第2話 命の危機と怖いギャル
「ん、ふぁぁ」
目が覚めると屋上からの景色は既に茜色に染まっていた。
どうやら、僕は授業が完全に終わるまで寝てたらしい。
まあ、もともと午後の授業はサボる予定だったから良いんだけどさ。
流石に寝すぎてしまったと思わなくもない。
「あっ!? やっと起きたね」
「天月さん……ずっとここにいたんすか?」
「だって、うちも暇だったし。授業なんか受けたくないしね~」
この時間帯なら一人でのんびり帰れると思ったのに……
その希望すら打ち砕いてるのか最強ギャル。
「そっすか。じゃあ、僕はこれで帰るんで」
絡まれないうちに速攻で屋上を後にしようとしたが、時すでに遅し。
僕の服の裾を掴まれており、逃げられないようになっていた。
「帰すわけないでしょ? せっかく不動くんが起きるまで待ってたんだから。遊びいこ!」
「いやいやいや、もう陽が暮れかけてますし嫌ですよ」
「ええ~流石に酷くない?」
「別に酷くもなんともないでしょ。天月さんが勝手に待ってただけだし」
僕が責められる理由なんて一ミクロンもわからん。
というか、普通に帰りたい。
「ちぇ~本当につれないね。こんなに邪険に扱われたん初めてだわ」
つまらなそうに呟いて僕の制服の裾から手を離してくれた。
これで帰れる。
「はぁ、ほんとつまんない」
フェンスにもたれかかりながら、ため息をつく天月さんに僕は危機感を覚える。
普段屋上を使っていない彼女は知らないかもしれないが、ここの屋上はほとんど手入れがされていない。
つまり、何年も前に建てられた当時のままのフェンスは雨風に当てられて相当に劣化している。
そんなところに全体重を預けたらどうなってしまうのか。
容易に想像がつく。
「えっ?」
ほら見たことか……
ギィと嫌な音を立ててフェンスがぐらつく。
相当に風化したフェンスが外れてしまったのだ。
勿論、それに全身の体重を預けていた天月さんは重力に従って下に落ちそうになっている。
屋上は階数で言えば五階になるから、こんなところで落ちたらひとたまりもない。
待っているのは地面に激突して潰れたトマトのようになる運命だろうか。
「っぶねぇ、明らかに老朽化してるフェンスにもたれかかんな。死にたいのか?」
咄嗟に伸ばした手で天月さんの腕を掴んで何とか地面に落ちるのを阻止する。
何とかして腕を掴んだからか、体勢が悪くて中々ひっぱりあげられない。
このままじゃあ、下手すれば二人して潰れたトマトになっちまう。
それだけは御免被りたい。
「ふ、不動くん!?」
「頑張って引き上げるから、もう片方の手も掴まれ。今のままじゃあ不安定すぎて引きあげれそうにない」
屋上の縁を全力で掴んで踏ん張る。
気を抜いたら一貫の終わりだ。
仲良くもない、たいして交流もない最強ギャルと仲良く潰れたトマトになってしまう。
「う、うん」
流石に自分が死にかけてる状況じゃ強がれないのか一気にしおらしくなっている。
この状況でぎゃあぎゃあ叫ばれるのはマジでやばかったから、ありがたくはあるんだけど。
さて、どうしよう。
「ぐっぅ」
全力で引っ張り上げてみると少しずつ天月さんの体が上がる。
今まで出した事の無いくらいの本気の力で何とかして引っ張り上げる。
手を離したら一人の命が目の前で散る。
態勢を崩したら僕も巻き込まれて死ぬ。
そんな緊張感が僕を支配するけど、そんなことはどうだっていい。
考えている暇があるのなら、天月さんを引っ張り上げることを考えないと。
◇
「はぁはぁ」
そんな甲斐あってか何とか天月さんを屋上の上まで引き上げることができた。
こんなハプニングに巻き込まれるくらいなら、周りの視線なんか気にせずに授業に出ておけば良かったとかなり後悔した。
「あ、ありがとう」
「マジで、二度と屋上来るなあんた。死ぬかと思った……」
もし、今日雨が降っていたら手が滑って天月さんは死んでいたかもしれないし。
僕が足を滑らしてそのまま二人とも死んでいたかもしれない。
なんで、つい昨日まで味のしないガムのような日常を送っていたのに、今日になって命を懸けた人助けなんかをしないといけないんだよ。
「ご、ごめん」
気まずいのか目を逸らして天月さんは謝ってくる。
別に謝罪が聞きたかったわけでもないし、助けたかったわけでもない。
こんなのは僕の自己満足だ。
恩を着せるつもりもないし、このことを喧伝するつもりも全くない。
一つお願いが通るとしたら、もう関わらないでくれと言うことくらいだろうか?
