異世界オカマ華道日記〜アタシ、転生して花咲かせますわよッ!〜

望月朋夜

第一話 アタシ、死んでも咲きますの

昭和六十三年。

渋谷の裏通りにひっそりと灯る看板――「スナック・マダムローズ」。

ネオンの薔薇が揺れるその店で、今夜も艶やかな笑い声が響いていた。



「ママぁ、もう一曲歌ってよ!」

「そうよ、今日はアタシたちの送別会なんだから!」



カウンターの奥で、大きなイヤリングを揺らしながら笑っているのは山田光代やまだみつよ


本名・光男みつお。生まれは下町。

子どものころから「女の子になりたい」と言っては父に殴られ、母に泣かれた。

けれど、世の中に「オカマバー」という避難所があると知ったとき、

彼はようやく自分の居場所を見つけた。



昭和の終わり。

社会の片隅で、笑って、泣いて、誰かの寂しさを紛らわせる――

それが、光代という人間の生き方だった。



「さぁ、アタシの最後のステージ、見なさいよ!」



店内が拍手に包まれる。

光代はスパンコールのドレスを翻し、古いマイクを握る。

照明が落ち、ピアノのイントロが流れた。



♪ 夢は夜ひらく……♪



低く掠れた声で、しかし力強く歌う。

彼女の声には、夜を生き抜いてきた人間の熱があった。

笑いながら泣く人々。

みんな、それぞれの孤独を抱えてここに来る。

光代はそんな人たちを、少しでも笑わせたくて、この街で生きてきた。



――だが、その夜。

ラストの曲を終えてマイクを置いた瞬間、世界がふっと遠のいた。

胸の奥に、鈍い痛み。

ヒールの音が一度だけ鳴り、床がゆらりと揺れる。



(……あら、イヤだわ。心臓、また……)



崩れ落ちる瞬間、光代は笑っていた。

ステージライトの向こう、泣き叫ぶ常連たちを見て――

まるで、幕が下りるのを見届けるように。



「……アタシ、派手に散れて、幸せだわね」


それが、彼女の最後の言葉だった。



――次に目を開けた時、世界はまぶしいほどの光に包まれていた。



風が頬を撫でる。

草の匂い。

遠くで鳥が鳴いている。



「……ここ、どこ?」



ゆっくりと体を起こすと、柔らかな花畑が広がっていた。

見渡す限り、青空と花と光。

まるで絵本の中の世界。



そして――自分の胸に手を当てた瞬間、光代は固まった。



「……ちょ、ちょっとォ? なにこれ……柔らかい!?」



顔を覗き込んだ泉には、金の髪をした美しい女が映っていた。

瞳は琥珀色に輝き、頬は桜色。

どこからどう見ても“女”だ。



「アタシ……女になっちゃったの……? 本物に……?」



息が止まった。

嬉しさと戸惑いと、ほんの少しの恐怖。

夢にまで見た「女性の体」を手に入れても、そこにいるのは昔の自分。

声を出せば、あの頃の口調のまま。



「信じらんない……まさか死んで、こんなことになるなんてねぇ」



そう呟いたとき、遠くから馬の足音が近づいてきた。

銀の鎧を纏った青年が、剣を手に彼女の前に降り立つ。



「お嬢さん、大丈夫ですか!? 魔物に襲われたのかと!」



ミツヨーナ――いや、光代は慌てて立ち上がり、ドレスの裾を直した。



「お、お嬢さんって……アタシのこと? うっそ、やだ照れる♡」



「……え? あ、いえ、失礼を……!」



青年は赤面して言葉を詰まらせた。

光代はそんな彼を見て、ふっと笑う。



「ふふ、いい男ね。

でもアタシ、ちょっと混乱してるのよ。

ここ、東京じゃないわよね?」



「トーキョー? それはどこの国の……?」



「……やっぱりね。アタシ、違う世界に来ちゃったのねぇ」



その後、青年に導かれ、彼女は王都へと向かった。

“天から降りた神の乙女”として、城の塔に迎えられる。

けれど、ミツヨーナは笑いながら言った。



「神の乙女だなんて、アタシそんな上等なもんじゃないわよ。

ただのオカマよ。夜の街で、人を笑わせてただけのね」



塔の侍女たちは、最初こそ戸惑った。

だが、彼女の優しさに少しずつ心を開いていった。



「あなた、なんでそんなに明るいの?」

「そりゃあねぇ、暗い顔してたって、誰も幸せにならないのよ。

笑顔ってのはタダなの。使わなきゃ損よ」



その言葉に、少女たちは涙ぐんだ。

“神の乙女”ではなく、“人の痛みを知る女”。

ミツヨーナの周りには、少しずつ花が咲くように人が集まっていった。



そして、王子レオネルが彼女の部屋を訪れた夜。

月明かりの下、王子は静かに言った。



「君は不思議な人だ。

この国の誰も、君のように人を癒せない。

まるで、心に花を咲かせるようだ」



「アタシね、花が好きなの。

どんな花も、咲く時は痛いのよ。

でも、それでも咲くの。

誰かに見てほしいから、愛されたくて」



王子はしばらく黙って、微笑んだ。

「ならば君は、この国を救う花になるだろう。

その魂の強さが、きっと人々を導く」



ミツヨーナは目を伏せ、微笑んだ。

昭和の夜に生きたオカマの心が、異世界でようやく報われたような気がした。



「アタシね、もう逃げないわ。

男でも女でもなく、“アタシ”として生きるの。

咲くことを、恐れないでいたいのよ」



夜風が塔の窓を抜け、白い花が一輪、彼女の膝に落ちた。

それはまるで、昭和の終わりに散った一人の魂が――

異世界で、ようやく咲き直した花のようだった。

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