孤立少女は叫べない
ゆのみのゆみ
第1話 雪の日
ぽつりと雪が降り始める。きっと酷くなる雪が。
この町は雪がよく積もる。
雪の日は少しありがたい。
外に出ても誰もいないから。
いくら彼らでも雪の中出歩くほど真面目でもない。今頃は部屋で酒でも飲んでいるのだろうけれど。
雪の中歩いていれば身体は冷える。同時に心も。
こうしていれば孤独だと感じる。
あまりにも孤立していると。
この心地を確かめるために、私は雪の日を待っている。
雪に足跡をつける。
すぐに消える足跡を。
まるで私の存在が消えていくようで。
すごい。
気持ちが良い。
なんだか取り返しのつかないことをしているような。全てから解放されていくような。そんな多幸感が身を占める。
錯覚でしかないのに。
きっとこの感覚は私だけのもの。
「ぁ」
白い息を吐く。
それも白一色の視界の中ではよく見えない。
私の白い髪も一緒に溶けていきそうな。
寒い。
この寒さも。
私だけのもの。
この雪で外に行く人なんていない。
私だけの世界。
そんなわけがないとしても、そう思わせてくれるこの雪は好き。私の唯一の好きなもの。
けれど生きがいではない。
私がまだこの世界にしがみついてしまっているのは、あの子がいるから。
あの子と擬人化してしまったけれど、ただの植物なのだけれど。
「ふぅ」
巨大な雪原の一角。
きっと私以外には誰も来ないような奥地の巨大な岩の影。
その下にある小さなイココという花。
今日も白い花をつけていることにホッとする。
良かった。まだここにいる。まだ私が見つけられる。
この子がいるなら、私はまだ生きていられる。
きっとこの子は私のことなんか知らない。
ただこの場所で懸命に生きているだけ。
この子は地脈の通らないこの場所でずっと懸命に生きている。誰が魔力を注ぎに来ているのか知ることはない。
それで良い。
それが良い。
私を知らない白い花。
雪の中で見えなくなっても、確実にそこにある穢れなき白い花。
私という穢れを吸うことなく、育ってほしい。
この花の行く先がどうなるかはわからないけれど。
それだけ私の生きがいになっている。
きっと私がここに来なくなれば、この子は死んでしまう。
それだけで生きていられる。
どれだけ孤独であっても。どれだけ孤立していても。
あの教会の喧騒の中でどれだけ寂しくても。
この子のことを考えるだけで、私は逃げていられる。
ずっと逃げ続けて、この場所にこられる。
魔力を注いで、次は周りの雪を少し溶かす。
熱魔法には多少適正があってよかった。こうやって水を生み出せるのだから。
「随分大きくなったね」
呟く。
最初にここに来た時は、もっと小さく今にも枯れてしまいそうだった。
今ではイココ種としては珍しいほどに大きくなっている気もする。イココという植物がどれぐらい大きくなるかなんか知らないけれど。
もう5年くらいになるだろうか。
私がはじめてここに来てから。
気まぐれで始めたものだったけれど。
こんなにも長続きするなんて。
もしイココがいなければ、私はまだこんな風に意思を持っていられたとは思えない。私の恩人なのかもしれない。恩花というべきかもしれないけれど。
冷たい雪の中に腰を下ろす。
ひんやりして、腰が沈む。服が濡れる感じがする。
でも、この冷たさの中でしか私は息ができない気がする。
強い風で揺れるイココを眺める。
私はここで独り、この子を見ている。
今年も雪が降る季節が来た。
この孤独感にはまだ慣れない。
けれど、今年は少し気持ちよく感じている。
別に独りが好きなわけじゃないけれど。
でも、私が世界の端から弾かれているということを再認識されてくれるのは、有難いことのような気もしている。
「……誰か」
誰か?
