第45話|安堵の鼓動──願いが届く瞬間

※この作品は台本(脚本)形式で執筆しています。

会話の前にキャラクター名が入る構成です。



こんにちは、お疲れ様です。西竜愛星です。

いつも『鼓動の先に』を読んでくださり、本当にありがとうございます。

第45話ではひよりの手術が佳境から終盤へ。

結愛は病室で、ただただ祈り続けています。

手術室と病室——交わることのないふたつの場所で、それぞれの“安堵を待つ時間”が流れていきます。

今日の話では、緊張の糸が少しずつほどけ、

「届いてほしい」と願った想いが確かな形になろうとする瞬間を描きます。



前回のエピソード

https://kakuyomu.jp/works/822139837672594690/episodes/822139840173932885



⚠️ご閲覧に際してのご注意


本エピソードには、心臓手術の終盤描写や、

再灌流・止血処置などの医療行為のシーンが含まれます。

胸部手術に関する描写が苦手な方は、

ご無理のない範囲でお読みください。

また、病室側では、術中の患者を想い続ける登場人物の強い心情描写が含まれます。



🕓16:00〜 結愛サイド


〈結愛の病室〉


静かな夕方の光が差し込む病室。

結愛はベッドの上で、手を胸の前でそっと組みながら落ち着かない様子で視線を宙に漂わせていた。


コンコン、とノック。

ドアが少し開き、龍星が姿を見せる。


龍星「結愛」


結愛は顔を上げる。

不安と期待が入り混じった表情だった。


結愛「……龍星……」


龍星はベッドのそばに来て、結愛の顔を覗き込む。


龍星「なんか……ソワソワしてるよな?

