透き通った瞳の中に
夕凪あゆ
第1話
出会いは、春の匂いだった。
窓の外、桜がまだ少し残っていて、
光の粒が舞う教室の中、
あなたは静かに笑っていた。
その瞬間、
世界がひとつ柔らかく鳴った。
まるで、誰にも聞こえない音で
「この人だよ」と告げられたみたいに。
透き通った瞳。
光を受けて、
深く、静かに揺れていた。
心の奥まで覗かれるようで、
それでも目を逸らせなかった。
優しくて、誠実で、
少し不器用なあなた。
誰かが困っているとき、
さりげなく差し出すその手が好きだった。
でも同じくらい、
自分を後回しにして笑うあなたが痛かった。
放課後、窓際の席。
ノートに残る文字の癖、
シャーペンの音、
その全部が好きだった。
だけど、季節は流れていく。
教室の景色が変わるたびに、
あなたの背中も少しずつ遠くなる。
私の視線なんて、
あなたの時間の中では一瞬の光みたいに
消えていくのだろう。
夏の夕立の日、
傘を差し出したあなたの手に、
触れられなかった指先。
その距離を、
たった数センチを、
いまでも夢の中でなぞっている。
笑うとき、
声が少し裏返る君の声。
その不意の音に胸が跳ねて、
心が勝手に未来を描く。
だけど現実は、
まぶしすぎる光の中で
すぐに溶けてしまう。
秋が来て、冬が来て、
あなたの世界は誰かと重なっていく。
私は遠くで、
それでも笑っているふりをする。
──それでいい。
本当は、あなたが幸せなら、
それでいい。
そう何度も言い聞かせながら、
それでも心のどこかで願ってしまう。
どうか。
あなたの瞳の奥に映る空のどこか、
ほんの一瞬でいい、
私の影が残りますように。
そしていつか、
この想いが透き通って、
痛みのない光になるまで。
私は君を見ていたいんだ。
透き通った瞳の中に 夕凪あゆ @Ayu1030
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