君の行き先は牢獄でした

世界の平山

きみの行き先は牢獄でした 著 sekainohirayama

プロローグ 鈴木建太の朝

                

 東京都足立区午前七時十八分とあるマンションの一角 僕は鳩たちやカラスたちの声によりたたき起こされる感じで起きた。

今日もよろしくお願いします。と言わんばかりに太陽はさんさんと

輝いている。

 朝の何ともいえないすがすがしさに身体がまだついていけず、朝

しばらく布団の中から外の世界を眺めていた。

これが二十四歳鈴木健太の何気ない朝である。


 ◆

朝の眠気を覚ますためにまず顔を洗い、ニュース番組を付けた。

「 やっぱり炭アナはかわいいなぁ~」

と思わず声が出るほどかわいいのは雨の日も雪の日も頑張って

あらかじめある原稿を読んでいるこの天使のような人は、

炭アナこと、炭 育美アナウンサーである。

そんな感じで朝の天使を見ながら吞気にエナドリを飲み干す

これこそが社会人のモーニングルーティーンである。


1 鈴木健太の世界


朝のルーティーンを終えた後、部屋に鍵をかけ、会社に向かった。

「コツコツコツ」

まだ人通りが少ない町で俺だけの靴の音が響いている。

「ちょろちょろちょろ」

橋の下で静かに川の声が聞こえる

 

俺の所属している会社は、主にパソコンの部品を作る会社である。

この会社は、高校中退の俺が就活を始め、やっとのことで入った会社である。

俺は学校に行きたくなさ過ぎて、当時想いを寄せていた家庭科の美人先生の授業があったときに

学校に行っていたぐらいなので出席日数が足らず

留年が確定したため、中退したのであるが、

そんな中退の俺でも入れる企業で働いている。

そんなことを考えながらいつもの街の風景を眺め、

会社についた。

「オッハー健太」

「今日も寝癖が際立ってるね!」

朝っぱらからとは思えないような威勢のいい声を上げて

話しかけてきたのは、この会社の同僚である原 和彦である。

それと、俺の髪は毎日セットしてきてるんだよ!

