第5話 “魔王”のいる日常

「……まさか、君が魔王だったとはね」


 俺は呆然と呟いた。

 黒い翼を広げ、赤い瞳を光らせるリリア――いや、“魔王リリア”が、静かに微笑んでいた。


 「ええ。隠していてごめんなさい。でも、あなたが“外の人間”だとわかったから……もう隠せないと思って」

 「外の人間?」


 リリアは静かに頷く。

 「この国の外の世界――私たちは“終末の境界”と呼んでいるわ。あなたはそこから来た“異界の来訪者”。普通なら、ここに来ることはできないはず」


 俺の脳裏に、あの“光の門”が蘇る。

 会社の屋上から飛び降りた瞬間、俺を包んだ光。

 “やり直したい”と願った、あの夜。


 ――まさか、本当に異世界に来ていたのか?


 「つまり、俺は……異世界転移者ってやつか」

 「そう。けれど、あなたがここに来たのは“偶然”じゃない」


 リリアの声が、少し震えていた。

 「私は、あの日、祈ったの。“誰か、私を止めて”って」


 リリアは椅子に腰掛け、深く息を吐く。

 「この世界は、滅びかけてる。魔族も人間も、どちらも限界なの。だから私は“魔王”として、戦いを終わらせるために立ち上がった。でも……」


 その瞳が少し潤んだ。

 「……誰も、私を止めてくれなかった」


 沈黙が落ちる。

 焚き火の音が、静かに弾けた。


 「……だったら、俺が止める」


 自分でも驚くほど自然に、言葉が出ていた。


 リリアが目を見開く。

 「え?」

 「“世界を救う”とか、“勇者”とか、そんなのはどうでもいい。けど、泣いてる奴を放っておくのは、俺の性に合わない」


 少し間をおいて、リリアはふっと笑った。

 「……やっぱり、あなたに出会えてよかった」


 その笑顔を見て、俺の胸が少しだけ熱くなる。


 ――この世界に来た意味。

 もしかしたら、それは“この魔王を救うため”なのかもしれない。


 「まずは、君の作る料理をもう一度食べたいな。勇気を出す前に、腹ごしらえが必要だろ?」

 「ふふっ……あなたって、本当に変な人ね」


 そう言って、リリアは立ち上がり、鍋に手を伸ばした。

 ――“魔王”の暮らす山小屋で、俺たちの奇妙な日常が始まった。

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追放されたけど実は国一番の魔導書を書いた作者でした yakko @yakko0821

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