焼肉食べ放題バトル

テマキズシ

焼肉食べ放題バトル


「「「「………………」」」」


 男達は黙り込み、互いを牽制し合う。


 ここは焼肉屋。そう、つまり戦争の場だ。

 互いに互いの焼き方があり、深いプライドがある。

 自身の焼き方で相手に美味しそうと思わせる。それこそこの闘いの趣旨であり、バカな漢達の生き様だった。



 この闘いのメンバーを紹介しよう。


 まずはこの俺、二つ名は『ダブルトング』

 二つのトングを華麗に使い、的確に焼肉を焼く天才。


 そして俺の隣にいる男。友人A。彼の二つ名は『灼熱』

 文字通りバカみたいな温度で肉や野菜を焼き、もう焦げて炭みたいになっているのを美味しそうに食べる生粋のモンスター。


 俺の目の前でメニュー表を眺めている男は友人B。二つ名は『しゃもじ』

 この前の闘いでトングをしゃもじと言い間違えてしまい、店員さんを困惑させたバカの中のバカ。はっきり言って敵ではない。


 そして最後は友人C。二つ名は『人が焼いていた肉を躊躇いなく取るクズ』

 クズ。それ以外に特徴は無い。



「それじゃあ早速注文するぞー」


 今、ゴングが鳴り響いた。タッチパネルのタッチ音と共に全員の顔が動く。

 まず最初に注文したのは友人A。どうやらハラミを注文するそうだ。仲間感でピリリとした緊張が走る。


「ほう…。ハラミ。いい選択だ」


「最初は脂身が少ないのを選ぶのは鉄則。最低限の実力はあるようですね」


「当然です。プロですから」


 友人Aが調子に乗っていると、今度は友人Bが動き出す。正直言って敵ではない。そんな空気がテーブルに流れる。


 だが、タッチパネルの動きを見た全員が一斉に声を上げた。当然、この俺も。


「ば…ばかな!!!」


「な、何を考えていると言うのですか!?」


「その選択は正気の沙汰じゃないぞ!!!」



 友人Bが選択したのは……カルビだ。


 あり得ないあり得ないあり得ない!!!

 よく考えなくても分かる。いの一番にカルビなんて食べれば明日胃が大変なことになるのは明白!

 初手は重いものを頼まず、胃を慣らす事こそが沢山食べる最良の手だというのに…!


「勝負を捨てたか?『しゃもじ』」


 友人Cが煽る。酷いことだが俺も同じ考えを抱いていた。きっと友人Aも同じ気持ちだったことだろう。

 だが、それは友人Bの目を見て変わった。


「……いや見ろ友人A。あいつのあの…覚悟を決めたような目!」


「突っ走る気だ…。明日の体調がどうなろうと関係無い…。ただひたすらに好きな肉を喰らう。そんな目をしてやがる!!!」


「ふっ。その通りさ。俺は決めたんだよ! 覚悟をな!!」


 ……俺の番だ。完全に気圧された。

 どうする…。どうすればこの圧倒的友人B有利の雰囲気を変えることができる?


「………………………」


「どうした? 早く注文しろよ。ビビってんのか?」


「先俺が注文しようか?」


 煽りを無視し…考える。考えて考えて考えて。そして答えに至った。


「なあ。友人B」


「…? どうした?」


「お前のバカみたいな全力失踪。俺もお供してやるぜ」


「なにを…? いや、まさか!」


 もう遅い! 俺は躊躇いもなくボタンを押す。そう。先ほど友人Bが選んだのと同じ、カルビのボタン。それも更に高い壺漬けカルビを。


「さあ闘おうぜ!!!!」


「……………っ!」


「………ふふ。ああそうだな! 来い!!」


 熱く燃え上がる俺と友人B。友人Aは俺たちの熱気に気圧されている。どうやら俺の圧で新しい空気を作り出すことに成功したようだ。


「じゃあ次俺だな。白米頼むとするか」


「「「!?」」」


 こ…この野郎! 友人C!!

 こいつ肉を注文しないで米頼みやがった!


 完全に虚を突かれた…。

 確かに焼き肉を頼むなら米は必須アイテム。

 こいつらに釣られて肉を頼むことに必死で、完全に頭から抜け落ちていた…。


 畜生!!! 俺はなんてマヌケなクソカス野郎なんだ!!!!


