帝獣夢幻譚

佐伯 みのる

序章①

林春りんしゅんがその神社の鳥居を潜ったのは、実は今回が初めてだ。

村の端にひっそりと佇んでいるお社に近付く者は、同じ村人の中では

あまり居なかった。

参拝しに行くならもう少し村の中心近くに違う神社がある。

わざわざ遠くの神社に向かう者はあまりいない。


林春と、そして6つ年下の弟・林秋りんしゅうの両親は村に住む

唯一の医者だった。

だった、と過去形で書くことになったのは、2年前に揃って

他界してしまったからである。

ずっと両親の手伝いをしながら医療の現場を見てきた林春は、

その両親の後を継いで、医師として立ち上がった。

初めて向かうその神社の神主は、『客』として両親とは

もう長い付き合いがあったようだ。

此処へはいつも父親が一人で向かっていたので、その神主の姿も

どのような場所かも林春は知らない。

ついて行きたいとねだった事もあるが、その度に父親は

曖昧な表情を見せて笑うだけで、連れて行ってくれる事が無ければ

話をしてくれる事すら一度も無かったのである。





何も知らされていない林春が、何故此処の神主が『客』であると知ったのか。

それは単純に家の中にあった帳簿を見ての弟の言葉からだった。

医師として誰かを見る知識のない弟の林秋は、それでも姉の

手伝いがしたいと医療記録を残したり帳簿をつけたりと、

主に事務的な事で助けていた。

とはいえ、まだ10になるかならないかの子供なので、どちらかといえば

今は外に出て遊びたい盛りのようである。

今日はその父が懇意にしていたのであろう神社に納品に行くのだが、

初めて行く場所だから、不安がないとは言い切れない。

なので林春は弟に声をかけてみた。

「ねぇ林秋、今日、初めてお伺いする神社があるんだけど、

 一緒に行ってみない?」

「え?初めて!?どこどこ!!」

「えっとね……『薫風神社』っていう所みたいなんだけど」

「そんなトコあったっけ?」

「村の端っこの方ね。

 林秋は村の中心にある大きな神社しか行ったことないでしょ?」

「うん」

「だから、初めて行く場所に、一緒にどうかな?って」

「面白そう!行く行く!!」

よし、弟ゲット!と密かにガッツポーズをして、準備を整えた林春は

弟と連れ立って外へ出たのであった。

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