第11話「対峙、過去との決別」

 王からの懇願を受け、譲が医療室でレオードの状態を確認している頃、奇跡的に彼の意識が回復した。長い昏睡から目覚めたレオードは、自分が置かれている絶望的な状況をすぐに理解した。

 生命力は枯渇し、体は指一本動かすのも億劫だった。かつて誇った力は、跡形もなく消え去っている。そして、彼らを蝕んでいた呪いの真実も、全て聞かされていた。

 絶望の淵にいた彼の元に、一人の男が訪れる。それは、彼が最も会いたくない人物だった。

「……ユズル」

 レオードは、かすれた声でその名を呼んだ。

 ベッドの傍らに立っていたのは、かつて自分たちが役立たずと罵り、追放した荷物持ち、相川譲だった。しかし、その姿はもはや以前の彼ではなかった。上質な服を身にまとい、その佇まいには、大陸一の職人としての自信と威厳が満ちあふれていた。


「気分はどうだ、勇者様」

 譲の口調は、平坦で、何の感情もこもっていなかった。

「……なぜ、お前がここにいる」

「王様に頼まれたんだ。君たちを助けてくれ、ってな」

 その言葉に、レオードの顔にわずかな希望の色が浮かんだ。

「助けて、くれるのか……?」

「その前に、一つ聞きたい。なぜ、俺の忠告を無視した?」

 譲の問いに、レオードは言葉に詰まった。なぜ?そんなこと、分かりきっている。彼のプライドが、荷物持ちからの指摘を許さなかった。彼のスキルを、心のどこかで見下していた。

「……お前の言うことなど、信じられなかったからだ」

 ようやく絞り出した答えは、あまりにも身勝手なものだった。


 譲は、ふ、と鼻で笑った。

「そうだろうな。君たちにとって、俺はただの役立たずだった。俺の言葉に、耳を傾ける価値などなかったんだろう」

 その言葉は、刃物のようにレオードの胸に突き刺さる。

「だが、その結果がこれだ。君は全てを失った。力も、名声も、仲間からの信頼も。そして、命さえも」

 譲は、一歩前に進み、ベッドの上のレオードを見下ろした。その目は、かつて彼らが譲に向けていた侮蔑の目とは違う。それは、絶対的な強者の、冷たい憐憫の目だった。


「……頼む、ユズル。助けてくれ。俺が悪かった。お前の言う通りだったんだ。この通りだ、謝るから」

 レオードは、ベッドの上で必死に頭を下げようとした。だが、力が入らず、首をわずかに動かすことしかできない。プライドも何もかも捨てた、惨めな懇願だった。

 他のパーティーメンバーも、病室の入り口で、青ざめた顔でその光景を見ていた。彼らもまた、自分たちの過ちを、骨身にしみて理解していた。


 譲は、しばらく黙ってレオードを見つめていたが、やがて静かに口を開いた。

「断る」

 その一言は、短く、そして、絶対的な拒絶の意思が込められていた。

「な……ぜ……?」

 レオードの目が見開かれる。

「言ったはずだ。手遅れだと。君の魂は、もう呪いに食い尽くされている。俺のスキルでも、どうすることもできない」

 それは、紛れもない事実だった。しかし、それだけが理由ではないことを、その場にいる誰もが理解していた。

「それに、俺はもう君たちの仲間じゃない。君たちがどうなろうと、俺の知ったことじゃないんだ」

 譲は、かつてレオードが自分に追放を言い渡した時と、全く同じような、冷たい声で言い放った。

「君たちは、俺が差し伸べた手を振り払い、忠告を嘲笑った。その選択をしたのは、他の誰でもない、君たち自身だ。だから、その結果も、君たち自身で受け入れるべきだ」

 絶望が、レオードの顔を覆った。


 譲は、彼に背を向け、病室を去ろうとした。その時、ふと何かを思い出したように振り返る。

「ああ、そうだ。一つ、言い忘れていた」

 彼は、にこり、と人の良い笑みを浮かべた。それは、かつての荷物持ちだった頃の、彼がよく見せていた笑顔だった。

「俺は今、すごく幸せなんだ。信頼できる仲間がいて、やりがいのある仕事がある。ルナ……俺の弟子なんだが、もふもふですごく可愛いんだ。今度、王都に新しい工房もできる。君たちのおかげで、俺は自分の本当にやりたいことを見つけられた。そのことだけは、感謝してるよ」


 その言葉は、レオードたちにとって、どんな罵詈雑言よりも残酷な響きを持っていた。

 自分たちが見下し、切り捨てた男は、今や大陸一の職人として、幸せな生活を築いている。

 一方、自分たちは、英雄の座から転落し、治療法もない呪いに苦しみながら、死を待つだけの存在になった。

 圧倒的な対比。これ以上ないほどの、完璧な結末だった。

 譲が去った後、病室には、レオードの嗚咽だけが響き渡った。それは、後悔と、絶望と、そして、かつての仲間への嫉妬が入り混じった、獣のような泣き声だった。

 他のメンバーも、ただ床に崩れ落ち、涙を流すことしかできなかった。


 譲は、彼らを振り返ることなく、王城を後にした。胸の内にあった、長年の澱のようなものが、すっと消えていくのを感じていた。

 彼は、過去と決別したのだ。

 王都の工房に戻ると、ルナとボルガンが心配そうに彼を待っていた。

「師匠、おかえりなさい!王様から、何か言われましたか?」

「ああ。だが、もう終わったことだ」

 譲は、二人の仲間を見て、心からの笑顔を浮かべた。

「さあ、仕事に戻ろう。俺たちには、作るべきものがたくさんあるんだからな」

 彼の前には、過去のしがらみなど何もない、輝かしい未来だけが広がっていた。

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