第2話 出会の日の影
世界が白く弾け、気づけば——また砂場だった。
淡い陽光。
春の風。
幼い手のひらに、さらさらと砂がこぼれる感触。
もう、何度この光景を見ただろう。
「ゆーとくん、これ、あげる!」
紗良が小さなスコップを掲げ、笑う。
頬に砂をつけて、無邪気な笑顔。
幼い声に、胸の奥が痛んだ。
彼女は何も知らない。
この瞬間が何回目かであることも、
悠斗がこの“出会いの日”を何度も生き直していることも。
——だが、今回は違う。
悠斗はしゃがみ込み、周囲を見渡した。
砂場の位置、園舎の影、桜の枝の向き、子どもたちの数。
一つ一つを観察し、頭に焼きつける。
まるで探偵のように。
まず、始まりのこの場所、砂場を調べる。
遊んでるように見せかけ砂を掘りまくるが、特に何も見つからない。
次に帰りに通る並木道。
ここも特に何もない。
告白した公園はどうだろうか?
周辺をくまなく探してみるが結局何も手掛かりはなかった。
その夜。
子どもの姿のまま夢を見る。
夢の中、無数の光と紗良と出会った日の場面が映し出される。
悠斗はただそれを見ている事しかできなかった。
それが何を意味するのかは分からないが
「……出会いの日。あの日が、鍵なんだ。」
目を覚ました悠斗は、手応えを感じていた。
心の奥で、確信に似た声が響く。
“君たちは出会いから逃れられない”
——それが、世界の声なのか、自分の記憶なのか、わからなかった。
もし次のループがあるなら、もっと突き詰めてやる。
もし本当に“何か”があるなら、
そこに、この世界の出口があるはずだ。
幼い手を見下ろしながら、悠斗は静かに拳を握った。
——次は、ただ繰り返すだけじゃない。
“終わらせる”ためのループだ。
——どうやっても、あの日に辿り着く。
それが、悠斗がこのループで学んだ唯一の“法則”だった。
どれほど早く告白しても、どれほど拒絶しても、
時間は必ず“最初の告白の日”まで進む。
そして、その日になると、同じ場所に導かれ——
悠斗か、紗良か、どちらかが必ず“告白”してしまう。
そして必ず成功してしまう。
紗良が好きだという気持ちは離れても変わらないので、
紗良から告白されたら「いいよ」と言ってしまう。
そして光が弾け、すべてが白に染まり、また幼稚園の砂場へ。
まるで世界が“そこまでの道筋”だけを許しているかのようだった。
「……何をしても、結局ここに戻るんだな」
ループを繰り返すほど、悠斗の声には感情が抜けていった。
だが、ただ従うだけのループでは意味がない。
彼は少しずつ、行動を変え、世界の“歪み”を探り始めた。
あるループでは、中学生の頃に早まって告白した。
「紗良、俺……好きだ。付き合ってほしい」
震える声に、紗良は驚き、そして首を横に振る。
「ごめん。そんなふうに考えたこと、なかった」
胸が痛んだ。
だが、そのまま人生は続いた。
高校に進み、大学に進み、社会人になっても、世界は壊れない。
——なのに、桜の季節が来た瞬間、心が勝手にあの公園へ向かう。
その時は紗良の方が先に言った。
「悠斗。私ね、あなたのことがずっと好きだったみたい」
そう言った瞬間、空が白く閃いた。
また、砂場。
(……やっぱり、“あの日”までは、どんな形でも行かされるんだ。)
別のループでは、逆に徹底して彼女を避けた。
同じ学校にならないように進学先を変え、
SNSのアカウントも削除し、連絡手段を一切絶った。
社会人になっても別の街に住み、同じ季節を迎えないようにした。
だが、三月の終わり。
出張の途中で、桜並木のある公園の前を通りかかる。
ふと視線を向けた先に、彼女がいた。
風に髪をなびかせながら、ぼんやりと桜を見上げている。
まるで、誰かを待っているように。
(……やっぱり、逃げ切れないのか)
その瞬間、世界の方が“彼を導く”。
気づけば足が勝手に動き、公園の中央へと向かっていた。
心の中では必死に叫ぶ。
やめろ、行くな、話しかけるな——
それでも、口が動く。
「紗良」
彼女が振り向いた瞬間、
その光景はまた、あの日の再現だった。
——どんなに逃げても、あの日はやって来る。
ある時は、わざと彼女を嫌うように生きた。
中学の頃から冷たくし、
高校では人前で突き放し、
大学では「お前のことなんてもう知らない」と言い放った。
それでも彼女は、めげなかった。
ある春の日、突然、彼女の方から言った。
「……それでも、好きだよ」
その言葉が落ちた瞬間、
世界がゆっくりと崩れ、また“最初の日”が始まる。
失敗しても成功しても、拒絶しても逃げても、
世界は必ず“告白の日”を迎える。
それはまるで、誰かが決めた脚本をなぞるように。
悠斗は記録ノートの最下段に、震える文字で書き加えた。
【観測6】
いかなる経路を辿っても、“初めての告白の日”までは世界が補正する。
そしてその日に、悠斗または紗良のどちらかが必ず告白する。
ページを閉じる音が、夜の静寂に吸い込まれていった。
「……このループ、俺たちの意志じゃない」
呟いた声は、虚空に溶ける。
まるで誰かが、その言葉を聞いているような気がした。
外では、春の風が吹いている。
また桜が咲く季節がやってくる。
そして、あの日もまた訪れるのだ。
——彼が拒んでも、
——彼女が泣いても、
“出会い”と“告白”だけは、必ず再生される。
それが、彼を閉じ込める世界の“ルール”だった。
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