「俺も……頼むぜ」


「クックック。私は頼みませんよ。肉のみに集中したいのでね」


「俺も最初はいいかな」


 こうして……最初の注文は出揃った。




「焼き肉うんめえええ!!!」


「フッフッフッ。コチュジャンの量も適当とは。これだから君はダメダメなのだよ」


「へえ…。やろうってのか?」


「おいおい喧嘩は止めとけ止めとけ。所詮俺の焼き方には勝てっこない凡夫どもめ」


 俺達にとってこれは一種のコミュニケーション。だが他の人が聞いたらきっとどんな人でも眉を顰めるような暴言が放たれる。


 しかしそれは一切問題ない。

 なぜなら他の人達にとって今の会話は…。


「焼き肉うんめえええ!!!」


「そう言えば最近バイトどんな感じ? なんか結構入れられてるんでしょ?」


「それが103万超えそうでさ〜」


「うわまじかよ! もういっその事、こっちからやめちゃえばいいのに!」


 こう聞こえているのだ!!!!


 なぜこうなったって?

 それは簡単。俺達は焼肉力が高いからだ。


 焼肉力とは焼肉を愛する者に宿る力。魂の発露!

 つまる所先程の会話は魂の会話! 焼肉力がないものには聞くことができない会話なのだ!!!


 つまり何が言いたいって…?

 なんか滅茶苦茶罵っていても、大声で喋っていてもそれは全て焼肉力による魂の会話なので誰にも迷惑はかけていません!!!

 御了承ください!!!




「お待たせしました〜。ホルモンです」


「「「「!!!!」」」」


 まずいな…。謎の謝罪に夢中で気づかなかった。ホルモンの、気配に…。

 雰囲気が一変する。それは当然だ。なにせここにいる友人Aと友人B。彼らはホルモンに対して異様とも言える拘りを持っているからだ。


「「…………」」


 二人は互いに睨み合いながらホルモンを焼き始める。


「お前達……。少し、下げてくれ」


「あ…ああ」


「分かってるよ」


 友人A。彼は俺達が焼いている肉の位置をずらすと、ホルモンを投入。そしてできる限り全力でホルモンを焼いていく。


 焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼いて焼き続けて。


 完全に真っ黒焦げになったホルモンをビールで流し込むように食べた。


「くっ〜!!! コレコレ! これが一番上手にホルモンを食べる技なんだよなあ〜!」


「ふん。邪道め」


「………………………………なんだと?」


 ああ…。また始まった。

 友人Aの怒りを軽く流した友人Bは、シマチョウを脂が焼けないように皮を下に向けて網へと乗せる。


「ホルモンの旨味はこのプルプル感。コラーゲンたっぷり入った旨味を味わうことが至高なんだ」


 そう言うと友人Bは自身のコップに入った氷を網に投げた。

 そして透明になるまで待つ。


「ここだ!!!」


 脂が透明になったその時、箸で勢いよくシマチョウを掴む。そしてシマチョウから脂が数滴、垂れた。


 先程氷で消した火柱をこれで立たせる。

 一瞬。直で炙って軽く焦げ目を付けたそれを、勢いよく頬張る。


「ああ…。美味え。美味えよ。ジョニー…」


「誰だよ」


「とにかく…。この食べ方が一番美味いんだ。分かったら二人もこの食べ方で食べてくれ」


「俺の食べ方が一番美味いんだが!? お前達も食べてくれ!」


 だんだん口調がぶれてきてるな…。キャラが毎秒変わってきてないか?


 まあいいか。ここまでは計画通りだ。俺はやんわりと断りながら時を待つ。毒が効いてくるその時を。



 十数分後


「…………なあ、誰かこれ食べない? まだ結構あるんだよ」


 友人Bはそう言ってホルモンの皿を出す。

 俺はそれを見て、ニヤリと笑った。


「どうやらホルモンの脂で腹いっぱい担っちまったようだなあ!」


「まさか…。これも計算のうちか!?」


「そうさ! ホルモンは美味しいが脂が多く、飲み込むタイミングが読めず噛み続けてしまう! だから俺は避けたのさ!」


「ぐうう…」


「き…きさまぁ…」


 友人Bだけでなく友人Aも俺の極悪な作戦に驚き、憎々しげに睨みつけてくる。

 俺は勝ったと言わんばかりの笑顔でカルビを皿へと運んだ。その時、横から友人Cが手を伸ばす。


「じゃあ残ったの貰っちゃうな〜」


「「!?」」


「ば…バカな! お前はもう…ホルモンだけでなくハラミやタン、カルビも食べたはず!」


 慌てふためき友人Cを見る。

 すると友人Cはホルモンを米に乗せ、豪快に口へと運んだ。


「クックック…。お前ら甘いな。甘すぎる。笑いすぎて欠伸が出そうだぜ」


「ど、どういうことだ!」


 俺たちの疑問に答えるように、友人Cはゆっくりと沢山の米がよそわれた茶碗を見せつけてきた。


「白米ってのはな…脂を吸うんだ。そしてまろやかに包みこんでくれる。こいつと肉を合わせればホルモンのきつい脂だって乗り越えられる!」


「うぎゃああああああ!!! こ、この俺が〜ー!!」


「ば、ばかな! こんなの僕のデータにないぞ!!」


 二人はキャラが崩壊し倒れ伏す。確かにそのとおり。よく考えなくても分かる当たり前のこと。

 しかし白米を食べているのは俺も同じ。なのになぜ友人Cは余裕を持って食べられるのだ?


