いまそれやるの Glorious Seasons

志乃亜サク

第1話 スーン

 中学2年のときだった。


 うちの学校には「宿泊学習」というものがあった。他校では「林間学校」とか呼ばれてたりする学校行事だ。要するに、どこか山奥の施設に行って2泊くらいするお泊まり会のことだ。

 「学習」といっても昼はみんなでカレーを作ったり夜はキャンプファイヤーしたり。修学旅行と違ってアチコチ観光はしないけど、とても楽しいイベントだった。


 ただひとつ、難をいうならば。


 その宿泊施設——「〇〇(地名)青少年自然の家」みたいな名前が付いていたけど、明らかに元病院であった。しかも居抜きで割と色々そのまま使ってそうな感じの。


 たとえば本館入口すぐの受付。もちろんホテルのロビーみたいな感じではない。飾り気のない長椅子がすべて受付に向けて並べられている。病院だ。

 その受付も全面がアクリルでガードされている。下部にはお薬とお代受け渡し用の穴があいている。診察券入れがよく似合いそう。病院だ。

 たとえば窓。すべての窓の外側に金網が張ってある。網戸じゃなくて金網だ。不穏だ。


 それらの要素を総合すると、成程そこはたしかに元病院のようだった。


 まあそれはいい。元病院を公共の宿泊施設に転用することもあるだろう。

 ただ問題は、中学生にとって「元病院」というのは格好の心霊スポットになるということだ。


 なにしろその頃はまだテレビでホラー映画や心霊特番がよく放送されていた時代。今よりホラーがずっと身近にあって、誰もがとっておきの怪談をひとつやふたつ持っていた時代である。

 それが「元病院」なんて舞台を与えられたら、アホな中学生は後先考えずに盛り上がるに決まっているのである。


 誰かが「窓の外に人影が」なんて話をすれば、俺も見た私も見たと乗っかるヤツが出てくる。そこへ「なんか変な声聴こえない?」とか「包帯巻いた男が歩いてたらしい」みたいな話を被せてくるヤツも現れる。


 元病院という舞台で、競うように蔵出しの怪談を披露し合う生徒たち。おいおい、大丈夫か?


 そして案の定、怖くなった。当たり前だ。

 そこからはもうトイレに行くのも食堂へ向かうのもすべて集団行動である。ひとりになったら危ないと本気で思っていたのである。



 さて。悪いことは重なるもので。

 

 まずひとつは、ぼくらに割り当てられた大部屋のこと。

 ぼくらのクラスは本館から少し離れた宿舎が割り当てになっていたのだけど、その建物、なぜか不自然に2階部分が削り取られていたのである。

 階段跡みたいなのもあったので、以前はたしかに2階以上があったのだろう。ではなぜ減築した?


 誰かが言った。


 「この上、遺体安置室だったんじゃね?」


 こんな時になんちゅうこと言うんだお前は。

 もちろん今にして思えばそんなわけはないのだけれども。完全に雰囲気に吞まれていたぼくらには、それを否定する材料はなかったのである。

 

 そこからはもう、集団行動に加えて皆が足早に宿舎へと駆け込むようになった。目線を下へ向け「元々2階があった場所」が視界に入らないように。間違っても2階から見下ろす霊的なものと目を合わせないように。


 そして悪いことがもうひとつ。

 その時ぼくは、タイミング悪く足の小指を骨折していた。つまり走れなかったのである。タイミング悪男わるおだ。


 するとどうなるか。みんな本館を出たら一目散に宿舎へとダッシュするので、置き去りにされたぼくだけ後からひとり追いかけていくことになるわけだ。

 ひどい話である。


 で、ここからが本題。

 

 夜。本館にある大風呂に全員で入ったあと、またもぼくだけが取り残された。

 街灯も殆どない宿舎へと続く道。声を上げながら我先に走っていく皆の後ろ姿はすぐに小さくなり、遠くで灯りをともす宿舎へと吸い込まれていくのが見えた。

 ぼくはひとり遅れてピョコピョコと夜道を歩いていく。

 

 ところが、ここで事件が起こった。

 ようやく宿舎が近づいたところで、油断したぼくはうっかり宿舎の屋上を視界に入れてしまったのである。


 そして、ぼくは見た。

 

 屋根の上に佇む、美しい鹿を。


 鹿……!

 

 山の主みたいな佇まいのやつ、出てきた。

 神々しい。

 

 いやいやいや。

 いま鹿が出てくるのは違う。

 心霊とか怪奇の話をしてるのに、鹿出てくると話がブレる。


 しかしそんなことは素知らぬ顔で、屋上の鹿は「スーン」としている。

 なんか腹立つなコノヤロウ。


 ぼくがそれを見上げていたのは、それほど長い時間ではなかったように思う。

 どうやって上り下りしてるのか知らないけれど、やがて鹿は「スーン」とした顔のまま後ろに消えていった。お前何しに出てきた。


 大部屋に戻り、ぼくは皆に屋上の鹿の話をしたのだけれども、案の定、誰にも信じてもらえなかった。はいはい。みたいな。


 なんでお前ら雑な設定の創作怪談は信じるくせに、鹿の話は信じないんだ。

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