「別にいい。こうやって無事だったわけだし。それじゃ、僕は帰るんで」
「ちょっと待って! なんでうちの事助けてくれたの? 下手したら不動くんも一緒に落ちてたかもしれないのに」
当然の疑問だなと思った。
僕が助けられた側の立場だったら同じ疑問を思い浮かべる。
だって、対して仲良くもない奴の事を命がけで助けるのなんてどうかしてる。
常識的に考えて自分の命が誰の命よりも大切なはずだから。
「後味が悪いから。それだけ」
これ以上語ることもないと判断した僕は、重い足取りで屋上を後にする。
気持ちのいい昼寝が台無しになった気分だ。
先ほどまでは茜色の綺麗だった空は完全に日が沈んで夜の静寂が訪れていた。
◇
「おかえり愚弟!」
「……ただいま姉さん」
家に帰るとハイテンションな姉—―
帰った瞬間から愚弟呼ばわりとは酷い。
「今日は結構遅かったわね。補習でも受けてたの?」
「そこまで成績は悪くない。屋上で寝てたら気が付いたらこの時間だったんだよ」
「あんた、何ナチュラルに授業サボってるのよ。そんなんだから成績が悪いんじゃないの?」
「姉さんには言われたくない。人の成績を心配する余裕があるんなら汚部屋を片付けてきたらどうだ?」
姉さんは大学生で県内にあるそれなりに偏差値の高い大学に通っていて勉強はできるのだが、あまりにも部屋が汚い。
数日目を離すと足の踏み場がないくらいに汚くなるのだ。
どうやったらあそこまで部屋を汚せるのか。
「愚弟の癖に生意気じゃんか。やんの? 喧嘩すんの?」
「馬鹿な姉さんに付き合ってるほど僕は暇じゃないから部屋でゆっくりしとく」
「馬鹿だと!? あんたよりも成績は良いんだからね!」
「成績でしかものを言えない所をバカって言ってるんだよ。馬鹿姉さん」
「むき~!」
うなり声を上げて憤慨している姉さんを無視して二階の自室に入る。
適当にカバンを部屋に置いて制服を脱いでハンガーにかけ、部屋着に着替える。
慣れた服を着て幾分か心が落ち着く。
「はぁ、今日はマジで疲れたな。主に精神的に」
今までの人生であそこまで命の危機を直接的に感じたのは初めてだ。
でも、あの行動に後悔はしていない。
見捨てていたほうが後悔をしていたと思うから。
「目の前で誰かが死ぬのを指咥えてみてるくらいなら、自分も死んだほうが百倍マシだ」
目の前に助けられる命があるのに、それを見て見ぬふりをしてのうのうと生きることができるほど僕の神経は図太くない。
誰であっても同じ行動をとったと思う。
「僕も大概イカれてるんだろうな」
普通の人間なら自分の命を優先して天月さんを見捨てるかもしれない。
もしくは、助けたとしてもそこには何らかの打算があるはず。
僕にはそう言った人間らしい欲望が欠如してる。
僕が彼女に望むことと言えば、これ以上関わらないで欲しいという事だけだった。
「それを言ってもあの人は絶対に関わってくるんだろうな。変な噂も広まったし、明日からどう立ち回ろうかな」
深く考えても答えなんか出てこないことはわかりきっていたし、考えても無駄という事に早々に気が付いた僕は思考を放棄してベッドに寝転がった。
窓からは綺麗なまんまるの月が真っ暗な室内を照らしていた。
◇
朝起きてスマホを見て、好奇心で学校の裏掲示板を覗いてみる。
そこには昨日と同じように僕に対する大量の誹謗中傷が書き込まれていた。
どうしてこんな目に……トホホ
「ま、別に学校の連中からどう見られてもどうでもいいわけなんだけども。今のところ実害があるわけでもないし」
実際に好奇の視線を向けられはするが、それ以上の事はされていない。
実害が出ていないのであれば、そこまで気にするような問題でも何でもない。
「噂なんて無責任な他人が面白半分で広めているようなもの。それに気を取られているようじゃあいけないよな」
そっとスマホの画面を閉じた僕は顔を洗いに洗面所に向かう。
冷水で顔を洗って歯を磨いて、朝の準備を整える。
制服を着て、最後に眼鏡をかければ準備完了だ。
「そんじゃ、行ってきます」
「いってら愚弟!」
「……」
朝からなぜか罵倒されたけど、そんなことはどうだっていい。
