となりの芝生、借りてます。
星野 暁
第1話 となりの芝生は青い
隣の芝生は青い。
でも、その青の影に努力があることを、誰も知らない。
藤崎美緒(ふじさき・みお)は、今日も大学のカフェテリアの片隅でスマホを覗き込んでいた。
文学部二年。地味で、目立たない。黒髪は切り揃えたボブ。服はいつもの地味カーディガン。
カバンの中には、ノートとお気に入りのBL小説(分厚め)。
画面には完全なる虚構の男、諸星ヒカル(通称・ひかきゅん)の最新二次創作。
美緒は頬を緩めながら、スマホを抱きしめる勢いで呟いた。
「ひかきゅん……やっぱ最高……っ!」
対面に座っていたオタ友の結城が、スプーンを止めて言う。
「朝から尊死してるけど、大丈夫?またあのヒカル?」
「またって言うな。ひかきゅんは毎日尊いんだよ」
「期末レポートは?」
「ひかきゅんのセリフで締めようと思ってる」
「教授に刺さるわけないでしょ」
そんなくだらないやり取りを交わしながら、美緒は今日も二次元で生きていた。
ひかきゅんの笑顔、仕草、言葉遣い——全部が好きだ。
「二次元しか勝たん……現実とか低画質……」
そう呟いた瞬間、視界の端をまぶしい何かが横切った。
まるで“高画質そのもの”が歩いてきたような光。
神谷陸(かみや・りく)。
経済学部三年、リア充界の王子。
笑えば周囲の照明が二段階明るくなるような男。髪も服も完璧。
自然に人を惹きつけ、男女問わず人気者。
「うわ、出た。リア充界のラスボス」
結城が小声で呟く。
「ねぇ、あの笑顔、太陽光パネルの広告で見たことある」
「違う、あれは神谷光線。吸うと自己肯定感が死ぬ」
「……名前からして神の谷って強いよね」
美緒はため息をついた。
「なんであんな風に、自然に人を惹きつけられるんだろう……」
羨ましい。でも、嫌い。
でも、ちょっと羨ましい。
でも、やっぱ嫌い。
——なのに、脳裏に浮かぶ。
「神谷陸、二次元にいたら推し確だな……」
腐女子としての本能が囁く。
完璧な顔、整った骨格、理想的な立ち姿。
ひかきゅんが現実に実装されたら、たぶんこんな感じ。
「……顔がいいのがムカつく」
ぼそっと言った瞬間、当の本人がこちらを見て笑った。
「藤崎じゃん、久しぶり」
「うわっ……しゃべりかけてきた!?」
「え、なんか悪い?」
「キラキラがうつるので距離とってください」
「いや意味わかんねぇ!」
周囲の友人たちが笑う中、美緒は逃げるように席を立つ。
背後で陸の友人が言った。
「おい、藤崎さんが陸と話してる! ギャップやばくない!?」
「ギャップじゃない、バグだよバグ!」美緒は小声で毒づく。
リア充とは違う世界線の住人だ。
でも、なぜか顔だけは焼き付いて離れなかった。
階段へ向かう途中、美緒はスマホを見ながらため息をついた。
「ひかきゅんは人を押し倒しても画になるけど、神谷はムカつくだけなんだよなぁ……」
そこへ、上の階から声。
「おーい藤崎ー! さっきの“キラキラうつる”って何!?」
振り返ると、笑顔の神谷。
「近づくなッ!」
「だから意味わかんねぇって!」
足元、ツルッ。
「え、待って、階段!?」
「ちょっ、おま──」
ドンガラガッシャーン。
目が回る。光がチカチカする。
耳鳴り。
……そして、静寂。
美緒は目を開けた。
見知らぬ天井。
見慣れない手。
いや、でかい。
「えっ……肩幅……広っ!?」
「声……低っ!?」
お互いの叫びが重なった瞬間、ふたりは凍りついた。
「ま、まさか俺(わたし)たち……入れ替わって──(自主規制)」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます