第3話 となりのお部屋、借りてます(?)
しばらく混乱したあと、二人はとりあえず自分の部屋──いや、自分の身体が住んでた部屋へ戻った。
ドアを閉めた瞬間、神谷(中身・美緒)のため息が漏れる。
「最悪だった……。
でも、入れ替わり+隣の部屋って、オタク的には神展開なんだよな。
相手が“ひかきゅん”だったら……」
天井を見上げながら、妄想が始まる。
――突然の転校生。
――ふとした拍子に転んで、ベッドの上でドキッ。
――お風呂で鉢合わせて、タオル一枚の距離。
――同じシャンプーの香りで、心が近づく。
(もうひかきゅんたら……そんなセリフ言っちゃダメでしょぉ!)
思わず枕に顔を埋めてジタバタ。
……が、すぐに現実が顔を出す。
「……うん、ないな。
相手、リア充神谷だもん。
はぁ、私のキャンパスライフは終わった。」
鏡の前に立つ。
整った眉、少し眠たげな目、涼しい顔立ち。
自分じゃないのに、どこか他人とは思えない。
「でもまあ……神谷陸、顔だけはいいか。」
指先で頬をつん、とつつく。
「動いた……リアル……」
ちょっと楽しくなってきた、その瞬間――
ドンドンッ!
「おい、美緒っ!」
ドアの向こうから、焦った声。
開けると、**美緒の身体の神谷(中身)**が立っていた。
髪は乱れ、顔は真っ赤。
Tシャツが少しズレて、なんか見ちゃいけない気がする。
「な、なあ……風呂入ろうと思ったんだけどさ……」
「……は? 風呂!? 変態!?」
「いや入るだろ普通!? 一日中汗かいてんだぞ!?」
「そりゃそうだけどっ……いや、そういう問題じゃなくて!」
「いやいやいや、風呂くらい許せよ!? 俺、潔癖気味なんだけど!?」
「知らんわ! 女の身体に入ったまま“風呂入る”とか不潔よ!」
「意味わかんねぇ! 風呂は清潔の象徴だろ!?」
「そういう意味じゃないのッ!」
「てかホックどこ!? 届かねぇんだけど!?」
沈黙。
「……今、なんて言った?」
「ホックどこ? 届かねぇって。」
「黙れ変態!!」
ドアがバンッと閉まる。
中から、情けない声が漏れた。
「だって、わかんねぇんだもん……!」
神谷(中身・美緒)は、顔を覆ってうめいた。
「……やっぱリア充神谷、最低。」
*
*
*
湯気が立ちこめる浴室の前で、立たされた美緒(中身・神谷)は目を閉じるように言われていた。
「なんだよ? これ、何も見えねぇ」
「見えなくていいのよ」
神谷(中身・美緒)はバスタオルを握りしめたまま、警戒した目で彼女を見た。
「え、なに? まさか一緒に入るの!?」
「違う! あんたが入るの!」
「いやいやいや、俺いま女なんだぞ!?」
「だからよ!」
神谷(中身・美緒)は額を押さえ、大きく息を吸い込む。
「いい? あんたの中身は男でしょ。でも、その“私の身体”は女の子。
つまり、あんたが自分で服脱ぐとか――絶対アウトだから!」
「え、じゃあどうすんだよ」
「私が脱がせて、洗ってあげるから」
「………………は?」
「目、閉じなさい!」
「いや、目を閉じたら何も見えないじゃんか!」
「見えなくていいの! 黙って目を閉じなさいっ!!」
勢いに押され、美緒(中身・神谷)は観念して目をつむった。
服の擦れる音、タオルの感触、そして微かに香るシャンプーの匂い。
(うわ、なにこの状況……死ぬほど恥ずかしい)
美緒(中身・神谷)は一つひとつの動作に全神経を集中させる。
「……ほら、動かないで。洗いにくい」
「いや、どこを洗われるかわかんないからくすぐったいんだって!」
タオルを滑らせる手が一瞬止まる。
ふと、湯気の向こうに見える――自分の身体。
「……変な感じ。私が私を洗うなんて」
「哲学かよ……」
「うるさい!」
しばしの沈黙。
泡の音だけが、二人の間に流れる。
「……ねえ、神谷」
「なんだよ」
「お湯、熱くない?」
「ちょっとぬるいかも」
「そっか。……じゃ、もう少しだけ我慢してね」
その声は、どこか優しかった。
いつもオタク全開で早口な美緒とは違う、落ち着いたトーン。
思わず美緒(中身・神谷)はつぶやいた。
「……お前、案外いいやつだな」
「ばっ、なに言ってんのよ!」
「いや、素直に思っただけだって」
次の瞬間――鏡越しに、ふと目が合う。
「――って、目を開けるなっ!!」
「わりぃ、そんなつもりで開けたわけじゃない!」
「じゃあどんなつもりだよ!!」
浴室中に響く二人の声。
まるでコントのような夜だった。
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