初恋自爆ダンス!
藍条森也
一章 家庭教師がやってきた!
あ~、もう最悪。
最低。
死にたい。
なんたって今日はこれから、あたしの人生初の家庭教師がやってくる日。
いくら、あたしが中学三年の夏、絶賛、受験シーズン真っ盛りだからって、わざわざ家庭教師なんて雇わなくてもよくない?
うちはパパもママもごく普通の会社員で、お金だって大してあるわけじゃないのにさ。それをわざわざ高いお金を出して家庭教師を雇うなんて。そんな余裕があるなら、あたしの洋服代を出してもらいたいもんだわ。
しかも、その相手ってのが最悪。あたしの幼稚園時代からのママ友の紹介らしいんだけど、日本でもトップランクの進学高校の生徒なんだって。そんなの、人生で勉強以外したことない、メガネをかけたガリヒョロ勉強オタクに決まってるじゃん。
かわいい娘がそんなのと部屋でふたりっきりになるっていうのに、心配じゃないわけ、この親は?
まったくもう、困ったもんだわ。
だいたい、名のある進学校に行こうって言うんじゃないのにさ。その辺のごくありきたりな高校に行くだけなのに、どうしてわざわざ家庭教師なんて雇わなくちゃならないわけ?
「そんなありきたりの高校でさえ危ないって言われているから、雇うんでしょうが」
……そう言われると、一言もないんだけど。
ああ、中学生活最後の夏は……終わった。
「あ~あ」
と、ため息をつきながら居間のソファでママとふたり並んで座って、家庭教師が来るのをまつ。あからさまに落ち込んだ様子をしているあたしに向かってママが言った。
「こら。そんな態度じゃ家庭教師の先生に失礼でしょう」
そう叱られたけど、態度をかえる気になんてなれない。
もういっそ、徹底的に失礼な態度をとって、
「こんな失礼な子ども、相手にしていられるか!」
って、言わせて、追い返してやろうかしら。
相手の方から帰るんなら仕方ないもんね、うん。
そんなことを思いながらまっていると、時間より一〇分ばかり遅れて玄関のチャイムが鳴った。
はじめての家庭教師の日だっていうのに、時間より遅れてくるなんていい度胸だわ。やっぱり、ガリヒョロメガネの勉強オタク。社会常識なんてものはなにひとつ身につけていない……って思っていた。このときは。でも――。
――ええっ、なに、このイケメン⁉
あたしはやって来た家庭教師を一目、見て叫んでいた。
玄関の外に立っていたのはなんと、ガリヒョロメガネ勉強オタクとはほど遠い、スポーツマンタイプのさわやかイケメン。身長も一八〇ぐらいありそうだし、肩幅もガッシリしている。腕も脚も服に包まれているけど、さりげなく太さがある。胸板も厚い。これって絶対、なにかのスポーツで鍛えてるでしょ
なんで、なんで?
なんで、こんなさわやかイケメンがやってくるの⁉
こんなのが進学高校の生徒だなんて絶対、なにかのまちがいでしょ!
て言うか、もしかして人違い?
どっかの芸能人が事務所とまちがえて、うちにやって来たの?
あたしはパニックになって、そんなことまで思った。でも、
「はじめまして。ご紹介に預かりまして本日から家庭教師を務めさせていただきます……」
と言ったもんだから、まちがいでもなんでもなく、このさわやかイケメンこそがあたしの人生初の家庭教師であることがハッキリした。そのときのさわやか笑顔ときたらもう!
――うそでしょ! こんなのと部屋でふたりっきりで勉強するなんて……ドキドキしちゃうじゃない!
そんなあたしの思いも知らずに、ママはいそいそと家庭教師の先生を居間へとあげた。お茶を出し、あたしのことを話し出す。
「ほんとにもう、この子ったらしょうがないんですの。とにかく、意志が弱くって。受験も間近だって言うのに、いつまでも勉強に本腰を入れなくて。毎日、決まった時間、勉強するって約束したのに、気がついてみるとマンガを読むか、ゲームをするか、スマホをいじるか。いえ、もちろん、勉強時間と決めた間はゲームもスマホもとりあげているんですけどね。でも、マンガまではいちいち片付けるっていうわけにも行かなくて……」
聞いててあたしは顔が真っ赤になった。
思わず縮こまる。
もう、ママったら! それって、説明じゃなくって、ただの愚痴でしょ! こんなさわやかイケメンの前で、娘の恥ずかしい生活を
そして、当のさわやかイケメンはと言えば、ママの言うことにいちいち生真面目にうなずいては、メモをとっている。スマホではなく、ペンを使って、小さなメモ帳にメモしている。
この先生はメモするときは必ず、ペンにメモ帳。どうして、そんな面倒なことをするのかって聞いたら、
「ペンで実際に書いたほうが記憶に残る」
だって。
本当、真面目な人。
ちなみに、約束の時間より一〇分、遅れてきたのは、
「相手に時間の余裕をもたせるために、少し遅れて訪ねるのがマナー」
なんだとか。
常識知らずはあたしのほうだったらしい。反省。
ともかく、ママの延々たる説明――という名の愚痴――はつづいた。ただひたすらに。
先生はそのすべてをメモにとっていたけど、いきなりママに向かって微笑んだ。
さわやかイケメンの必殺スマイルにさしものママも、
「あら……」
とかなんとか呟いて黙ってしまった。
さすが、イケメン。女の扱いは心得ている。
「ありがとうございます、お母さん。娘さんのことはよくわかりました。あとは僕にお任せください」
ニッコリ笑ってそう言ってのける。
『お母さん』だの『お任せください』だの、まるで結婚の挨拶みたいじゃない。あたしはますます真っ赤になって縮こまった。
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