10月25日 カメラチェーン店
「もしこん!起きてるな!下で待ってるからな!」
朝10時、時間通り井出から電話がきた。『もしこん』は井出が高校生の頃から電話で使っている挨拶で『もしもし、こんにちは』の略らしい。
田口は井出の適当な挨拶に苦笑しながら、パソコンのモニターで『闇写カメラ』がリピート再生されている事を確認すると家を出た。
アパートの階段を降りてエントランスに向かう途中、外からレゲエ調の大音量が響いてきた。
「変な奴でもいるのか?」と一瞬身構えるが、音の発信源はアパート前に停まっている見覚えのある車だった。
「お!来たな!」
車の開いた窓から、相変わらずのテンションで井出が手を振っている。
「…なんだこの音楽」
田口が助手席に乗り込みながらそう言うと、井出は音楽を止めた。
「これはFIRE BALLっていう…いやそこじゃない!大音量で迎えに来たら面白いかなって思ってさ!」
自分でツッコミを入れながら言い直す井出。田口は「こういう思いつきでくだらないことをやるのも、こいつの良いところなんだよな」と思いながら苦笑していると、車が走りだした。
ふと後部座席を見ると、黒いトートバッグが置かれていた。おそらく『闇写カメラ』や撮影用の機材が入っているのだろう。
「そういえば、動画はどうなった?」
運転中、井出が前を向いたまま聞いてきた。
「再生回数は家を出る直前で3000回ぐらい。特に何も変化無し。」
「無しか……俺の家で確認した時の再生数どうだったっけ?」
「確か1500とか1800とかそんなん。」
「じゃあ再生回数が原因だとしたら、もう真っ暗になってないとおかしい感じかぁ…倍速じゃダメとか?」
「いや、それはどうだろう…投稿サイトでも再生速度は変えられるからな。」
二人で考えながら唸っていると、井出が思い出したように口を開いた。
「そういえば、『闇写カメラ』の動画の再生数伸びてるって?」
「しかも今までの比じゃないスピードでな。」
「もう真っ黒で何も見えないのにな!……実は他の人のパソコンから見ると何かが見えてたりして!」
井出はウハハと笑うが、田口のハッとした顔を見て
「冗談冗談!なんかこう、SNSでちょっと話題になって見に来てるだけだろ!」
と肩を叩いてきた。
15分ほど車を走らせると、カメラ屋に到着した。そこそこ大きい店舗で、カメラに詳しくない人でも名前は聞いたことのある店だ。
「このカメラのことを知らない人がどう思うか見ものだな!」
車から降りた井出が後部座席から荷物を出しながら笑う。主旨と違うような気もするが、それぐらいの気楽さも必要なのかもしれない。と田口は考えた。
店内に入ると、エアコンの効いた少し涼しい空気と、騒がしくない程度に明るいBGMが流れていた。客はまばらだが、店員と話すという点では都合が良い。
「えーっと…店員いないな……レジで聞いてみるか。」
井出は店内を見回すと奥へ歩き出し、田口もそれに続く。
目玉が飛び出るような値段のレンズが並ぶショーケース、ワゴンに入った多種多様なクリーニング用品、三脚が並んだ棚などを横目に歩くとレジに着いた。
「すみません。先日、お電話で取材の約束をさせてもらった者なのですが…」
井出がレジにいた店員にそう伝えると、店員はレジ裏に入って行った。
「井出…お前、そんな丁寧な喋りできるんだな。」
「ひどいな!これでも一応社会人だぞ。」
「一応かよ…」
控えめな声で冗談を言い合っていると、先ほどの店員が戻ってきて事務所の休憩室に案内された。
店員は椅子を差し出すと、店内へ戻っていった。
井出はトートバッグから『闇写カメラ』と小さな紙袋を取り出してテーブルに置くと、神妙な面持ちで
「話が脱線しそうになったらフォロー頼むぞ。」
と小声で言ってきたので、田口は笑いながら頷いた。
「いやー、狭い休憩室でごめんなさいね。」
数分待つと、首から『店長』と書かれた名札を下げた、30代半ば頃に見える柔和そうな男が入ってきた。
「いえ、こちらこそお時間いただきありがとうございます。」
二人は頭を下げる。
井出が「よかったら、皆さんで食べてください。」と紙袋を渡す。
「これはこれは丁寧に…ありがとうございます。
えーっと、今日はカメラで聞きたいことがあるんでしたよね?それがそのカメラ?」
店長は紙袋をテーブルに置くと『闇写カメラ』を指差した。
「はい、そうです……あ、電話でもお伝えしたのですが、この取材、動画撮影してもいいですか?」
「勿論いいですよ。ただ、電話でも言った通り、変な編集とか店名とか本名出すのはやめてくださいね。」
あらためて撮影許可をもらうと、田口はトートバッグから撮影機材を取り出してテーブルに置き、店長の顔や店名が特定できそうな物が映らない角度に調整した。
