第29話
「なによ、満足げな顔しちゃって」
彼女が胸の前で腕組みをし、僕の前で仁王立ちになった。
不満そうに口をへの字に曲げている。
「私の方が先に出会って、先に目を付けたはずなのに」
と言って、彼女は首を振りながら大きなため息をついた。
「なんであなたなのかしら」
彼女はコメカミを指先で押さえ、全然理解できないとでも言いたげな顔をした。
なんでと言われても、と返答に困っていると、
「同じ男でも、どうせなら私みたいに綺麗な方がいいと思うんだけど」
と彼女が言った。
「……え?」
なんとなく、彼との会話の内容でそうではないかと思っていた。
でも、目の前に立っている人は、身長が平均より高いというだけで、どこからどう見ても女性にしか見えない。
「工事してないから、上は無いけど下は両方あるわよ」
そう言って彼女(?)は僕の手を握り、自分の下腹部に押し付けた。
生温かくて弾力のある感触が手のひらに広がり、目の前にいる人の姿とのギャップで脳が混乱しそうになった。
他人のものを触ったのは2度目だけど、彼のものを触った時とは大違いで、今回は何とも言えない気持ち悪さがあった。
そこから手を離したくても、見た目に反する強い力で手首を握られてしまっていて離すことができなかった。手も大きく、よく見ると角張っていて、女性のそれとは違うように見えた。
「もっとギュッてしてくれていいのよ、私、狭くてキツいの好きだから」
「なんか、形が……」
気持ち悪い。
そう思った瞬間、横にいた彼が先ほどよりも更に低い声で言った。
「いい加減にしろ。手を離せ、
怒りを感じさせるその声は低く、でも、静かで、どこか冷たさを感じる声だった。
「この格好でいる時に、その名前で呼ぶなって何度も言っただろ」
政虎と呼ばれた彼女、いや、彼もまた、低い声で言い返した。
さっきまでの女性的な声は、一体どこからどうやって出していたのだろうかと思う。
ただ、彼と違って、その声に怒りの感情はこもっていないように聞こえた。
どちらかというと、不貞腐れているような感じだ。
「政虎」
「ああもうっ、わかったから呼ばないでくれ、
政虎は本当に嫌そうにそう言うと、僕の手をパッと離し、両手を広げてみせた。
手は解放されたけど、あの独特の感触は手のひらに残ったままだった。
気持ち悪さが消えない手を宙に浮かせたままでいると、彼の大きな手がそれを包んだ。
「あとで上書きしてやる」
彼がそう言うと、政虎が手を口に当てて「きゃっ」と言いながらニヤついた。
「なあ、お前たちって、なんなんだ?」
「俺たちか? 実の兄弟だ」
ああ、やっぱり。
「俺が兄で、女装しているコイツが弟だ」
「龍兄さん、て」
「俺が
「
任侠映画に出てきそうな呼ばれ方だな、と密かに思ったけれど、とりあえず今は黙っておくことにした。
彼は胸ポケットからカードケースを取り出すと、名刺を一枚取り出して僕に見せた。そこには彼の所属部署と役職、そしてフルネームが印字されていた。
もちろん、彼の名前は知っていた。初めて名刺を交換した相手は彼だから。
その時の名刺には役職名はなかったんだよな、と思いながらその名刺を見ていたら、彼は僕の手にその名刺をそっと握らせた。
「龍兄さんと私の間にもう1人兄がいるから、私はそう呼んでいるの」
口調と声を戻した政虎が言った。
僕は政虎を見て、何で女性の格好をしているのか聞こうとしたけどやめた。
そんなの、個人の自由だから。
「趣味よ」
唐突に政虎が言った。
僕が聞こうとしたことがわかっていたみたいな声音だった。
「今は実益も兼ねているわ」
政虎はそう言うと後ろを振り向き、
「そうよね」
と、少し大きめの声で言った。
すると、奥に置かれた観葉植物の葉が揺れて、一人の男が現れた。
素人目に見ても高級であることがわかるスーツを身に付けたその人物に、僕は何となく見覚えがあった。
だが、誰なのか思い出せない。
横に立つ彼、龍一が軽く頭を下げたので、僕もそれに倣った。
「彼女には時々、この姿で業務を行ってもらっているんだ」
僕たちの前に立ったその人物は、そう言いながら政虎の腰を抱き寄せた。
政虎よりも5センチほど身長が低いが、政虎は今、ヒールを履いているから実際には同じくらいだろう。年齢は30代後半くらいで、肩や胸にハリがあり、鍛えられているのがスーツの上からでもわかる。
僕の様子を見ていた政虎が、ふふっと笑って言った。
「私の名刺もあげるわ」
政虎は2つのカードケースをポケットから取り出すと、1枚ずつ引き抜き、僕に手渡した。
「どっちも私のよ」
政虎の名前が印字された方には社長室室長という役職名が、もう1枚の方には女性の名前と社長秘書という肩書きが印字されていた。
「あ…………」
思い出した。
顔から血の気が引いていくのがわかる。
「結構いろんなところで顔を晒してきたんだが、僕もまだまだと言うことか」
「いえっ、そんなことは、あの……」
まさか自分の会社の社長の顔を忘れるとはと慌てる僕を見て、社長本人は怒るどころかカラカラと明るく笑った。
「ところで、僕はそろそろ限界なんだ」
社長はそう言うと、政虎の尻を徐に撫で回した。
「あら、今日は入れたいの?」
「いや、部屋に戻って先程の続きをしたいんだが」
社長が政虎の耳元で言った。
「早く咥えたい」
「そういえば、マテの状態だったわね」
政虎がくすぐったそうに笑いながら言った。
「龍兄さん、あとの説明は任せてもいいかしら」
「ああ」
「じゃあ、お先に失礼するわ。そうそう、ここ、19時まで人払いしてあるから好きに使って。必要なものは揃えてあるし後始末は業者さんに頼んであるからしなくていいわよ。あ、何なら21時くらいまでにしとく?」
「いや、充分だ」
「そう? じゃあ、またね」
「ああ」
龍一が短い返事をすると、2人は早足で休憩室から出て行った。
「さてと、30分ちょっとか。濃いヤツ1回だな」
そう言って龍一は室内奥、観葉植物の向こうへ僕を誘った。
僕たちが話をしている間、社長がいたところだ。
そこには布製のベンチソファが置かれていて、その上には未開封のコンドームが1箱と潤滑剤が2本、それと、ボックスティッシュとタオル数枚が籐籠に入れられた状態で置かれていた。
「大サービスだな。ありがたく使わせてもらおう」
そう言いながら素早い動きで龍一の手が僕のベルトを緩め、フロントを開き、指先で叢をかき分けながら下着の奥へ侵入した。
「あ……、は……ぁ……」
彼の手に包まれた僕のものは、素直すぎるほどの反応を示した。
「かわいいな、お前」
龍一はそう呟くと、僕の唇を深く塞いだ。
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