第6話 それぞれの場所で

――放課後。

カフェの制服の襟を直しながら、

神谷(中身・美緒)はバックヤードの鏡をのぞきこんでいた。

(よし……笑顔、笑顔……って、これが神谷の“自然体”? ムリある……!)

夕方のカフェは、いつもより少しざわついている。

神谷(中身・美緒)はレジで客とやり取りしながら、ぎこちなく笑った。

「いらっしゃいま……せ? あ、こちら限定ラテですっ!」

声が裏返る。

一瞬、店内が静まり、隣の同僚が小声で笑った。

「どしたの、神谷くん? 今日テンション低くない?」

「え、あ、そんなこと……ない、です……」

「珍しいね。なんか疲れてる? 神谷くんじゃないみたい」

「そ、そんなこと……(神谷くんじゃなくて中身美緒ですから……!)」

(キラキラしてると、やっぱりみんなから声かけられるんだなぁ……)

閉店後、片付けをしていると、店長が声をかけてきた。

「神谷、来週のシフトさ、もう一日だけ入れそう?」

「え……あ、えっと……考えてもいいですか?」

一瞬の沈黙。

店長が意外そうに眉を上げた。

「お、おう? どうした? いつもなら“任せてください!”って即答するお前が?」

「い、いや……その……最近ちょっと忙しくて……」

(やば……神谷って、いつもそんなノリで引き受けてたの!? ハードモードじゃん……!)

店長は笑いながら、冗談めかして言った。

「もしかしてさぁ、彼女でもできた?」

「ち、ちがいますって!!」

「ははっ、図星か~? まぁ無理すんなよ、真面目なんだから」

“真面目”。

その言葉に、神谷(中身・美緒)は胸の奥が少しだけチクリとした。

オタクな自分とは、まるで違う言葉。

でも今、少しだけ意味がわかる気がした。

(この人……ただキラキラしてるわけじゃない。

 真面目に頑張って、みんなに頼られてたんだ)

(それを“軽い”って思ってたの、ちょっと違ったのかも)

そんなことを考えながら、エプロンを外す。

窓の外、夜風が制服の袖を揺らした。

――一方その頃。

大学オタクサークルの部室。

今日も机の上にはフィギュア、漫画、そして未開封のエナドリ。

混沌の香りが漂っていた。

「お、美緒ちゃん来た~!」

「今日の“推し語り会”、司会よろしくね!」

美緒(中身・神谷)は立ち尽くす。

(……推し語り会ってなに?)

「昨日の放送、美緒ちゃん泣いたでしょ?」

「え? いや、泣いてないけど……」

「嘘だ~! “ひかきゅんの涙で人生変わった”ってポストしてたじゃん!」

「ポ、ポスト!? え、どこ? 郵便局?」

「サークルXアカ! “#尊みで溺死”ってタグつけてたよ!」

「……お前のSNS、破壊力ありすぎだろ、美緒!」

(心の中で絶叫)

「じゃあ締めのコメントお願い!」

「は!? 俺――じゃなくて私?」

「“おれ”? ひかきゅんに寄せてる!? きゃー!」

逃げ場なし。

美緒(中身・神谷)は震える手で立ち上がり――

「えっと……ひかきゅんは、今日も……尊かったと思います」

「うおおおおおおお!!!」

「わかるぅ~!!!」

「美緒ちゃんの“尊みボイス”マジで沁みる!」

(何が沁みるんだよ……!!)

涙ぐむサークル仲間たちを前に、

美緒(中身・神谷)はそっと天を仰いだ。

――入れ替わった二人、それぞれの現場で、今日も混乱は止まらない。

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となりの芝生、借りてます。 星野 暁 @sakananonakasa

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