第6話 それぞれの場所で
――放課後。
カフェの制服の襟を直しながら、
神谷(中身・美緒)はバックヤードの鏡をのぞきこんでいた。
(よし……笑顔、笑顔……って、これが神谷の“自然体”? ムリある……!)
夕方のカフェは、いつもより少しざわついている。
神谷(中身・美緒)はレジで客とやり取りしながら、ぎこちなく笑った。
「いらっしゃいま……せ? あ、こちら限定ラテですっ!」
声が裏返る。
一瞬、店内が静まり、隣の同僚が小声で笑った。
「どしたの、神谷くん? 今日テンション低くない?」
「え、あ、そんなこと……ない、です……」
「珍しいね。なんか疲れてる? 神谷くんじゃないみたい」
「そ、そんなこと……(神谷くんじゃなくて中身美緒ですから……!)」
(キラキラしてると、やっぱりみんなから声かけられるんだなぁ……)
*
閉店後、片付けをしていると、店長が声をかけてきた。
「神谷、来週のシフトさ、もう一日だけ入れそう?」
「え……あ、えっと……考えてもいいですか?」
一瞬の沈黙。
店長が意外そうに眉を上げた。
「お、おう? どうした? いつもなら“任せてください!”って即答するお前が?」
「い、いや……その……最近ちょっと忙しくて……」
(やば……神谷って、いつもそんなノリで引き受けてたの!? ハードモードじゃん……!)
店長は笑いながら、冗談めかして言った。
「もしかしてさぁ、彼女でもできた?」
「ち、ちがいますって!!」
「ははっ、図星か~? まぁ無理すんなよ、真面目なんだから」
“真面目”。
その言葉に、神谷(中身・美緒)は胸の奥が少しだけチクリとした。
オタクな自分とは、まるで違う言葉。
でも今、少しだけ意味がわかる気がした。
(この人……ただキラキラしてるわけじゃない。
真面目に頑張って、みんなに頼られてたんだ)
(それを“軽い”って思ってたの、ちょっと違ったのかも)
そんなことを考えながら、エプロンを外す。
窓の外、夜風が制服の袖を揺らした。
*
――一方その頃。
大学オタクサークルの部室。
今日も机の上にはフィギュア、漫画、そして未開封のエナドリ。
混沌の香りが漂っていた。
「お、美緒ちゃん来た~!」
「今日の“推し語り会”、司会よろしくね!」
美緒(中身・神谷)は立ち尽くす。
(……推し語り会ってなに?)
「昨日の放送、美緒ちゃん泣いたでしょ?」
「え? いや、泣いてないけど……」
「嘘だ~! “ひかきゅんの涙で人生変わった”ってポストしてたじゃん!」
「ポ、ポスト!? え、どこ? 郵便局?」
「サークルXアカ! “#尊みで溺死”ってタグつけてたよ!」
「……お前のSNS、破壊力ありすぎだろ、美緒!」
(心の中で絶叫)
「じゃあ締めのコメントお願い!」
「は!? 俺――じゃなくて私?」
「“おれ”? ひかきゅんに寄せてる!? きゃー!」
逃げ場なし。
美緒(中身・神谷)は震える手で立ち上がり――
「えっと……ひかきゅんは、今日も……尊かったと思います」
「うおおおおおおお!!!」
「わかるぅ~!!!」
「美緒ちゃんの“尊みボイス”マジで沁みる!」
(何が沁みるんだよ……!!)
涙ぐむサークル仲間たちを前に、
美緒(中身・神谷)はそっと天を仰いだ。
――入れ替わった二人、それぞれの現場で、今日も混乱は止まらない。
となりの芝生、借りてます。 星野 暁 @sakananonakasa
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