒方と一緒に教室を後にした。


◇◇◇


「なんか新鮮だなあ」


 俺の横に歩きながら、緒方がぽつりと言った。


「なにが?」


「蓮司以外の男子と2人で歩くの」


「それはそうだろうな」


「黒瀬君は? 私と歩いて新鮮さ、感じる?」


「別に」


「えー! 女子と歩き慣れてる感じ?」


「そんなわけあるか」


「じゃあ、ちょっとはドキドキしてもいいんじゃない?」


「しねーよ。ハーレム女子じゃな」


「ひどーい! 私はもう抜けたんだから!」


 頬をぷくっと膨らませる。

 確かに可愛い仕草だが、いつまたハーレムに戻るか分からない奴に惹かれるほど、俺はバカじゃない。


「……ハーレム女子って魅力無いかな?」


「無いな。媚び媚びの"媚び子"だろ。しかも一条限定のな」


「そ、そんな言い方……」


「じゃあ、違うのか?」


「……違わないけど」


「だろうが。だから俺はまったく魅力は感じない」


「じゃあ、澪音ちゃんでも?」


「当たり前だ」


「そんな……澪音ちゃん、クラスどころか学校一の美少女って言われてて、モデルもしてるんだよ?」


「だけど、中身は"一条媚び子"だ」


「ひどいなあ……じゃあ、黒瀬君はクラスの誰がタイプなの?」


「うちのクラスに居るわけ無いだろ。大なり小なりお前らと同じだ。お前らが目立ってるだけで、ほかのやつらだって一条に尻尾を振ってる」


「確かにそうかもね。私たちへのやっかみも凄かったし……」


「だから、リアルの女子には興味が無い。俺は小説とか二次元だな」


「なるほどねえ……じゃあ、チャンスかな」


「……何か言ったか?」


「別に……」


 なにか変なこと考えてないだろうな、この女……


◇◇◇


「うわあ、いっぱい本あるねえ!」


 緒方が目を輝かせて店内を見回す。俺たちが来たのはアニメショップだ。

 もし“狙ってる女子”と一緒なら、絶対に来ない場所。

 けど、緒方は違う。こいつはどうでもいい相手だし、気を使う必要もない。

 だから今日は、遠慮なく自分の欲望を優先させてもらう。


 ラノベコーナーに向かうと、新刊が並んでいた。

「お、入ってるな」

 目当ての一冊を見つけて手を伸ばしかけたところで、ふと躊躇する。


 ――よく考えたら、これ、タイトルがちょっとやばくないか?


 表紙には堂々とこう書かれていた。


『友人の幼馴染みが俺に夢中なのだが』


 いや、俺は一条と友人では無い。ほとんど話したこと無いし。だから状況はまるで違う。だけど、こんなの買ったら誤解されるよなあ。

 とはいえ、前作がめっちゃ面白かった作家の新作だし……どうするか。


「あ、なにこれ!」


 そんな風に迷っていると緒方が本を手に取った。よりによってその『友人の幼馴染みが俺に夢中なのだが』だ。


「面白そう! 私、これ買おうかな! もしかして黒瀬君、もう持ってる?」


「いや、それ新刊だし持ってない」


「そうなんだ。じゃあ、私が読んでから貸してあげるね!」


「あ、ありがとう……」


 まあ、ある意味助かるけど……


「それで、黒瀬君は何か買わないの?」


「……狙ってた本はまだ入荷してないみたいだ」


「そっか。じゃあ、私、買ってくる!」


 レジへ駆けていく緒方を見送りながら、

 ――まさか、あのタイトルの本を堂々と買うとはな……と、心の中でため息をついた。


 まあ、貸してくれるなら金も浮くし、良しとするか。


◇◇◇


 翌日、緒方千春は今日も一条とは別々に登校してきた。


「おはよう、黒瀬君!」


 俺の隣の席に座りながら、元気よく声をかけてくる。


「おはよう、緒方」


「あの本、ちょっと読んでみたけど……」


「どうだった?」


「最高だよ! 私が求めていた本だった!」


 興奮気味に目を輝かせる。


「そ、そうか……」


「あとで、黒瀬君に読んでもらうのが楽しみだなあ」


「お、おう……」


 とりあえず相槌を打ったところで、また教室の後ろから声が飛んできた。


「千春!」


 一条だ。


「なに?」


「なんでそこに居るんだよ。こっちに来いよ」


「……別にいい」


「はあ?」


「黒瀬君、それでね……」


 一条との会話をあっさり切り上げ、緒方は俺のほうに身を乗り出して話を続ける。

ハーレムを抜ける決意は、どうやら本物らしい。


◇◇◇


「千春、どうしたんだろ?」


 一条蓮司にそう声を掛けたのは星野梨奈ほしの りな。今、一条に最も近い存在――クラスでは“正妻”とも囁かれるギャルだ。


「……あいつ、かまってほしくてやってるんだろ。前もあったんだよ」


 蓮司が面倒くさそうに言う。


「そうなんだ」


「ああ。最近、あいつにかまってやれなかったからさ。すねてるだけだ」


「うーん、千春ってそういうことするタイプじゃないと思うけど」


 梨奈は首をかしげる。

 もともと千春とは親友同士。千春を通じて蓮司を知り、いつの間にか彼のハーレムに加わった。

 その立ち位置は、今や誰もが認める本命に近い。


「あいつのことは俺が一番よく分かっている。ここで、甘やかすと調子に乗るからな。自分から戻ってくるまで放っておこう」


「うん……」


 梨奈は頷きながらも、どこか納得しきれない表情で千春の方を見つめていた。


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