幼いころから何度も直そうとしたはずの寝ぐせは今もなお

その存在を保っていやがる。  こんちくしょう…

そんなこんなで今日も一日の仕事をこなし、定時に帰路に就いた。

いつもは残業で帰るのが、午後二十二時であったりするのだ。

それにしてもと思う

「はぁ~ 疲れたー」

そんなせりふを溜息と一緒に吐きながら、俺は家に帰った。


 「ただいまー」

家に帰っても迎えて待っていてくれる人などいないのに、

俺はこの家に挨拶をした。

俺自身、二十四歳になってもいまだに

自分の年齢=彼女いない歴であり、いつになったら俺に

「おかえり!」と言ってくれる人が俺の前に現れるのか

と考え、かなうはずもない願いを考えてより心がみじめになった。

そして俺はいつもどうりに添加物満載のコンビニ弁当をむさぼり、

冷蔵庫からビールを出した。

「プシュッ」

缶ビールを開けた音が一人きりの狭い部屋に心地悪く響いた。

ごくごくとのどの中をすり抜けていく。

ビールを片手に持ちながら床に落ちているリモコンを拾って

テレビをつけた。

夜もこの炭アナは、明日の天気について話している。

「明日の天気は非常に不安定で各地で大雨になる予報です」

といつもの可愛らしい口調で話していた。

「ちっ」

思わず舌打ちが出てしまった。

俺の出勤は毎日徒歩であるが、小雨ならまだいいんだが

大雨となると会社にまで走っていくことになる。

傘を使えばいいじゃんと思う人もいると思うが、

あいにく、俺は傘を会社に置いてきてしまい

なんか取りに行くのも面倒だなぁ~と思ってそのままに

しておいたら、いざ使うって時に家に傘がないということになってしまったのだ。

だから明日の朝は途中のコンビニで傘を買おうと思う。

「って、俺は今誰に話しかけているんだ?」

そんなことを思いながら

一人寂しく眠りについた。


2 鈴木健太の後悔


昨日炭アナが申してたとうりに今日の天気は

親の仇みたいに滝のように降っていた。

気分が少しマイナスになるのと同時に低気圧によってかたがすこしこっていて

さらに気分を害した。

てきとうな朝食をとって家に鍵をかけ、よーいドンというばかりに

雨の中を走った。


 「うわ、すごい濡れてるね今日は河童のコスプレかな?」

と和彦が言いやがるので俺は

「いや、今日は傘を忘れた間抜けなサラリーマンのコスプレだよ」

と教えてやった。

さてさてこの前忘れてきた俺のコンビニ傘はどこにあるのかというと

清掃委員のおばちゃんに聞いたところ

「あぁあの傘かい?部屋の隅に置かれていたから捨ててしまったよ」

と早々に短い時間を共に

した相棒の傘の死亡報告を聞き、

あぁそうですかーすいませんといって職場に戻った。

さて、俺の仕事に戻ろうか

俺はこの会社でパソコンの部品づくりをしている。

今日は自分の机に向かってひたすらこの会社の情報を処理している。

そしてお昼になった。

今日はコンビニで買ってきたおにぎりとコーヒーである。

そして隣にはこの会社唯一の話相手である和彦が座っている。

そしたら俺の炭アナの話より先に話しかけてきた。

「ねぇ健太、好きな人いる?」

唐突に小学生のレベルの低いコイバナみたいなことを聞いてきた。

だから俺は

「う~んそうだなぁ~だが俺には炭アナウンサーという未来の

フィアンセがいるからな」

と本気交じりの冗談を言うと、

「いやいやそういうことじゃなくて、健太は今結婚を将来のレール

としてひいているのかということだよ」

小学生並の質問から急に結婚の話を持ち掛けてきた。

結婚。うん正直言ってそんなものをまじめに考えたことなどない。

ましてやお昼のランチタイムというこの会社唯一の心休まる時間にそんなまじ

めな話をしないでもらいたい。

だが、今現実に付き合ったり結婚できたりする相手などいないのである。

でも、と思う。

もしそんな人が目の前に現れるのだとしたらどんな女性何だろうと真剣に考える。

そして真剣に悩んだ結果、

うん。やっぱり僕には炭アナしかいないわぁ~という考えに至った。

「ねぇ、さっきからまじめに考えているようだけどさ、そんな悩む必要ないじゃーん

小学生のしょうもないコイバナでもないのにさ」

といいやがったので、一発蹴りを入れてから冷めてしまったコンビニ弁当をむさぼった。


3 鈴木健太の衝動


 さてさて弁当食ったことだし、仕事でもしますかーと思いデスクに体を向けて

十分くらいたったころに上司から私にご指名が入った。(呼び出しされた)

なんかやらかしたかなぁーと思いつつ、やべぇ心当たりしかねぇ

今朝遅刻ギリギリできたこと?それとも一週間前課長のお気に入りの

マグカップを割ってしまったこと?はたまた課長の机から出てきたいかがわしい

写真集をおばちゃんが捨てたんじゃないんですかーと言ってこっそり自分の懐に収めてしまったこと?

