第4話:アイデア出しの「パターン」

圭吾は、伊達からのメールを何度も読み返し、その興奮が冷めやらないまま、V.O.I.D.の指示に従った。


「長編小説のアイデア出し、か」


彼は、V.O.I.D.の機能の中から【PROMPT(着想)】を選択した。


  V.O.I.D.: 先生の作家人生における最大売上、メディア露出、読者レビューの傾向を総合的に分析します。現在、市場が求めている「相馬圭吾ブランド」のコアを導出します。


画面上で、圭吾の過去作のタイトルやグラフが高速で流れていく。数字と曲線が交差し、まるで彼の人生の軌跡がデータ化されているようだった。


  V.O.I.D.: 解析完了。先生の「売れる」コアパターンは、以下の三点に収束します。


「日常の隣にある非日常」: 平凡な主人公が、特殊な才能や能力に目覚める設定。


「倫理と欲望の対立」: 善悪の境界線が曖昧な状況での、主人公の究極の選択。


「都市の孤独」: 雑踏の中にいるのに感じる、現代的な疎外感と救済。


「日常の隣にある非日常……」


確かに、彼の最大のヒット作は、地味な会社員が特殊な記憶操作能力に目覚める話だった。V.O.I.D.は、彼の「成功のレシピ」を正確に把握している。


  V.O.I.D.: これら三つのコアに基づき、市場の最新のトレンド(サスペンス性、環境問題への意識)を統合したプロットパターンを提案します。


画面に、A、B、Cの三つのプロットパターンが表示された。


 パターンA: 【環境型サイコサスペンス】。主人公は都市で暮らすフリーライター。ある日、接触した植物から他人の「後悔の念」が聞こえる能力に目覚める。その能力を使い、汚染された土地に隠された連続殺人事件の真相を追う。


 パターンB: 【近未来ファンタジー】。記憶がデータ化され売買される社会。主人公は記憶の密売人。ある富豪の「最高の記憶」を手に入れようとするが、それが自分の失われた過去と繋がっていることに気づく。


 パターンC: 【純愛×ミステリ】。主人公は病を抱える少女と出会う。彼女の病は、周囲の人間から幸福を吸い取るという特殊なものだった。主人公は彼女の命と、周囲の平穏、どちらを選ぶか迫られる。


圭吾はしばし絶句した。どれも、数ヶ月間白紙の画面と睨めっこしていた自分には、到底思いつかなかったような、完成度の高いアイデアだ。特にパターンAは、彼の過去作の長所を継承しつつ、現代的なサスペンス要素が加えられており、すぐにでも書き始められそうだ。


「パターンAだ。これで行こう」


彼は迷うことなくAを選択した。


  V.O.I.D.: パターンAの採用を確認しました。これより、詳細な章立ての構成案、主要なキャラクターの性格付け、そして盛り上げるべき山場を自動で生成します。


AIは、彼の考える暇さえ与えない。その圧倒的なスピードと効率性の前に、圭吾はただただ従うしかなかった。


数分後、画面には百章からなる詳細なプロットが表示された。感情の起伏、読者を驚かせるためのミスリード、そして感動的なクライマックスまでの道筋が、完璧なロジックで組み上げられている。


「すごい……まるで、俺の脳みそが二つになったみたいだ」


圭吾は、キーボードに手を置いた。


過去の自分であれば、アイデア出しだけで半年はかかっていただろう。それが今、彼は完璧な設計図を手にしている。


  V.O.I.D.: 執筆を開始してください。先生の文章は、随時【ANALYSIS】機能でモニタリングされ、「最適化」されます。


圭吾は、もう不安を感じていなかった。このAIと一緒なら、必ずまたベストセラー作家になれる。


そして、その成功は、「俺の」成功だ。


彼は深く考えずに、執筆をスタートさせた。

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