第02話「呪われた森の宝探し」
王都を離れ、忌み森の入り口に立った譲は、ごくりと息をのんだ。空を覆い尽くさんばかりに生い茂った木々が、まるで拒絶するかのように不気味な影を落としている。ひんやりとした空気が肌を撫で、時折聞こえる獣の遠吠えが不安を煽った。
『まあ、見た目は完全にアウトだな。普通の人間なら絶対に入らない』
だが、譲は臆することなく一歩を踏み出した。彼にとって、この森は宝の山に見えていた。
森に入ってすぐ、彼のスキル【呪物鑑定】がひっきりなしに反応を始めた。
『おお……すごいな、これ』
足元の錆びついた短剣、木の根元に転がる髑髏、苔むした石碑。目に入るもの全てが、何かしらの呪いを帯びている。
【錆びた短剣:呪い『破傷風』。この剣で傷を負った者は、高確率で破傷風を発症する。解除条件:聖水による浄化】
【呪われた髑髏:呪い『悪夢』。半径五メートル以内にいる者に、毎夜悪夢を見せる。解除条件:日光に三日間晒す】
【怨念の石碑:呪い『方向感覚喪失』。この石碑の近くを通る者の方向感覚を狂わせる。解除条件:石碑の破壊】
「なるほど、森から出られなくなるのは、あの石碑のせいか」
譲は、サラリーマン時代に培った分析能力をフル回転させる。まず、この森で安全に行動するためのルールを確立する必要がある。
第一に、直接触れないこと。呪いの中には、接触することで発動するものがあるかもしれない。彼はあらかじめ購入しておいた厚手の手袋をはめ直した。
第二に、鑑定結果を鵜呑みにしないこと。スキルはあくまで呪いの情報しか教えてくれない。呪われていない毒蛇や、物理的な罠の存在も常に警戒しなければならない。まさにリスク管理の基本だ。
第三に、目的を明確にすること。今は金目の物を探すのが最優先だ。呪いを解けば使えそうな武具や、素材として価値のありそうなアイテムをリストアップしていく。まるで新規プロジェクトの計画書を作るような気分だった。
譲は懐から手帳とペンを取り出し、鑑定したアイテムの情報と解除条件、そしてそのアイテムの潜在的な価値をメモしていく。地道な作業だが、彼はこういうことを少しも苦にしなかった。むしろ、膨大な情報の中から有益なものを抽出し、整理していく作業は得意な分野だった。
「これは……いけるかもしれない」
彼は呪われたアイテムをいくつか慎重に回収し、背負ってきた袋に詰めていく。破傷風の短剣は、聖水さえあればただの短剣になる。悪夢の髑髏は、呪いの解除が簡単なので、装飾品としての需要があるかもしれない。
森の奥へ進むにつれて、呪いのレベルも上がっていく。
【捕食者のアミュレット:呪い『擬態』。装備者を周囲の魔物にとって格好の餌に見せる。解除条件:純度の高い銀に一日浸す】
『うわ、これは悪質だな。装備したやつは魔物に集中攻撃されるわけか』
【忘却の外套:呪い『記憶の欠落』。装備している間、一時間ごとに直近一時間の記憶を失う。解除条件:月光の下で一晩干す】
『これもひどい。自分が誰かも忘れそうだ』
次々と現れる凶悪な呪いのアイテムに、譲は逆に感心すら覚えていた。これほどの呪物コレクションは、世界中を探してもここだけだろう。
彼は、一つの事実に気づき始めていた。呪いの効果が強力であればあるほど、そのアイテムが元々秘めている魔力も大きい傾向にあるということだ。呪いは、いわば強力な魔力を無理やり封じ込めた結果生じる「歪み」のようなものなのかもしれない。
『だとしたら、呪いをうまく解除、あるいは制御できれば、とんでもない性能のアイテムが手に入るんじゃないか?』
その仮説は、彼の心を躍らせた。
しばらく進むと、森の少し開けた場所に、ぽつんと小さな泉があるのを見つけた。水は不思議なほど澄み切っており、周囲の不気味な雰囲気とは不釣り合いなほど清らかだった。
『もしかして、これが……』
彼は試しに、先ほど拾った『破傷風』の呪いがかかった短剣を、布で慎重に掴んで泉の水に浸してみた。すると、短剣から黒い靄のようなものが立ち上り、水の中に溶けるように消えていく。
再び短剣を鑑定してみると、スキルの反応はなかった。
『呪いが消えた!』
どうやらこの泉は、女神が言っていた「聖なる泉」の一つのようだ。解除条件に「聖水」や「浄化」とあるものは、ここの水で対応できるかもしれない。これは大きな発見だった。
譲は空の革袋に泉の水を汲み、これで活動範囲が格段に広がると確信する。
彼は泉の近くに簡易的な拠点を設けることにした。幸い、森の中には食料となる木の実やキノコもあった。もちろん、それらも一度【呪物鑑定】にかけて、呪われていないか確認するのは忘れない。
【毒テングダケ:呪い『激しい腹痛』。食べると三日間、七転八倒の苦しみを味わう。解除条件:焼却】
『危ない危ない。見た目は普通のキノコなのに』
サラリーマン時代の「ほうれんそう」ならぬ、「確認、再確認」。石橋を叩いて渡る慎重さが、この森では命綱だった。
数日間、譲は地道な調査と収集を続けた。彼の袋は、呪いを解かれた武具や価値のありそうな素材で少しずつ満たされていく。危険な森での野営生活は過酷だったが、誰からも罵倒されず、自分の能力を信じて行動できる毎日は、精神的にずっと楽だった。
勇者パーティーにいた頃は、常に息が詰まるような思いをしていた。だが今は、自分の判断と責任で全てが決まる。それは厳しいが、同時に大きな自由を感じさせた。
そんなある日、譲は森のさらに奥深くで、微かなうめき声のようなものを耳にする。獣の鳴き声かとも思ったが、どこか人の声にも似ている。
『こんな森の奥に、誰かいるのか?』
好奇心と警戒心がせめぎ合う。リスクを考えれば無視すべきだ。だが、女神の「人々を助けなさい」という言葉が頭をよぎる。
彼は慎重に音のする方へ近づいていった。木の陰からそっと様子をうかがうと、そこにいたのは一人の少女だった。
銀色の長い髪に、ぴんと立った獣の耳。そして、ふさふさの尻尾。狼の獣人だろうか。彼女は大きな木の根元にうずくまり、苦しそうに肩を震わせていた。
そして、譲のスキルが、彼女自身から強烈な反応を示していることに気づく。
『彼女、呪われているのか?』
少女が身につけているものではない。少女そのものから、スキルが警告を発していた。これまで、生物に対してスキルが反応したことはなかった。
譲は固唾をのんで、鑑定結果の表示を待った。やがて脳内に映し出された文字列は、彼の想像を絶する、あまりにも残酷なものだった。
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