早く学校に行くことにしよう。
出来ることなら今日は平穏に過ごせますように。
◇
なんていう夢は学校に着いた瞬間に爆散したわけだ。
何故かというと……
「不動くんおはよ~今日も早いね」
「……おはようございます」
居た。
昨日で終わりかと願ったけど、そんなことは全くなくて思いっきり話しかけてきた。
平穏な生活は程遠いらしい。
「なんでそんなによそよそしいん? 昨日は修羅場を一緒に経験した仲じゃん!」
「修羅場って言うか命の危機な。てか天月さんが勝手に死にかけただけだし。僕はそれに巻き込まれただけ」
「言い方酷くない? うち女の子なんだけど?」
「知ってるよ。女の子なら嘘告白した相手にいつまでも絡んでないでもっと目立っててていい男にアタックしに行ったらどうだ?」
そうしてくれれば僕は平穏な生活を取り戻すことができる。
標的を僕から違う誰かに挿げ替えればいいんだ。
「あはは~それは無理だね。だって、うち不動くんに興味湧いてきたし」
にこっと笑みを浮かべる天月さんは普通の人が見れば凄く可愛く映るんだろうけど、僕の目にはそこまで詳しくは映らない。
そして、この場面での笑顔は正直性格が悪いものにしか思えない。
「その興味を無くさせるにはどうしたらいい?」
「無くなることは無いから無理だね! いや、うちと付き合ってくれれば興味なくなるかも?」
「じゃあ、付き合ってください」
付き合った瞬間に別れを切り出す。
これで、僕の平穏無事な生活が戻ってくる。
「嫌だね。そんな打算しかない告白じゃあうちは靡かないね」
「ちっ。めんどくせぇ」
そんなにうまくはいかないか。
この人マジでめんどくさすぎるだろ。
「そう言うの本人が居る前で言わない方がいいと思う」
「天月さんに気を使う必要性を感じないからいい。少なくともこんな風に二人で居るときはな」
「不動くんって本当に不思議なタイプだよね~うちにも全く興味持ってないみたいだし」
「興味を持つ理由が無いしな。僕は顔が特段良い人にそこまで興味持たないし、嘘告白をしてくるギャルに興味を持てないな」
嘘告白をする理由なんて僕には到底理解できないけど、その行為が最低であることくらいはわかる。
だって、少し前に姉さんが嘘告白されてメチャクチャキレてたし。
あんときは大変だったな~
「本当に不動くんは淡々としてるな~そういう所も興味あるんだけど」
「もうやめてくれ」
何を言ってもカウンターを喰らうので会話をすることをやめた。
一体何で僕がこんな目に遭わないといけないのか。
理不尽が過ぎる。
「凜々花おっはよ~」
「おっ、おはよ~奈菜」
会話を切り上げたタイミングで一人の人物が入ってきた。
甘栗色のウルフカットの髪に眠たげな茶色の瞳。
天月さんよりも少し低い身長の女子生徒だ。
天月さんと同じでうちの学校では知らない人が例外を除いていない程有名なギャルだ。
「最近来んの早いね。なんかあったん?」
「いや、最近早起きにハマってね~」
「絶対うそでしょ。てゆ~か、今話してたん前に凜々花が告白した人っしょ? 確か振られた」
「うるさいな~これから振り向かせるからいいの」
「なんで? 本気で好きなん?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどさ。うち、負けず嫌いだから噓告白でも振られたのなら何としても振り向かせたいの!」
「それで? 振り向かせてどうすんのさ」
「え? 振り向かせて告白させて振るんだよ」
なんて悪逆非道な事を言ってるんだ。
しかも、本人が居る隣で。
なんと性格の悪い事か。
「エグイことすんね凜々花」
「うちは負けず嫌いだからね。うちのことを振ったのならそこまでしないと気が済まないよね」
最初から振り向く気なんてなかったけど、なおさら振り向けなくなった。
本気で惚れたら最後。
告白した挙句こっ酷く振られるなんて、あまりにもバッドエンドだ。
平穏な生活は戻ってくるかもしれないけど、心の平穏が崩れてしまう。
「やっぱ、ギャルって怖いわ」
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