第12話「それぞれの結末、そして伝説へ」
譲が王城で過去との決別に終止符を打った後、勇者レオード一行の運命は、静かに、そして確実に終わりへと向かっていった。
譲の「治療は不可能」という最終宣告は、彼らにとって死刑宣告に等しかった。国中から集められた最高の治癒術師たちも匙を投げ、彼らは王城の一室で、ただ死の訪れを待つだけの存在となった。
レオードは、日に日に衰弱していった。生命力を失った体は骨と皮だけになり、かつての勇者の面影はどこにもない。彼はただベッドの上で、天井を眺めながら、自分たちが追放した男が築き上げた栄光と、自分たちが失ったものについて、繰り返し後悔し続けた。
他の仲間たちの末路も、同様に悲惨だった。
精神を蝕まれたエルフの魔術師は、完全に正気を失い、誰彼構わず呪いの言葉を吐き続けるようになった。彼女は塔の一室に幽閉され、孤独の中で狂気の闇に沈んでいった。
痛覚を失ったドワーフの戦士は、自分の体が壊死していくことにも気づかず、ある日、ベッドの上で冷たくなっているのが発見された。彼の体は、無数の治癒されなかった古傷によって、内側から崩壊していたのだ。
信仰心を失った神官は、神への不信を口にするようになり、神殿から追放された。彼女は、王都の路地裏で酒に溺れるようになり、かつての聖女の姿を知る者は誰もいなくなった。
彼らの物語は、英雄譚としてではなく、愚か者の末路として、人々の記憶に刻まれることになった。人々は、彼らを哀れみ、そして、彼らが切り捨てた一人の男の正しさを語り継いだ。
一方、『恵みの工房』の伝説は、まだ始まったばかりだった。
王都にオープンした二号店は、連日大盛況だった。ボルガンが店長として見事に店を切り盛りし、その評判は他国にまで届くほどになっていた。
辺境の町ダリアにある本店も、ルナが中心となって、多くの若い職人を育て上げていた。彼女の指導者としての才能も開花し、工房は次世代の育成という面でも盤石の体制を築きつつあった。
譲は、二つの工房の統括者として、また、新たな武具の開発者として、多忙ながらも充実した日々を送っていた。
彼は、【呪物鑑定】のスキルをさらに深く研究し、呪いを無効化するだけでなく、呪いのエネルギーそのものを抽出し、全く新しい効果を持つ魔法のアイテムを生み出すことに成功していた。
【祝福の護符:元『怨念の石碑(呪い:方向感覚喪失)』。効果:装備者の進むべき道を、微かな光で示してくれる。人生の岐路に立った時、正しい選択を助ける】
【豊穣のクワ:元『呪いの農具(呪い:作物を枯らす)』。効果:土地の生命力を活性化させ、作物の収穫量をわずかに増やす】
彼の作るアイテムは、もはや武具の枠を越え、人々の生活を豊かにするものへと進化していた。彼は、女神から与えられた「人々を助ける」という使命を、彼自身のやり方で果たしていたのだ。
ある晴れた日の午後、譲はダリアの本店で、ルナと一緒に新しい装飾のデザインを考えていた。
「師匠、ここの紋様は、もう少し流れるような感じの方が、綺麗じゃないでしょうか?」
ルナが、設計図を指差しながら提案する。その横顔は、出会った頃の面影を残しながらも、一流の職人としての自信に満ちていた。
「そうだな。ルナの言う通りだ。それでいこう」
譲は、彼女の成長を眩しく、そして誇らしく思った。
窓の外からは、町の賑やかな声と、工房で働く弟子たちの槌音が聞こえてくる。穏やかで、幸せな時間だった。
「師匠」
不意に、ルナが真面目な顔で譲を見つめた。
「どうした?」
「私、師匠に出会えて、本当に良かったです」
彼女は、心の底からそう言った。その大きな瞳が、少しだけ潤んでいる。
「もし、あのまま森にいたら、私はずっと一人で、誰かを呪いながら生きていたと思います。師匠が、私に新しい人生をくれました。職人としての生きがいをくれました。本当に、ありがとうございます」
彼女は、深々と頭を下げた。ふわふわの銀色の耳が、ぺこりと折れ曲がる。
譲は、少し照れくさそうに頭をかきながら、彼女の頭を優しく撫でた。
「礼を言うのは、俺の方だよ。ルナがいてくれたから、俺もここまでやってこれたんだ。お前は、俺の最高の弟子で、最高の相棒だ」
その言葉に、ルナは顔を上げて、満面の笑みを浮かべた。尻尾が、ちぎれんばかりにぶんぶんと振られている。
過去のしがらみは、もう何もない。譲の隣には、かけがえのない仲間たちがいる。
彼は、かつての自分を追放した勇者たちのことなど、もう思い出すこともなかった。彼にとって重要なのは、過去ではなく、大切な仲間たちと共に作り上げていく未来だけだ。
相川譲と、彼の仲間たちが築き上げた『恵みの工房』の伝説は、この後も長く、長く語り継がれていくことになる。それは、ハズレスキルだと蔑まれた力が、世界を救う英雄の力ではなく、人々の生活に寄り添い、確かな幸せを育んだ、もう一つの英雄譚として。
物語は、まだ終わらない。彼らの槌音は、明日へと続く希望の音として、これからも世界に響き渡るだろう。
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