落ち着かない感じな気がする」


結愛は胸の上で握った手をきゅっと縮める。


結愛「……ひよりん……

今、手術……ずっと続いてて、もうすぐ終わると思うんだけど……

なんか……胸が苦しくて……」


龍星は静かに頷き、ベッド柵の外から結愛の手にそっと触れた。


龍星「……ひよりん?」


結愛「うん……

昨日知り合ったばっかりなのに……

気になって……

ずっと……ひよりんのこと考えてしまう……」


視線を落としながら、小さく息を吐く。


結愛「……あたしが手術してた時も……

みんな……こんな気持ちだったのかな……?」


龍星は迷いなく頷いた。


龍星「……ああ。

気が気じゃなかったよ。

ほんとに生きた心地なんてしなかった。

おれも、結愛の家族も……

Lumièreのメンバー達も……全員そうだった」


結愛は少し目を丸くし、胸の奥がじんと熱くなる。


結愛「……やっぱりそうだったんだね……

あたし……何にも知らなくて……」


龍星は、優しく笑った。


龍星「知らなくていいよ。

……でも“その気持ちがわかった”っていうのは、結愛がそれだけ人に寄り添えるってことだろ?」


結愛はゆっくり首を振る。


結愛「……そんなことないよ……

ただ……ほっとけないだけ……

ひよりん、頑張ってるかなって……

……もうすぐ……終わると思う……

あとちょっと……」


龍星はその言葉に合わせるように、結愛の手を指先でそっと包み込んだ。


龍星「……じゃあ、一緒に待とう。

ひよりちゃんのことも、結愛の気持ちも。

大丈夫。

結愛がそうやって誰かのこと思えるの、すごいよ」


結愛は一瞬だけ目を潤ませ、

でも泣かずに小さく頷いた。


結愛「……うん……」


夕方の光が、二人の指先を静かに照らしていた。



🕓16:00〜 ひよりサイド


〈手術室〉


再拍動を取り戻したひよりの心臓は、まだ弱く、頼りないながらも、一定のリズムで トク……トク…… と動き続けていた。


追加縫合で止血も完了し、胸腔内は落ち着いた静けさを取り戻している。


だが、まだ手術は終わりではない。


人工心肺から“ひより自身の心臓”へ

命のバトンを渡す大事な工程が残っていた。


人工心肺の低く規則的な駆動音が

空気を震わせるなか──


寺西は、再びひよりの心臓に視線を落とした。


寺西「……よし。

拍動、安定してきたな。

ここから人工心肺離脱に入るぞ。

慎重に、段階的にいく」


佐久間「流量、段階1へ下げます」


モブ技師が装置のダイヤルを調整し、

人工心肺の回転音がほんの少し落ちる。


ひより自身の心臓が、

その隙間を埋めるように

ゆっくりと血液を送り出し始める。


心拍は弱い。

でも──止まる気配はない。


寺西「いいぞ……その調子」


ひよりの顔は相変わらず動かない。


長い睫毛は閉じられたまま、幼い丸みを帯びた頬は白い。


──ただ眠っている少女。


だが胸の奥では、たった数分前まで無音だった心臓が自分の力で未来へ向かって動き続けている。


寺西「左心房のエア、最終チェックする。

吸引、軽く入れて」


助手A「吸引、軽めに入ります」


チュィ……という細い音とともに

心臓周囲の視野が整えられる。


寺西が慎重に、

胸腔の奥の細い空間を目で追っていく。


寺西「……エアなし。

肺動脈側も……問題なし。綺麗だ」


佐久間「血圧95/60、安定しています。

ガスも良好。拍動、規則的です」


寺西「よし。

人工心肺、段階2へ。

さらに流量を落とす」


モブ技師「段階2へ移行します」


人工心肺の駆動がさらに弱まり、

ひより自身の心臓への負荷がゆっくり増えていく。


ひよりの心臓は、それに応えるように

少しずつ力強い波形へ変わっていった。


佐久間「拍動、安定してます」


寺西「うん

若い分、回復も早い。

……よし、このまま離脱いける」


ひよりの顔は依然として眠り続けたまま。


だがよく見ると──

さっきまで真っ白だった頬に、

ほんのりと淡い赤みが戻ってきていた。


人工呼吸器の呼気音に合わせて

胸がわずかに上下するたび、

細い命の火が静かに燃え続けているようだった。


寺西「……じゃあ人工心肺、最終段階だ。

離脱準備、入るぞ」


佐久間「了解。

流量、段階3へ……」


人工心肺の回転がさらに落ちる。


モニターには──

ひより自身の心臓が刻む波形だけ が

ゆっくり、でも力強く浮かび始めた。


ピッ……ピッ……ピッ……


ここから本当に、

ひより自身の心臓だけに、

命が託される。


寺西「……よし。

ひよりさん……ここまで本当によく頑張った。

あともう少しだ」


その声が、ひよりの胸奥で

確かに未来へ向かって響いているようだった。


手術は──

ついに終わりへ向かう最終局面へ入った。


〈人工心肺“完全離脱” → 閉胸準備〉


人工心肺の低い駆動音が、

ゆっくり……ゆっくり……と弱まっていく。


モニターにはもう、

ひより自身の心臓の波形だけが刻まれていた。


ピッ……ピッ……ピッ……


弱いけれど、確かに“自分の力”で。


佐久間「血圧安定……拍動も規則的です。

このままいけます」


寺西「……よし。人工心肺、完全離脱する」


モブ技師が最後のレバーを引き、

人工心肺は静かに停止へ向かった。


ウィィィ……ン………………


機械音が消えていくのと同時に、

ひよりの心臓がその役割を完全に引き継ぐ。


胸の奥で──

ひよりの小さな心臓が、

自分の意思で、未来へ向かって動き始めていた。


寺西「……離脱、成功。

よく頑張ってるよ、ひよりさん」


ひよりは深く眠ったまま。

白い肌、幼さの残る頬、

長い睫毛は影を落とし、

唇は少し乾いたまま静かに閉じられている。


──ただ眠っている少女の顔。