そんなこんな考えながら課長の元へ向かう。

まずはノックを二回

「失礼しま~す」

ぎぃー

ドアの金具が悲鳴を上げながらゆっくりと扉を開ける。

「あぁ鈴木君やっと来たか、」

そっと課長の表情を見る。

よかったお𠮟りの発表じゃなかった。

「それで課長、私はどんなことで呼ばれたのでしょうか。」

「ついさっき本社のほうから新しい製品についての会議の予定が

入ってしまってな。誰かにその会議へ大阪に出張してくれないか

と頼んでいたのだが、誰も何か言い分をつけて出張にい

ってくれないんだよ」

なるほど、今俺が呼ばれているのは課長が怒っているからではなく、

誰かしら出張に行ってくれないかとダメもとで言っているのか。

「どうだね行ってくれないかね」

社長がつい昨日株に手を出してその買った株が急に大暴落したような

本当に困った顔をしている。

さてさてどうしたもんかね。

まあだが、俺が出張を断る理由などないし、せっかくの大阪旅行の切符

を捨てるわけにもいかないし、炭アナのお天気ニュースも携帯でいつも見れるし、

まあ、いっか。

「わかりました。いかないそいつらのために俺が行きましょう」

「おお、言ってくれるかね、ありがとうね。」

よーし出張を理由に大阪旅行にしゃれるとするか。

「あっちなみにホテル代は出すけどごはん代はそっちの負担で頼むよ」

・・・

「やっぱ行くのやめようかな」


 とりあえず出張は二人以上必要なので和彦も一緒に連れて行ってしまおう。

俺は今日の仕事を一通りおえた後、俺は足早に帰路についた。

さあさあ早く家についてビール飲んで、出張の準備を済ませて、炭アナ見て、

寝ますかー

いやだがしかし大阪か、何を食おうかな。

やっぱり定番のお好み焼きか?いやいやわざわざ大阪まで行くんだから、

何か地元のいい感じの料理店で何か食おう。なんかこの前孤独のグルメみたいの

おもしろそうだったからな。

ドン!

「っつ」

痛った、えなに?

さっきまでのんきに食べ物のことを考えていた脳が急に活動を停止した。

「あっぁ、すみません!」

こんな夜遅くわざわざサラリーマンの背中に突っ込んでくるのはどんな奴なんだ?

と思いぶつかった人らしきものを見ると、それは炭アナウンサーに引けを取らないほどの思わず絶句するような美女であった。

「ごめんなさい」

それだけ言って足早に去って行ってしまった。

その後、まるで彼女を追いかけるように走っていった女二人組がいたが、

まあ、大方さっきのきれいな女性が二人に夜の酒代を貸してもらったのにもかかわらず、何度も返すのを延期した挙句、結局は二人は金を返してもらえず、二人はしびれを切らして追いかけていったという大体こんな感じだろうと一人で走っていった女三人のエピソードを勝手に妄想していたのだが、まあ、なんにせよ自分はあんな感じで追いかけられる人生は歩まないと心に決めた。まあ、和彦にお金を返していなかった場合は追いかけられる前に請求書を渡されそうだからな。

と、こんな感じでこの時はのんきに考えていたのだがこれから鈴木健太は波乱万丈な人生がはじまってしまうのはだれも予想できなかったことで、その時の俺はそんなことを予想したくなかったし、第一早くビール飲みたいという考えしか頭になかった。


 家についてすぐに靴下を脱いだ。服を着替え、冷蔵庫から冷えたビールを取り出した。

そしてそれと同時にテレビのリモコンを瞬時に取り、炭アナウンサーがいる腐士テレビへとチャンネルを回す。そしていつもどうりに炭アナのお姿を拝んだ後、一つのニュースが目に留まった。

 

「速報です。きょう東京足立区で強盗事件が発生しました。容疑者は現在も逃走中で若い女性だったとのことです。最近は犯罪が頻発しているので皆さんもきおつけて・・・」

そんなニュースが入ってきた。まったく、こんな仕事で疲れている日にそんなニュースは聞きたくなかったな。第一炭アナにこんな暗いニュースを報道させやがって。

「では次のニュースです」

そうして炭アナが次のニュースについて報道した。その後は上野動物園のパンダが故郷に帰るとか少子高齢化とか年金制度についての問題などのくだらないニュースであったが、炭アナが報道しているニュースはどんなくだらないことも発売されたばかりのゲーム並みに面白くなるのだから炭アナの力は偉大だ。そして近くに迫っている出張こと、大阪旅行は楽しみ、という気持ちもあるが先ほどぶつかってきた美女の姿を思い出す。

