貴方がしあわせを望むなら

kesuka_Yumeno

これを私の幸せにしよう

秋祭り。

喧騒の中、貴方と手を繋いで歩く。

ガヤガヤとした人の群れ、何か流行りの曲が何処からか流れていく。囃し立てる太鼓の音。子供の笑い声、金魚が水でぶつかる音がする。騒がしいのは苦手だ。

いろんなことを思い出すから。いや、静かであるよりは、いくらかましだろう。思考を飛ばせるから思い至らなくて済む。



「……大丈夫?」



心底。

心配そうな声。少し屈んで目線を合わせてくれる貴方。



「"大丈夫" 以外に答えがあるの?」



引き攣れた声で返す。大丈夫って答えないと。大丈夫じゃないって言ったら、何を言われるかわかったものではない……この人には、何を言ってもそれこそ大丈夫なんだろうけど、そう言わずにはいられないほど、繰り返し聞かれた言葉。


触れたままの指先に、かすかな熱が走る。握られた手をギュッと握り返すべきでしょうか。

ほんの一瞬、逡巡するふりをして貴方を見上げた。


視線がふいに絡むが耐えきれないように外されてしまう。手のひら返して力を込めると驚かれ、振り返る瞳。


ただ、頷いた。

それを合図に、ゆっくりと歩きだす。


祭り囃子を遠く貴方の肩越しに聞きながら、社に着いた。


ここには、誰もいない。


2人だけ。確かめて、草を踏む。

裏にも人影はもちろんなく、虫も声を潜めていた。


嫌な予感と妙な期待が湧き上がる。

繋いだ手は外れて背中に回された。視界が貴方の胸に埋もれて息が苦しい。

抱きしめられるのは好きじゃない。

私の手は迷い空を踊るかと思った。



「ごめんね」



変なの。何も悪くない。

誰も悪くないのに……


何故か震えている。貴方も私も。そう認識した瞬間、私の手は貴方の背に触れていた。


静かすぎるのも、触れ合うのも好きになれない。

それでも、貴方は不思議と嫌じゃなかった。

そう、誤魔化せたら、よかったのに。



この気持ちを恋なんて呼ばなければずっと綺麗なままでいられるのに。


抱きしめた体は否応なく熱を感じて、貴方も私も生きているんだなと思い知らせてくる。泣いてしまいたい。


……どうして、涙がでないんだろう。


それなら、貴方が望むなら⸻



「いいよ」




これを私の幸せにしよう。




終わり

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