第6話探る手掛かり。揺れる心。

 時刻は22時42分。夜の黒月市は危険だ。

 

 いや、黒月以外の市が夜は安全かと言われたらそうではないのだが、最近通り魔事件が横行している黒月は他の市と比べれば比較的危険だろう。

 

 バールを片手に持った氷織に連れられ、俺は夜道を進んでいく。

 夜は当然昼間よりも視界が悪くなる。そのおかげで暗闇に何かが潜んでいるのではと必要以上に勘ぐってしまう。

 さっきまで明るい場所にいたからか、まだ目は慣れていない。この状態で襲われたらと思うと、ゾッとする。


「ここよ。この通りで事件があったらしいわ」


 狭く照明もない、建物に挟まれた路地だった。

 バールと同じく用意していたのであろう懐中電灯で照らしながら、犯行があったと思われる場所まで進んでいく。うっすらとコンクリートに残っていた赤黒い痕を見ると、痛々しい気持ちになった。


「被害に遭ったのは20代の女性。腹部を刺されてそのまま意識不明に。一命はとりとめたみたいだけど、乙女の体を傷つけた罪は重いわね」

「女性ばっかり狙って何が楽しいんだか……通り魔って男は刺してないのか?」

「聞いたことはないけど、可能性としてはあるでしょうね。何を考えているのかは、本人にしか分からないわけだし」


 氷織は呆れたように言った。

 通り魔の考えることは通り魔にしか分からない。じっくり精神を蝕んでから刺そうとしているのかもしれないし、十二分にいたぶりながら悲鳴を上げる姿が見たいのかもしれない。

 なんにせよ、俺はそんな奴を捉えるために氷織と犯人の足取りを辿らなければいけないらしい。


 正直、こんな危険なことに加担してなんになるのだろうと思っている節はある。

 しかし、こんな美少女から通り魔から狙われているということを聞かされたというのに、聞かなかったフリをして後からニュースで名前を聞くなんてことになったら寝覚めが悪くなる。

 それに、あの写真も早急に消したい。今は氷織に協力するのが正しい選択肢なのだろう。


「それにしても、困ったわね……まさかこれほどにとは」


 氷織がばっと広げたのは犯行現場がマーキングされた地図。

 なにか手がかりでもあればと作ったものらしいが、現場に来ても結局何が狙いなのかは分からなかったようだ。


「んー、魔法陣に見えなくもない?」

「悪魔でも召喚しようとしてんのか?」

「そうだったら、私達じゃどうにもできないわね。悪魔を殴れるバールを用意しないと」

「……あのさ、なんでバールなんだ?戦うつもりならもっと他にいい武器あっただろ。さすまたとか、それこそ脅すだけならナイフとか……」

「バールは銃刀法違反にならないし、ナイフよりもリーチがあるでしょう?なにより、おさまりがいいのよね」


 よく分からないが、氷織はバールに一定のこだわりがあるらしかった。


「というか、竜胆くんこそなんでそんなに強いのよ?普段の姿からは想像のできない動きだったわ。まるで、人が変わったみたいだった」

「……別に、昔にちょっとやんちゃしてただけだ」


 俺はじっと見てくる氷織の視線から逃げるように顔を背けた。あまり過去は詮索されたくはなかったからだ。

 それなりに苦労したし、抜け出すための努力は並大抵のものではなかった。あまり他人に話すようなことでもない。だから俺は氷織に対して拒絶の態度を取った。


「へぇ、意外ね。あれだけ強かったのだから、少し調べたら貴方の名前が出てきそうね」

「どうだかな。俺は黒月生まれじゃないから、探すのには苦労するだろうな」

「そのぐらいやんちゃしてたってことは否定しないのね」


 痛いところをつつかれた俺は黙りこくるしかなかった。


 ただ、その沈黙は無意味ではなかった。


 俺の耳にかすかな異音が飛び込んでくる。あまり綺麗な路地ではない。転がっていたゴミかなんかを踏んだのだろう。

 俺は咄嗟に構える。俺を見て氷織もバールを構えた。


「誰だ」


 眼鏡に手をかけた刹那、暗闇から一人の男が姿を現す。

 見覚えのある制服を見て、俺と氷織は目を見開いた。


「……紫雲?」

 

 紫雲はバツが悪そうな様子で頬をかいた。


 こいつが通り魔?____いや、違うだろう。あまりにも服装が目立ちすぎる。双月学園は黒月では名の通った高校だ。

 それに、仮にこいつが通り魔なら呼びかける前にすぐに襲ってくるはず。凶器らしいものを手にしているわけでもない。


 ただ、俺達は警戒心は解かなかった。こんな夜道に歩いているということ自体が怪しい。慎重に真意を測るべきだ。 


「何やってんだこんな時間に?……まさか、お前が……?」

「べつに、ダチと遊んだ帰りだ。お前らこそ、なんでこんな時間に……」

「犯人は犯行現場に戻ってくるとはよく言ったものね。……こんなところに何をしにきたのかしら?」

「何って、そこが俺んちだから以外に理由なんてあると思うか?」


 紫雲が指した先は俺たちの背後のマンション。たしかに帰宅途中というのなら通りは通っている。


「ここは近道なんだよ。最近は物騒な事件の事もあったから通ってなかったけど……まさかお前らと会うなんてな」

「……お前、今日どこで遊んでたんだよ?」

「はぁ?なんでそんな事……」

「言えないのか?」

「べ、別にそこらへんだっての。怪しいところでなんか……」


 ……成る程。デートの時から感じていたの正体が分かった。そして、ここに来るまでも感じていた不安の正体も。


「んだよ、まさか疑ってるんじゃねーだろうな?」

「別に、ただ答え合わせはできたかな。……遠巻きで見るぐらいなら、思い切って告白でもしたらどうなんだ?」


 俺の言葉に紫雲は面食らった様子になり、氷織はなんのことだか分からない様子で首を傾げた。


「っせーな!お前に言われる筋合いはねぇ!」

「そうかよ。気を付けて帰れよ。お前とは言え、知り合いが刺されたら流石に堪える」


 林檎のように顔を赤くさせた紫雲は荒々しい足取りでマンションへと消えていった。その背中を見届けた俺はふーっと一つため息を吐く。通り魔以上に厄介なことに首を突っ込んでしまったのかもしれない。


「さっきの、どういう意味なの?」

「別に意味なんてないさ。強いていうなら、プライドの問題かな」

「……男の子ってよく分からないわね」


 体を支配する疲労感に抗いながら氷織を近所まで送り届け、その日は解散になった。

 明日からもこんな面倒なことが続くと思うと、辟易する。


 ただ、それ以上にの方がが心配だった。

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