どこか遠くへ

口一 二三四

ここじゃないどこかへと言う衝動

 時折ふと、全てを投げ出してどこか遠くへ行きたくなることがある。

 遠くへ、とは言うけど別にそれは県外や海外に行きたいってわけじゃない。

 例えば家と職場の最寄り駅でしか利用しない電車で途中下車してみたいとか、例えば帰れる時間にも関わらず目についたネカフェに泊まってみたいとか。


 そういう意味での遠くへ行きたい。


 自分の知らない場所、自分を知らない世界に身を置きたいと言えばいいのだろうか?

 そこにいる間は気にかけるべき問題や関係は何もなく、ただぽつんと自分自身がいるだけ。

 迷惑をかけなければ何を考えても何をやってもいいし、様々を俯瞰できる。

 ひと時だけとは言え投げ出した全部を頭の片隅に、目新しい気分で過ごすことができる。

 今までの場所、世界、自分自身。

 積み重ねて煩わしくなってきたモノから一旦離れる。

 時が経てば戻らなければならないとわかっていても、いや。

 帰るべき場所や世界や自分自身があるからこそ、細やかな逃避はより鮮明に、満ち足りた時間になる。


 止まり木があるからこそ鳥は大空を謳歌できる。


 なんて詩的な言葉が浮かぶほど、限定的な自由は不満はないけど窮屈ではある生活に欠かせない。


 考えながら今日も電車に乗る。

 仕事場と家の最寄り駅を一直線に繋ぐ。

 各駅で開く知らない場所、世界に。


 踏み出したくなる自分自身を、燻らせながら。

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