第6話 封印殿の目覚め

封印殿の扉が開いた瞬間、空気が変わった。冷たい風が流れ込み、光が渦を巻く。その奥には、底知れぬ暗闇と、何かが目を覚ますような脈動があった。

「……行くか。」

ケインが刀の柄を握り直す。アイカが頷いた。

「リーダー命令よ。慎重にね。」

ハントは盾を構えたまま、短く息を吐く。

「何が出てきても、まずは退路の確保だ。」

三人は、ゆっくりと封印殿の中へ踏み入った。


内部は静寂そのものだった。天井の高さは見えないほどで、四方には青白い光を放つ柱が並んでいる。床は鏡のように滑らかで、踏みしめるたびに波紋のような光が広がった。

「……ここ、空気が重い。」

アイカが囁く。

「魔力濃度が異常だな。第七階梯の術式を常時維持してやがる。」

ハントの声には警戒が滲んでいた。その時、天井に浮かぶ紋様が一斉に光り出した。

幾重もの魔法陣が展開され、中心に淡い人影が形を成す。

「来たな……!」

ケインが身構える。光の中から現れたのは、鎧をまとった人型。だがその顔は仮面に覆われ、瞳の代わりに蒼く輝く結晶が嵌め込まれている。まるで“神の兵”のような威圧感だった。

「認証開始。――侵入者、確認。」

機械のような声が響く。

「汝ら、封印の門を破った者……」

「機械か……いや、違う。魔導体だ。」

ハントが唸る。

「千年前、古代帝国が造り出した自律防衛装置――まだ動いていやがったか。」

「問う。汝らは何を求む?」

その声は冷たく、しかしどこか人間的だった。ケインは一歩前へ出た。

「俺たちは、このダンジョンの真実を知りたい。ここが――世界の果てに通じているという噂の、確かめに来た。」

「真実……。」

魔導体の胸部が光を放ち、淡い声が響く。

「ならば示せ。己が力で“道”を切り拓く資格を。」

空間が震えた。

次の瞬間、光が爆ぜ、無数の魔法陣が周囲に浮かぶ。

「来るぞッ!」

ハントが盾を構えた。光の矢が三人を狙って降り注ぐ。

「"ウォール"展開――!」

衝撃音が響き、火花が散る。

「ケイン、右!」

アイカが叫ぶ。ケインが回避しながら雷を纏った。

「――"サンダー・ランス"ッ!」

雷の槍が放たれ、魔導体の胸を貫く――が、弾かれた。

「無駄だ。構文障壁だ。」

ハントが唸る。

「攻撃は通らねぇ。属性を変えろ!」

「だったら――!」

アイカが風を操り、双剣を旋回させた。

「"ハリケーン・スピン"!」

竜巻の刃が魔導体を包み込み、装甲の一部が削れる。

「効いた!」

ケインが走り込み、刀を一閃させる。雷と風が重なり、青白い閃光が走った。

「居合一文字――"紫電閃"ッ!」

轟音が封印殿に響く。光が弾け、魔導体の仮面が割れた。露わになった顔は――人間のものだった。

「……!?」

ケインが息を呑む。

「まさか……生体融合型!?」

ハントが呻く。

「古代帝国の禁術だ。人と機械を融合させた“守護者”――」

魔導体の瞳が、蒼い光のまま彼らを見つめた。

「……長き眠りの果てに、また“選ばれし者”が現れたか。」

声が、機械音から人の声へと変わる。

「俺たちは敵じゃない。封印を壊すつもりもない。」

ケインが言った。

「ならば――何を望む。」

「この道の先を、見たい。世界の果てに何があるのかを知りたい。」


沈黙。

そして、守護者はゆっくりと剣を収めた。

「……ならば、試練は終わりだ。」

光の粒が舞い、封印殿の床に新たな紋章が浮かび上がる。

「これは?」

「“転移陣”だ。」ハントが答えた。

「次の階層――第36層へ通じる道を、奴が開いた。」

「なぜ俺たちを通す?」

ケインの問いに、守護者はわずかに微笑んだ。

「お前たちの中に、“かつての光”を見た。」

「光?」

「我らが仕えた王も、同じものを求めていた。――“果て”の先に在る真理を。」

その言葉と共に、守護者の身体は光に溶けていった。残されたのは静寂と、淡く輝く転移陣だけ。

「行くか。」

ハントが短く言った。

「……ああ。」

ケインが頷く。

アイカが一度、振り返る。

「この人……本当に、守り続けてたのね。千年も。」

「誰かが守ってたから、今の世界があるんだ。」

ケインの声が静かに響く。三人は転移陣の中央に立った。光が足元を包み、身体が浮かび上がる。

「次はどんな世界が待ってるのかしら。」

「行って確かめようぜ。俺たちは、もうチームだ。」

「ふふ、頼もしい言葉ね。――リーダーじゃないけど。」

光が弾け、三人の姿は消えた。封印殿の奥で、淡い声が響く。

「……果てへ至る者よ。この世界が“終焉”に辿り着く前に――汝らの選択が、希望となるか滅びとなるか。」

そして、封印殿は再び静寂に包まれた。

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