しかしその胸の下では、

たった今“生き返ったばかりの心臓”が

確かに動いている。


寺西「全周、もう一度チェックする。

出血ゼロ……縫合良好。

視野、整えて」


助手A「吸引、軽く入ります」


胸腔内はきれいに整えられ、

先ほどの追加縫合の箇所にも再出血はない。


佐久間「動脈ライン問題なし。

中心静脈圧も正常……安定しています」


寺西「では──ドレーン入れていく。

モブさん、準備」


看護師が迅速にドレーンを手渡す。


寺西は胸腔の奥へ慎重に差し込み、

術後の排液が確実に流れるよう角度を調整する。


ドレーンが入る間も、ひよりの胸は人工呼吸器の規則的な機械音に合わせて、わずかに上下を繰り返す。


寺西「よし。閉胸に入る。

ワイヤー準備」


モブ看護師「胸骨ワイヤー、セットします」


金属の触れ合う微かな音。


寺西が胸骨の左右の端を確認し、

左右の骨を合わせるように丁寧に寄せる。


閉じる直前、一瞬だけ、“開かれた胸の奥のひよりの心臓”が外の光を浴びる。


トク……

 トク……

  トク……


弱いけれど、

確かにひより自身の鼓動だった。


彼女の未来へ向かって鳴り始めた鼓動。


寺西「……よし、閉じるぞ」


胸骨ワイヤーが通される。


キン……

 キッ……

  キリ…


そのたびに、ひよりの胸の奥で鼓動がかすかに揺れた。


佐久間「心拍、安定しています。

血圧もキープ。問題ありません」


寺西「いい。

この子の心臓は、ちゃんと応えてくれる」


胸骨が完全に閉じられると、もう心臓は外から見えなくなった。

でも、モニターには確かな波形が刻まれている。


ピッ……ピッ……ピッ……


若くて、柔らかくて、それでいて驚くほど強い鼓動。


それは──

“生き抜く” と決めた心臓の音だった。


寺西「……ひよりさん、よく頑張ったな。

本当に、よく……」


その言葉は、麻酔の深い眠りの奥にいる少女の胸に静かに吸い込まれていった。


手術終了は、もうすぐ。



🕓16:45〜 結愛サイド


〈結愛の病室〉


静かな病室。

窓から入る夕方の光が、少しオレンジ色に変わり始めていた。


結愛はベッドで上体を起こし、龍星はそのすぐ横の椅子に座り、結愛の手を優しく包み込んでいた。


龍星「……結愛、苦しくないか?」


結愛は小さく首を振る。


結愛「……大丈夫。……でも……ちょっと……ざわざわする感じ……」


龍星「ひよりちゃんのこと、気になるよな」


結愛「……うん。……もうすぐ終わるんじゃないかなって……思うけど……」


龍星は視線を落としながら、結愛の手をさらに握り直す。


龍星「さっきも言ったけど、

結愛が手術受けてるとき、みんな本当に気が気じゃなかった。

でも……“待つ側の気持ち” を今の結愛がわかるって……すごいことだよ」


結愛は、少しだけ微笑んだ。


結愛「……ひよりん……頑張ってるかな……」


龍星「頑張ってる。絶対」


ふたりは言葉を失い、ただ静かに夕日のオレンジ色を見ていた。

緊張の空気の中で、

結愛の小さな祈りが、またひよりへ向かっていく。



🕓16:55〜 ひよりサイド


〈手術室〉


胸骨ワイヤーが最後の一本まで締められ、

ひよりの胸はしっかりと閉じられた。


さっきまで外の光を浴びていた心臓は、

再び身体の奥へと戻り、

“自分の場所”で静かに拍動し続けている。


モニター

ピッ……ピッ……ピッ……


佐久間「心拍、安定。血圧も正常範囲。

人工心肺、完全離脱……問題なし」


モブ技師「人工心肺、停止しました」


人工心肺の駆動音が完全に止み、

手術室はほぼ“ひより自身の命の音だけ”が響く状態になった。


胸の閉鎖を終え、皮下組織、皮膚の縫合へと作業が移っていく。


──そのあいだ、自然とひよりの“顔”に視線が集まった。


麻酔で深く眠るその表情は、もうさっきまでの弱々しい白さを脱しつつある。


長い睫毛が頬に影を落とし、ほんのりと血色が戻ってきた頬。

唇もさっきまでより、わずかに温度を感じる色に近づいている。


ただ眠る少女。

けれど胸の奥では、

“死と向き合った心臓が、生還を選んだあとの顔”。


佐久間「ガス良好。呼吸も安定しています。

問題ありません」


寺西「……うん。

本当に、よく頑張った」


皮膚縫合が終わり、滅菌ドレッシングが丁寧に貼られる。


モブ助手A「ドレーン固定、完了しました」


寺西は最後にもう一度、

ひよりの顔を確認する。


麻酔下で眠り続ける、弱い少女の顔。

しかし──その胸の奥には確かに鼓動がある。


そして、この鼓動は今日、

“ひより自身が取り戻したもの”だった。


寺西「──終了します。

ICUへ搬送しよう」


静かに宣言される、“手術の終わり”。


佐久間「お疲れさまです」


助手・看護師たちも、

緊張が一気に抜けたように深い息を吐く。


ストレッチャーの周囲にスタッフが集まり、

眠るひよりを慎重に移す。


モニターのリズムは変わらない。


ピッ……ピッ……ピッ……


──その音は、

16歳の少女が今日、確かに勝ち取った「生還」の証だった。


手術時間は7時間53分に及んだ。


寺西は最後に小さく、ひよりへ囁いた。


寺西「……よく戻ってきたな。

本当に、よく……」


その言葉は

麻酔の深い闇の向こうへ、

静かに、ゆっくりと溶けていった。



🕔17:00〜 結愛サイド


〈結愛の病室〉


時計は17:00を回った。

夕焼けの光が病室のカーテンを淡く染める。


結愛はベッドの背を少し上げてもらい、

隣の椅子には龍星が座っている。


龍星「……まだ来ないな、先生」


結愛「……うん。多分、ひよりんの家族にも説明しないとだし……きっと、すぐには来れないよね」


龍星「だろうな。大きな手術だったんだろ?