「クックック…。疑問に思ってるな? お前も俺も、白米を食べている。なのになぜ俺だけがここまで沢山食べられているのだと…」


「ああ…。よければ教えてくれないか?」


「…いいだろう。冥土の土産に教えてやろう! それはズバリ、様々なアレンジを行っていたからだ!!!」


「ア…アレンジ?」


 俺の疑問の声を聞いた友人Cは、近くにあったサンチュを取り出し、肉を乗せる。そしてそれを勢いよくご飯に包んだ。


「こうしてアレンジを加えるだけで食欲が次々沸き上がってくる! 今度はキムチを乗せて一口! 辛旨でどんどん食べたくなっちまうぜ〜!!!」


「な…なるほど! そういうことだったのか!!」


 サンチュにキムチを乗せ食べる友人C。なるほどそういう事だったのか!

 なんか勢いに騙されているだけな気もするが気のせいだろう! 友人C…。なんで高度な食べ方をしやがるんだ!



 ……負けられないぜ!


「なるほど面白い。だがアレンジと言ってもその程度なら、まだ俺の敵ではないな」


「なに? どうゆうことだ?」


 困惑する友人Cに、俺は丁度今店員から貰った物を見せつける。


「な…そ、それは!」


「そう…。これはネギ玉ライス! こいつを肉で包んじゃって〜パクリ!」


「ななななな!!!」


 うっっっま〜い!!! 最高だぜ!!!

 だが、これだけで俺のバトルフェイズは終わらねえ!!


「今度は別で注文したのは韓国海苔で包んで…パクリ! カッ〜美味え!!!」


 呆然としてる友人Cに俺は笑い返す。


「どうだ見たか。お前は知らなかったようだが、こんな食べ方もあるんだぜ」


「いやよく考えたら別に俺卵嫌いだからどうとも思わなかったよ」


「ぎゃぼばあ!!!」


 何だと…? バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカな!!!

 完全に盲点だった…。野郎! 中々…いやかなりやりやがる!!!


「なん……だと?」


「だが驚いた。確かにそういったメニューもあったなあ…。じゃあ今度はオレの反撃タイムだ」


「くっ…!」


 まずい! 完全にアイツのペースだ!

 次は一体…何をしてくる気だ!?


 俺が思わず怖気付いていると、どこから現れたのか店員が姿を現す。

 そして大きな声で、告げた。



「お待たせしました〜。バニラアイスです」


「「「なん……だと!?」」」


 は…はあ!? なぜここでバニラアイス?!

 一体誰が…何の目的で!?


「お、キタキタ。こっちです」


「ゆ、友人B!?」


 頼んだのはなんとまさかの友人B。嬉しそうにバニラアイスを受け取った。


「な、何を考えてやがる! 勝負を捨てたのか!?」


 皆の困惑を一切無視し、美味しそうにバニラアイスを食べる友人B。それを見た友人Aはハッとした顔で立ち上がった。


「ま、まさか! アイスを食べることで胃や喉にあるきつい脂を流しているのか!?」


「そ、そういう事か! 確かにバニラアイスの甘さならばきつい脂も流すことが出来る」


「し…しかし甘い物を食べたら脳がもう食べるのをやめるのかなと錯覚してしまう危険性があるはずだ!」


 俺達の慌てる声を存分に堪能した友人Bは静かに顔を上げる。そして宣言した。


「…………いったろ。俺は今回、突っ走るってなあ!!!」


「野郎…。なんて覚悟だ!」


「敵ながら、尊敬するぜ!」


 こいつ…強い!


 『しゃもじ』の二つ名を持っているとはとても思えない、漢の中の漢だ!



「しょうがねえな〜。俺も、突っ走るとするか!」


「「「友人A!!!」」」


 友人Aは俺が持っていたタッチパネルを強奪し、メニュー表からあるものを注文する。


 …………それはユッケジャンスープだ。


「こいつの辛さは最高だ。思わず食欲が沸き上がってくる程にはな!」


「なるほど…。お前も考えたな友人A」


「さあ諸君! 2回戦と行こうか!!!」


「「「おう!!!」」」




 漢達は闘う。焼肉力を極め、互いの食べ方をぶつけ合う。きっとこのバカ共は死ぬまで争い続けることだろう。


 余談だが、この後全員食べ過ぎで次の日大学を休んだ。

 大学の寮。そのトイレの中ではずっと悲鳴のような声が聞こえてきたそうだ。

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