第14話「対人訓練」

訓練用スタジアムに到着したシュウトたちの目の前には、大きな鉄の壁が円を描くように並んでいた。その一部には、扉と思われる凹みがある。


「これが訓練用スタジアムか……デカいな」


シュウトがポツリと呟く。リョウコとリバーンは目を丸くしながら、その鉄壁を見上げていた。


「大きいねー」


「すごいっすー」


二人は驚きのあまり、棒読みのような声になっていた。

その時、最後のチームが到着すると同時に、壁の凹みが左右に開く。中からミツシデが姿を現した。


「お前らー、全員そろったようだな」


ミツシデが歩きながら声を響かせる。シュウトは思わず唾を飲み込んだ。ミツシデが宣言する。


「今から対人訓練を始める」


あたりの空気は一気に張り詰めた。風が吹くたびに、不安と緊張が交錯する。


「ルールを説明する。——このナンバープレートを取られた者は脱落とする」


そう言って、ミツシデはナンバープレートを見せびらかす。

ソラが手を挙げて質問した。


「すみません。星や星武器の使用はアリですか?」


ミツシデは首に手を当てながら答える。


「あー、星や星武器の使用は禁止だ。お前らはこの木剣だけで戦ってもらう。まあ、サポートアイテムの使用は構わんがな」


「ありがとうございます」


ソラが丁寧に礼をする。


「それじゃあ、順番に来い。木剣とナンバープレートを渡す」


こうして全チームがスタジアムの中へ入ると、鉄の扉は重い音を立てて閉まった。


中はまるで広い町のようだった。見た感じ、ルルト町に近い印象を受ける。

その時、スタジアム全体にアナウンスが響いた。


「これより対人訓練を開始します。最後まで残ったチームの勝利とします。それでは——始め!」


ピィーッ!!


開始の笛が鳴り響いた。対人訓練が始まったのだ。


***


残りチーム三組。開始からおよそ二十五分が経過していた。シュウトたちのチームは町の通りを歩いていた。微かに吹く風には、まだ緊張が混じっている。


「まったく、全然敵がいないじゃない」


エイが退屈そうに言う。


「まあ、元のチーム数が七組だからな。この広さじゃ、そう簡単に出くわさないだろう」


ナオキが冷静に分析した。


「ん?」


その時、シュウトは異変を察知する。誰かに見られているような感覚だ。


「お前たち——」


「ああ、わかってる」


シュウトが声をかけるより早く、ナオキが被せて答えた。

全員が周囲を見渡す。


次の刹那、物陰から巨大なロボットアーマーが勢いよく突っ込んできた。シュウトは即座に木剣でそれを弾く。


カンッ!


重い衝撃が腕を襲った。


「っ、腕が……!」


弾かれたロボットアーマーは立ったまま地面を滑り、体勢を立て直す。

その頭部から、人の顔が現れた。


「今の体当たりを防ぐとは……やはり、あの殺人鬼とやり合っただけはあるな」


ケニが驚きの声を上げる。


「おいおい、それアリなのかよ!」


ロボットアーマーを操る生徒は高笑いしながら答えた。


「アリだとも! 先生はサポートアイテムの使用はOKだって言ってたからな!」


アーマーが体当たりの体勢をとる。


「シュウト! この『ロボ君五千号』にはお前でも勝てん! ぶっ飛べぇ!」


叫びながら再び猛スピードで突進してくる。

シュウトは弾こうとするが、腕が痺れて動かない。


「くっ!」


「ヒャッハー!! 俺の勝ちだー!」


次の瞬間——ロボットアーマーの懐にベトが滑り込んでいた。木剣を鞘に納めるように構え、そのまま下から縦に振り上げる。アーマーは真っ二つに裂けた。


「え?」


中の生徒だけは無事だった。

(あれー? 木で鉄って切れたっけー??)

心の中で焦る生徒。


ベトはそのまま木剣を野球バットのように構え、思い切り振るう。生徒は突風に乗って吹き飛ばされた。


ナンバープレートがカンッと音を立てて落ちる。それを拾い上げながら、ベトが言う。


「理論上ぅ……木で鉄はぁ……切れるぞぅ……覚えとけぇ」


チーム全員が同時に心の中でツッコんだ。

(理論上じゃなくて実際にやってるけど!)