終わってすぐ来れるわけないよな」


結愛は指先をぎゅっと握りしめる。


結愛「……ひよりん……どうなったかな……

ちゃんと……心臓動いてるのかな……」


龍星はそっと結愛の手を包み込む。


龍星「大丈夫だよ。寺西先生だぞ?

結愛の命を救った人だ。信じていい」


結愛「……うん……そうだよね……」


ただ待つことしかできない時間。

それは、手術室の扉の前にいた家族たちの気持ちに近かった。


龍星「結愛、顔……ちょっとこわばってるぞ」


結愛「……ごめん……

なんか、胸が落ち着かなくて……」


龍星「いいよ。

それだけひよりちゃんのこと大切に思ってるってことだ」


結愛は小さく息を吸い──

心の中で、祈った。


結愛(心の声)《……ひよりん……どうか……無事でいて……》


病室の時計は静かに針を進め、

寺西の報告を待つ時間だけがゆっくり流れていた。



🕠 17:30〜


コン…コン…と軽いノックののち、看護助手が夕食の膳を運んできた。


看護助手「失礼します。夕食置きますね」


そのまま丁寧に一礼し、すぐ扉が静かに閉まる。


病室には、結愛と龍星だけが残された。


龍星はベッド横の簡易ソファから立ち上がり、

結愛のテーブルをゆっくり近づける。


龍星「お、今日も美味そうなメニューだな」


結愛「うん……やっと“ちゃんとしたご飯”って感じになってきた」


言いながらも、手は少し震えている。

体調ではない。

緊張でもない。

胸の奥に張りついた“そわそわ”が、まだ取れない。


龍星はそれにすぐ気づいた。


龍星「……やっぱ気になるよな。ひよりちゃんの手術」


結愛はスプーンを一度置き、かすかに息を吸った。


結愛「……うん。

あたしが昼ご飯食べてる間も……リハビリしてる時も……

ずっと……頭のどこかにあった」


龍星「そりゃそうだよ。誰でも気になるよ」


結愛は俯き、テーブルの端を指先でそっと触った。


結愛「……自分のことじゃないのに、変かな……?