顔は炭アナの次を行くような美顔、豊慢な身体、おっといかんいかん危うく惚れてしまうところだった。まったく、少しぶつかっただけで意識してしまうなんて俺もまだまだ子供だな。俺には未来のフィアンセアナウンサーがいるっていうのに。

こんな感じで先ほどぶつかった女性についてレビューしていたのだがそうこう考えているうちにビールが常温に戻ってしまった。

「ちっ、冷めちまったじゃねえか」

いや、正確には冷めたのではなくぬるくなったのだが、今考えていればこの時の俺の気持ちは学校の先生がくだらない一発ギャグをかまして静まり返った教室、または、風邪をひいたときに貼る冷えピタ並みに冷えていたのだった。何せ大阪に向かうまでの費用が自己負担では話にならないからな。

そうしてぬるくなってしまったビールを飲みほし、炭アナに別れを告げて床に入った。


4 鈴木健太の高揚


 朝、いつもどうりのルーティーンを行い、会社に出かける。

さて、今日は写植で何を食おうかと考えている自分がいるのだが、最近は食べているときと炭アナを眺めているときぐらいしか楽しみがない自分に少し憐れみを感じつつ次の出れた空を見ながら、会社に向かった。


 会社につくと早速出張に一緒に来てもらう人材をもらいにいった。

和彦は、

「えぇー」

と言いながら、何か考え込むようなしぐさを見せた後、

「あっ、そうそう、この前素敵な女性とデートする予定ができちゃってさ、」

と、抜かすから、

「お前に彼女ができるか」

と言って強制的に出張に行くことに同意させた。それにしても、彼女ができたなんてもっとましな噓をついたらどうなんだ。俺だったら、そもそも出張に誘われる前に尻尾をくるくる巻いて即座に逃げ出してしまうね。

そうして、午前の部の会話終了。


 昼になった。会社の出張は来週の木曜日にあり、今日は水曜日だからあと一週間ほどで俺の旅行けん仕事にいくことになる。

さてそれまでに荷物やら宿泊先やら色々準備しなきゃいけないんだが、

「いやぁ~健太がどうしてもって言うから出張に行くんだけどさ、やっぱり大阪は観光だよね〜。お好み焼きとか串カツとかあるよね~。あっでも俺が一番食いたいものはたこやきなんだよな〜」

一番の問題はこいつだ。出張に行くんだといっているのに食い物のことしか考えていない。いくらこの出張が仕事2割観光8割のものであったとしても流石に仕事はしなきゃいけないというのに。

「でもお前この前誘ったときにはあれこれ言ってた割には楽しみにしてるんだな」

食べ物の妄想ばかりしてだらしない顔になっている和彦に問う。

「うん。出張のこと妹に相談出張を断るときになんていいわけがあるか話そうとしたら、大阪にあるコスメ?とかネイル?みたいなものを買ってきてって言われてさ。俺は誘いを断る方法を聞いたのにさ…あっちなみにネイルは爪の装飾をするやつで…」

「いやそんくらい知ってるわ」

こいつ流石に俺のこと馬鹿にしすぎじゃないか。ということも考えつつこいつへの家族の扱いはどうなっているんだという疑問浮かんだが、そこはまぁ兄であるものの宿命であると勝手に納得してこの疑問は脳から消去した。

「いやぁ出張で大阪に行くのはいいけどさ、まぁ仕方ないよね。」

おいおいそんなに簡単に出張を決めちまっていいのかよ。こっちは人数が足りないから助かるけどさ。それともなにか?こいつ度が過ぎたシスコンか何なのか?しかし、大阪出張を楽しみにしているのは自分も同じであるからあまり厳しく言うのもアレなんでやめておき、出張のお土産は何がいいかと考えることにした。社員のみんなへは東京バナナですますとして、課長へは…まぁ大阪で見つけたエロ本でもやればいいかと思い、急いで手にあった弁当をかきこんだ。