ベトが振り向いて歩き出す。シュウトたちも、まるで何事もなかったかのように歩き出した。


***


一方その頃、ロンたちは——


「だぁー! さっきから全然敵と出会わねぇ!」


ロンは苛立ちながら叫んでいた。

その時、アナウンスが流れる。


「残り二チームになりました」


それを聞いたロンは焦りの表情を浮かべた。


「おいおい、あと一組しかいねぇじゃねぇか!」


ロンが空に向かって叫ぶ。ソラは顎に手を当て、考え込んだ。


「そもそも七組しかいないのが変なのよね。対人訓練なら、他のクラスともやるはず……」


その時、ミツシデの声が辺りに響く。


「他のクラスとやると時間がかかるだろうが」


リョウコとリバーンはキョロキョロと周りを見渡す。


「先生の声だ! どこから聞こえてるの?」


「どこっすか? どこっすか?」


ロンの目の前に突然ドローンが現れた。


「うおっ、びっくりした!」


マイが驚きつつも冷静に分析する。


「このドローン、さっきまで透明化魔法を使ってたわね」


ドローンの中からミツシデの声が再び響く。


「他クラスと合同でやらない理由だが……合同だと二十時間かかる。だが一クラスごとなら一時間で終わる。合計で十五時間で済む、ってわけだ」


リバーンがもう一つ質問する。


「あのー、なんでドローンが飛んでるっす?」


「それはな、お前らの動きを観察するためだ。実は上空には透明化しているドローンが多数漂ってるんだ」


そう言うと、目の前のドローンも再び消えた。

それでもミツシデの声だけは響く。


「さっさと戦えよ」


声が遠ざかっていく中、ロンは渋い顔をした。


「はいはい、わかってるって。とりあえずスタジアムの中央に行くか」


ソラがうなずく。


「そうね。中央に行けば、最後のチームと戦えるはず」


ロンたちは再び歩き出した。


***


開始から三十分後。ロンたちは中央広場近くの家の中で休んでいた。


「広場には誰もいないね」


リョウコが窓から外を覗く。

マイは椅子に座ってくつろいでいた。


「はぁー、疲れた。お茶とかない?」


リバーンが棚を漁るが、何も出てこない。


「特にないっすね」


マイは少し残念そうに「そう」とだけ呟く。ソラが手を叩いた。


「はい、緊張感持ってー。いつ敵が来るかわからないんだから」


やや不満そうなソラ。

その時、リョウコが小声で言った。


「ねぇねぇ、シュウトくんたちが来たよ!」


窓際で身をかがめるリョウコ。窓の向こうにはシュウトたちが見える。何か話しているようだが、声は聞き取れない。


「そう……じゃあ私が一人でやるわ」


ソラが急に言い出す。ロンが肩をつかんで止めた。


「おい待てよ。一人で? 相手は五人いるんだぞ」


ソラは自信ありげに右手の中指を見せた。銀色の指輪の緑色の水晶が輝く。


「それじゃあ、私のサポートアイテムを簡単に説明するわ」


***


「シュウト、あれを見ろ」


ナオキの指す先に、ソラの姿があった。リョウコとマイもその後ろを歩いてくる。


シュウトはすぐさま戦闘態勢に入った。続いてナオキ、エイ、ベトも構える。


リョウコとマイは木剣を構えない。ソラだけが構えていた。

ナオキが小声で耳打ちする。


「シュウト、ソラはお前が戦ったザーゲンより強い。サポートアイテム込みなら無敵だぞ」


シュウトは短くうなずき、真っ直ぐソラを見据えた。木剣を深く構える。冷たい風がスッと通り抜けた。


次の瞬間、シュウトは地を蹴って一気に懐へ飛び込む。

だが、ソラは右手を前に出した。中指の指輪が緑に光る。


バタッ。


突然、シュウトが地面に倒れた。

(なんだ……急に眠気が……)

そのまま意識が遠のく。


シュウトを囮に、ナオキが背後から迫っていた。


「っ!」


ソラは驚き、素早く後退する。ナオキは速度を緩めずに距離を詰めた。

木剣が振り下ろされる——だが空を切る。


ナオキの肩をトントンと叩く軽い感触。振り返ると同時に、ソラの右手から眩い緑光が放たれた。

ナオキもまた倒れる。エイとベトが同時に突っ込むが、一瞬で倒された。


シュウト、ナオキ、エイ、ベト。全員が地面に倒れ、動かない。


「うん、私の勝ちね」


ソラが腰に手を当て、満足げに言う。家の中からリバーンが出てきた。


「すごいっす。ほんとに一人で全部片付けるなんて」


リョウコが嬉しそうに言う。


「ソラちゃんは強いからね!」


だがその時、マイが首をかしげた。


「あれ? もう一人は?」


ソラが辺りを見渡すが、もう一人の姿はない。


「あれ? ロンもいないわね。どこ行ったか知ってる?」


ソラが聞くと、リバーンが大通りを指差す。


「ロンさん、何も言わずに大通りに行っちゃったっす」


「そう……まあ大丈夫だと思うけど」


ソラが少し心配そうに大通りの方を見つめた。


***


ロンは不機嫌そうに大通りを歩いていた。


「ったく、ソラのやつ。一人でやるとか言って、俺の出番がねぇじゃねぇか」


ぶつぶつ文句を言いながら歩いていると、背後から高速で小石が飛んできた。ロンは振り向きざまに片手でキャッチする。


そこには、イタズラっぽく笑うケニの姿があった。


「なんだよ。俺にも出番があったのかよ」


ケニが少し不気味に笑みを浮かべる。


「出番? なんのことだか。でも——一戦やるか?」


ロンの鼓動が速くなる。木剣を構えながら、拳を握りしめた。


「ああ、やろうぜ」


ケニも木剣を構え、空気が静まり返る。

“自分は強いのか”という期待と興奮が、辺りを満たしていった。

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