ひよりん、昨日会ったばっかりなのに……」


龍星は首を横に振る。


龍星「変じゃない。結愛らしいよ。

人のことを自分のことみたいに感じられるって、なかなかできない」


その言葉に、結愛の喉がふるえた。


結愛「あたし、自分の手術のときのこと全然覚えてないのに……

“手術を待つ側の気持ち”って、こんなに苦しいんだって……今日初めて思った」


龍星は結愛の横に腰を下ろし、

彼女の手の震えをそっと包み込んだ。


龍星「……それを気づけるのは、結愛が“生きて戻ってきた”からだよ」


結愛はその言葉に胸が熱くなる。

ゆっくりと、またスプーンを持ち直す。


結愛「……ありがと。

終わったら……ちゃんと……喋りたい……もっと仲良くなりたい」


龍星「絶対仲良くなれるよ。大丈夫」


ひと口食べる。

夕食の温かさが喉を通る。

味ははっきり感じられるのに、心はずっとひよりのほうに向いていた。


龍星はそんな結愛の横で、黙って支えるように隣にいるだけだった。


結愛は、胸の奥で小さく祈りながら――

ひよりの無事を信じて、もう一口、ご飯を運んだ。



🕠 17:50〜


夕食を半分ほど食べ終えたころ、

廊下のほうから静かな足音が近づいてきた。


コン……コン……と軽いノック。


その柔らかくも重みのある気配に、

結愛の息がすっと止まる。


扉が開き、執刀を終えたばかりの寺西が立っていた。


術衣の上からガウンを脱いだばかりのような、

少しだけ疲れの残る表情。

だが、その目はしっかりと優しかった。


寺西「……失礼します。結愛さん。龍星くんも、いるんだな」


龍星はすぐに立ち上がり、軽く頭を下げた。


龍星「お疲れさまです」


寺西は結愛へまっすぐ歩み寄り、

ベッドのそばに立つと、柔らかく息を整えた。


そして、


寺西「──ひよりさんの手術、無事終わりましたよ」


結愛の胸が、大きく揺れた。


結愛「……っ……ほんとに……?」


寺西「はい。

心臓の穴はきれいに閉じられた。

脈拍も安定している。

補強縫合が少し大変だったが……よく頑張ってくれました」


結愛は胸の前で握っていた指をぎゅっと縮めた。


肩が震える。

声も震える。

でも涙は落とさない。

ひよりは、いま頑張っている真っ最中だから。


結愛「……よかった……

ほんとに……ほんとによかった……」


寺西はその“心の底からの安堵”をしっかり受け取ったように、小さく頷いた。


寺西「結愛さんが励ましてくれたおかげです。

ひよりさん、手術前……結愛さんの話をしてましてね、“結愛さんみたいに頑張りたい”って」


結愛は目を大きくして、息を呑んだ。


結愛「……そんな……あたし……何も……」


寺西「何も、じゃない。

昨日出会っただけで、誰かの心に届く言葉を言える。それは簡単じゃないですよ」


横で見守っていた龍星は、誇らしさと優しさが半分ずつ混ざったような表情で結愛を見ていた。


龍星「……結愛は、そういうとこがすごいんだよ」


結愛は恥ずかしそうに俯いたが、

その頬には、小さな安心の色が戻っていた。


寺西は腕時計を軽く見て、結愛へ向き直る。


寺西「彼女は今はICUにいます。

状態は安定しています。

何も問題なければ、数日で一般病棟に戻れるでしょう。

その時はまた、報告します」


結愛「……はい……ありがとうございます……」


寺西は静かに微笑み、龍星にも軽く会釈して病室を後にした。


扉が閉まる。


静寂。


そのあと、結愛はスプーンを胸の前でぎゅっと握りしめ、


結愛「……ひよりん……よかった……」


龍星はそんな結愛の肩に、そっと手を置いた。


龍星「ほんと、よかったな」


結愛は小さく、小さく頷いた。


ようやく体中の緊張がほどけていく。

胸の奥が、少しずつ温かさを取り戻していく。


その表情はどこか疲れていて、でも確かに安堵に満ちていた。


──願いは届いた。

それを、結愛は静かに噛みしめていた。



🕠18:30〜


食事を終えたあと、龍星はそっと結愛の肩に手を添えた。


龍星「……じゃあ、今日はこれで帰るな。

また明日も来る」


結愛「うん。気をつけて……」


龍星は名残惜しそうに一度だけ振り返り、

結愛の静かな笑顔を確かめるように見つめてから病室を出た。


──扉が閉まる。


わずかに残る温もりが、胸の奥に優しく滲んだ。


その直後、麻未が柔らかく戻ってきた。


麻未「結愛さん。

清拭、やっちゃいましょうね。

楽になりますよ」


結愛「……はい」


タオルの温かさが肌に触れるたび、

今日の疲れと緊張が静かにほどけていく。



🕖19:00〜


清拭後、結愛はスマホを開いた。


友達から届いたメッセージに返事を返し、

Lumièreメンバーからの励ましスタンプに小さく笑って返す。


結愛(心の声)

《……ひよりん……また、会えるかな……》



🕗20:00〜


消灯前の静かな時間。


結愛は、ゆっくり目を閉じた。


結愛(心の声)

《……今日もいろいろあったな……

ひよりん、生きててくれて……ほんとによかった……》


その安堵が、術後の痛みすらそっと和らげてくれる。


──今日はもう泣かない。


そしてその夜──

結愛は久しぶりに深い眠りへ沈んだ。

胸の奥には、小さな安堵の灯が静かに灯っていた。



TO BE CONTINUED



次回予告


順調だった回復に、思わぬ“揺らぎ”が走る。

胸の違和感、跳ねる脈──結愛の不安は一気に大きくなる。

支えようと寄り添う麻未。

結愛の強さを信じる龍星。

そして、結愛自身が向き合う“焦り”。

回復の階段を上る途中で揺れた鼓動は、

結愛に“ひとりじゃない”ことをもう一度気づかせる──。


次回、鼓動の先に 第46話

『揺れる鼓動──焦りと優しさのあいだで』



あとがき


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

今回は、結愛の祈りがひよりへ届き、

そして“命が戻ってくる瞬間”を描きました。

結愛にとっては自分の体験と重なる部分も多く、だからこそ、ただ待つしかない時間が苦しく、そしてひよりを心から案じる姿が自然に浮かんできました。

一方で、手術室のひよりは──

何も知らず眠っているだけのように見えて、

胸の奥では確かに“生きようとする力”が動き続けていました。

その静と動のコントラストが、

今回の話の大きなテーマになったと思っています。

続きもどうか見守っていただければ嬉しいです。



次回第46話

https://kakuyomu.jp/works/822139837672594690/episodes/822139840298567292

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