「コーヒーか何か飲みますか?自販機で申し訳ないですけど。」
店長はそう言って休憩室奥の自販機に歩いて行き、手招きをした。
「えーっと、まず、このカメラについてなのですが……」
店長に買ってもらった微糖のコーヒーをテーブルに置いて椅子に座り直すと井出が話し始めた。
駅西の中古カメラ屋で買った中古カメラであること。
中古カメラ屋の店主が語った『闇写カメラ』にまつわる話。
実際に写真を撮影すると起こる現象。
最初は笑いながら聞いていた店長だが、井出にカメラの液晶モニターに写った真っ黒な画像を見せられると真面目な顔になった。
「一応聞きますが、撮影モードはどれで撮りました?」
「色々なモードを試しましたが全部ダメでした。最後の数枚はフルオートです。」店長の質問に井出が答えると、店長はカメラのレンズを覗き込みながら話しを続ける。
「フルオートでこんな真っ暗になるのはおかしいですね……『撮影直後はモニターに表示される』んですよね?試しに何か撮ってみても良いですか?」
「勿論いいですよ。あ!一応、僕らは撮らないでくださいね!」
井出の言葉に店長は笑いながら、「それじゃ失礼して…」カメラをテーブルに置かれた缶コーヒーに向けるとシャッターを切る。
「うん、特に明るさとか写りに問題なさそうですね。」
店長がそう言いながらモニターを見ていると、端の方から黒い影が滲み、あっという間にモニターが真っ黒に染まる。モニターが染まると同時に、一瞬、音が何も聞こえなくなった。
「本当に真っ黒になりましたね……次は連写で撮ってみても?」
店長の問いに井出が「どうぞ。好きなように使ってやってください。」と答えると、店長は先程と同じようにカメラを缶コーヒーに向けて何枚か連写した。
モニターの表示を1枚のプレビューから、9枚分のサムネイル表示に変更して待つと、連写した全ての写真が今までと同じように真っ黒になった。ほんの少し、無音が長いような気がした。
「うーん…すぐに真っ黒にならないって不思議ですね。」
店長は顎に手を当てて考え込むが、ぱっと顔を上げる。
「レンズって、替えてみました?」
井出が首を横に振ると、店長は「ちょっと待ってて」と一言言って休憩室を出ていった。
「レンズ替えるって発想はなかったなぁ。」
「俺ら、他のレンズなんて持ってないしな。」
「やっぱプロに聞くのもアリだな!」
二人で話していると店長が箱を持って戻ってきた。
「このマウントなら、僕の私物と同じだからね。試してみましょう。」
「お、私物持ち込んでるなんて、店長もやりますね!」
「趣味道具のお店の店員なんてみんなこんな感じですよ…あ、これはカットでお願いしますね。」
店長は小さく笑いながら『闇写カメラ』のレンズを交換している様子から、ワクワクしているように見える。
『闇写カメラ』本体に店長の私物レンズを装着したパターンと、店長の私物カメラに『闇写カメラ』のレンズを装着」したパターンの2通りで、缶コーヒーを撮影することにした。
「レンズじゃなくて、カメラ本体に問題があるってことっすね。」
三人で『闇写カメラ』の真っ黒になったモニターを見ながら、井出が呟いた。
一方、店長の私物カメラには問題なく缶コーヒーが写っている。
「まぁ、僕のカメラまで真っ黒になったら、それはそれで困っちゃいますけど…」
店長は苦笑いをすると話しを続ける。
「とりあえず、レンズは問題なさそうですし、撮影自体は出来るから、センサーは問題ないでしょうし…あと、考えられるとしたらモニターの故障……とか?真っ黒な写真、パソコンに入れてみたりしました?」
そう言われてみると、パソコンからは写真見てないな。と田口は思った。なんとなく気味が悪くて無意識のうちに避けていたのかもしれない。
店長がノートパソコンを持ってくると、USBケーブルでカメラを繋ぐ。写真を何枚かパソコンに転送したが、画面全体に真っ黒な写真が表示されただけだった。
「いやぁ、全然お力になれなくて申し訳ありません。」
「いえいえ!色々試してもらえて助かりました!ありがとうございました!」
店長と井出が頭を下げて謝り合って撮影を終えた。
「カメラ本体の問題ってのが分かっただけでも儲けだな!」
「そうだな。それにパソコンで写真確認するの、完全に忘れてたわ。」
車に戻ると11時半を過ぎたところだった。
「次の取材まで時間もあるし、混み始める前にどこかで昼メシだな!」
井出はスマホで近所の飲食店を検索してナビに登録すると車を走らせた。
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