誰か、なんだっていうのだろう。
私はなんて言おうとしたのだろう。
誰か助けてなんて。
そんなこと私は言えないのに。
言えるほどの資格はないのに。
瞬きする。
冷たさが視界を覆う。
何も見えていない気がする。
きっと私は何も見えていない。
誰も何も。
この大雪の中にいると、世界に私がいない気がする。
このまま消えてしまえたら、どうなるだろう。
この子がいなければ、そうしていたかもしれない。
でも私はまだこうしてここにいる。
この子には感謝しないといけない。
ずっと私のそばにいてくれている。
きっとイココは私の事なんか知らないだろうけれど。
でも、私はずっとそばにいる。
教会の隅の部屋で天井を眺めている時も。
教会の隅を掃除している時も。
優しい彼女達が私に気を遣っている時も。
神父様に怒られている時も。
魔神様の前で頭を垂れている時も。
私が目を閉じれば。
この白い花がいてくれる。
「いつもありがとう……」
なんて、呟いてみるけれど。
当然反応はない。
反応があったら困る。
私はもしこの子が話せるとしても、話したくない。
私の穢れが映ってしまうだろうから。
雪はどんどんひどくなる。
この小さな岩陰で、イココと共に外を眺める。
まるで自らここに孤立しにきたようだけれど。
実際そうなのかもしれない。
でも、私の意思で孤独を選んでいるわけじゃない。
自らの意志で孤独を選ぶのは、孤高というやつだろうから。
私はただ何も選ぶことができなかったから、孤独になっているだけ。これは孤立というほかに言葉がない。
イココも独り。
他の花はここにはいない。
もう少し手前の湖付近になら花畑があったはずだけれど。
「ひとりぼっち達……」
いつもこの言葉を口ずさむ。
私達はひとりぼっち達。
互いに独りで生きている。何故か。
きっと何の意味もないのに。
きっとこの子のためなら、私はなんだってできる。
ううん。しないといけない。
これしか私にはないのだから。
この子を見守ること以外に、何もないのだから。
瞬きする。
一瞬の暗がりが、過去を映す。
『何もしてないリリアはいいよね』
何故こんな風になってしまったのか。
定かじゃない。
けれど、私には思い出すべき過去がある。
でも、今じゃない。
ここにいる時ぐらいは何も思い出さなくていい。
イココのことだけ考えていればいい。
この白い花の行く先だけで考えていればいい。
ひとりぼっち達とは言ったけれど……
イココはずっとここにいるわけにはいかない。
きっといつか、あの花畑にでも連れて行った方が良い。
そうしたらこの子は独りじゃなくなる。孤立しない選択肢がこの子にはあるのだから。
……その選択肢にはまだ気づかないふりをしていない。
傷のなめ合い?
そうかもしれない。
けれど。
でも。
……上手く掴めない。
せめてこの子の傍にもう少しいさせて欲しい。
もう少しだけでいいから。
いつかはこの均衡が崩れるにしても。
もう崩れているとしても。
私はきっとこの子に同情している。
この小さな植物を助けたところで意味はない。
私の心が救われることはないし、そんなことは許されない。きっと私は永遠に孤立していて、どこまでも独りでいる。誰も私の傍にはいない。
それは知っている。
けれど。
でも。
瞬く。
そこには昨日の光景があった。
昨日はとある親子が教会に来ていた。
町に住んでいる……えっと。マーチルみたいな名前の8歳の子供と、その親。
彼らは相談に来ていた。
マーチルちゃんは魔法師になりたいらしい。
そういう人は珍しくはないのは知っているし、そういう子が教会に相談に来るのは珍しいことじゃない。教会は魔法学校への窓口的意味もあるから。
同僚の修道女達もいつものように対応していた。
『魔法師になれるよ。魔法学校で頑張ったらね』
そう言って、背中を押していた。
応援していた。
多分、それは真実なのだろう。彼女達にとっては。
同僚の5人の修道女たちは、元魔法学校出身で、協会所属の魔法師。
彼女達は皆、魔法学校に行って魔法師になった。
だから、そう言うのだろうけれど。
皆がそうはならないことを私は知っていた。
あの瞬間で、私だけが知っていた。
私も魔法学校にいた。そして魔法師になっていない。なれなかったというよりは、なろうともしなかったと言った方がいいのかもしれないけれど。
『頑張っても届かない場所があるかもしれない』
そう言った方が良かったのかもしれない。
でも、それを言えなかった。
私には発言権がなかった。
隅で箒を振るっていただけの私には、そんな口を挟める暇はなかった。
私のような孤立して何も為していない人に発言権はない。
そんな単純なことはわかっている。
私はあの教会の端からも、半分以上弾かれている存在なのだから。
そんな人が誰かに何かを伝えられるわけがない。
過去が終わる。
雪は未だに酷い。
でも、そろそろ戻らないと。
歩けるかはわからないけれど。
身体は芯から冷えている感じがする。
でも、また私が孤立していることを思い知らせないと。
私はそしてまた雪に足跡をつける。
すぐ消える足跡を。
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