 今日も今日とて社畜の養豚場から帰還した俺は、家に帰るやいなやまっすぐ炭アナの顔を拝むためにテレビをつける。

「こんばんは。newsニュースの時間です」

こんばんわ~

と思わず炭アナに挨拶をしてしまった。

会社から帰ってきて、相当疲れきっているはずなのに炭アナの顔を見るとすぐに癒やされてしまう。

多分、動物園のパンダやプリキュアに勝るぐらいに癒やしの能力があるのではないのでしょうか。

そう、例えば、ボス戦で、あと1ダメでも喰らったら、ゲームオーバーするところに炭アナがいれば、全回復どころかその癒される容姿によってボスモンスターでさえも癒やされてパワーアップもしちゃうレベル。ダメじゃねぇか。

そんな冗談を考えながら、冷蔵庫を開ける。

そこから冷えたエナドリを取り出し、缶のフタを開ける。

ふと、先日、帰路でぶつかった美少女のことを思い出した。

そういえばあの子も炭アナに勝るとも劣らない容姿だったな。そして、あの少女を追いかけていた二人の女組もよく見ていなかったがそこそこきれいだったと思う。あ、いかんいかん。あまりにも職場に女性社員がいないせいで家の外で見る女性が全員美しく思えてきた。

そんな事を考えながら俺は、テレビをつけっぱなしで眠りについた。


 日出る国。日本。

そう言わざるをえない光景がそこにはあった。

炭アナを見ながら寝たあの日から4日がたった。

俺は、和彦とともに、大阪行きの飛行機に乗っていた。

「ふぁ~眠いね健太」

そう言って和彦は眠そうなまぶたを無理くり開けながら俺に話しかけてくる。

「そうだな。だが、お前が次に起きたときには俺も美人のCAさんもいないかもしれないぞ」

「えぇ~なんでおいていく前提なんだよ〜」

そう言って和彦はまた船を漕ぎだした。

まぁ無理もないと思う。

俺達が飛行機に搭乗したのは午前6時であるのだが、その前日、俺達は残った仕事を片付けるために残業し、二人揃ってオフィスで社畜として働いていた。そこまでは良かったのだ。だが課長の「あれ、まだいたの」という嫌味とも取れる発言により俺は心底疲れてきってしまったのである。あぁ、でも課長も残ってるってことはあなたも残業ですね!

そんな事を考えながら俺は窓の外を眺める。そこにはまだ顔を出したばかりの太陽が「おはよう。今日もバイブス上げてこ〜」と陽キャばりにうるさく輝いていた。俺はその太陽をカーテンで封印し和彦より早く起きれることを願いながら眠りについた。


そこから幾分たっただろう。飛行機内がざわざわしてきた。

まだ眠いまぶたを無理やりこじ開けながら時計を見る。しかし、まだ時計は先程眠った時間から20分とたっていない。くそ、なんで起きちまったんだよ。せっかくもう少しで炭アナと式をあげるとこだったのに。

その俺が目覚める原因となった騒がしい声を耳を澄まして聞いてみる。

「ねぇ、さっきのアナウンス、なんかあったのかな?」

「わからない。でも多分大丈夫だろ」

「不安だわ」

という声が聞こえてきた。どうやら俺が炭アナと式をあげている間に機内アナウンスがあったらしい。しかし、こんなにも機内が騒がしくなるほどの不思議なアナウンスとは一体何があったのだろう。と考えていたら、鈴の音がなった。

「皆様。ただいま当機は軽い技術的な問題を抱えているため、着陸予定時刻に遅れの影響が出てきております。詳細がわかり次第改めてご案内しますので今しばらくお待ち下さい。」

周囲の乗客の声がより大きくなる。「やっぱり何かあったんだよ」とか「まさか墜落しないよな」という不安の声が行き交っている。全く大げさだな。飛行機がそんなちょうど自分の便で墜落するような奇跡体験アンビリバボーなこと起こってたまるか。アレのどこが奇跡体験なのん?

まぁしかし、万が一、億が一、飛行機に何らかの不具合が生じて墜落したら俺の人生もそこで終わってしまうのであり、その生きている時間を大切にしなきゃいけないから、今から炭アナを見て有効に時間を使っていきたいと思います。眠気も冷めちゃったしね!


あれから10分くらいたっただろうか。まだ乗客達の騒がしい墜落トークは続いているが、それも少なくなっていき、静けさを取り戻しつつあった。どうやら飛行機はその「技術的な課題」が片付いたようだ。


「カン」


何処かでなにかの”金属音”のような音がなった。

なんだ?

「シャーー」

飛行機のファーストクラスと俺の乗っているエコノミークラスの間を遮っているカーテンを開ける音が全方から聞こえた。

良かった。やっとCAさんが来てくれたか。飛行機に乗ったときからCAのお姉さんの姿が見えなかったからどうしたんだろと思ったよ。俺が飛行機に乗る目的の9割がそれだからな。さてさて、ここのCAは美人さんかな。いや、きっと、多分、美人さんだ。俺が断言する。そう願望を抱きながら少し身を乗り出して前の方を見る。


「おい。今からこの飛行機は俺達がもらった。みんな大人しくしろ!」


「っえ?」


時が止まった。意味がわからなかった。

なんだ?どういうことだ?なぜCAのお姉さんさんだと思って見たら、覆面を被った男が刃渡り30センチは超える刃物を持って叫んでいるんだ?

「キャーーーーーーーー!」

「なんだって!?」

さっきまで静かだった乗客たちが一斉に騒ぎ出した。

ここで普通は俺も悲鳴の一つでも上げたいところだったが、何故かこのとき俺の思考はなぜか冷静だったと思う。

「あまえらぁ!しずかにしやがれぇ!」

その覆面男の怒声により飛行機内が音を失ったかのように静まった。


そこから幾分たち、隣の客室から5人ほどの覆面男達が集まり、携帯や

財布やらを奪っていった。中には最後まで自分の私物を渡すまいと抵抗したものもいたが、眼の前に刃物を突きつけられると流石に身の危険を感じたらしく、その人も大人しく財布を男に渡した。

しかし、俺が男たちに財布を渡すのをためらっていると、


「お、早速やってるね〜」


また、隣の客室から誰かが入ってきた。しかし、その人の声はこの金のアクした状況にはとても合わないような明らかに”穏やかな雰囲気”で入ってきた。

見ると体格や来ている服からみて女であることだけはわかる。

下半身はデニムパンツ、上半身は白いセーターを着ており、腕にはいかにも高そうな金っぽい腕輪。しかし、顔には男たちと同じ覆面をかぶっていてその顔が見えない。

その女はいかにもギャングのボスがつけていそうなハイヒールをコツコツと鳴らし、覆面男たちの間をすり抜け、乗客たちを見下ろす。

そして、俺の眼の前にいる男をどけて俺の前に来ると、たしかこんな事を言いだした。

「君はこの刃物を見ても銭の一つも出さないとは一体どういう思考を持ち合わせているのかな?」

そして、女は自分の顔につけていた覆面に手をかけ、思いっきり、剥がす。


は!?


その顔は美人そのものだった。俺はそのあまりの顔立ちに客席に座っていながらも腰が抜けそうになり、それと同時におれの心中にある一つの想いが灯った。いや、”灯ってしまった。”


「好きです。」


気づいたら俺はふとそんな言葉を口走っていた。なぜその状況でそんなおかしな言葉が出たのか今に思えば本当に不思議だが、その女性は本当に炭アナや今までに見てきたどんな女優やモデルよりも美しかった。この世に生まれてきてから、高校を中退しなければいけなかったときや、給食のプリンをおかわりできなかったときや、6歳のときに車に惹かれて大怪我を追って4針縫ったときよりも、そのどんなものよりもこの女性は俺に衝撃を与え、めまいがするほどの感動が俺を襲った。そう、この時から俺の物語が始まり、そして、とんでもないほどの破滅の日々へと俺をいざなっていった。



                      君の行き先は牢獄でした。EP1完





































 

 

 


 



















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