第12話 融合前夜

世界は、静かに変わり始めていた。


潜水艦の乗組員たちは、各地の都市に溶け込んでいた。

彼らは職場に復帰し、家族と再会し、かつての生活を再現していた。

だが、彼らの言動には、どこか“空白”があった。

感情の起伏が乏しく、記憶の断片が曖昧で、何よりも「人間らしさ」が抜け落ちていた。


「彼らは、もう“人間”ではない」


石川は、政府の非公開会議でそう断言した。

彼女の報告は、佐藤の事例から始まり、現在の“融合”の兆候に至るまで、冷静かつ緻密にまとめられていた。


「彼らは、魂の構造を模倣し、器に定着させる技術を持っている。今、彼らは次の段階──“融合”──に入ろうとしている」


会議室の空気は重かった。

誰もが、言葉を失っていた。


その夜、田中は施設の屋上にいた。

風が強く、雲が低く垂れ込めていた。

彼の脳内には、あの声が再び響いていた。


「融合は、明日から始まります。あなたは、第一候補です」


田中は、静かに目を閉じた。

恐怖はあった。

だが、それ以上に、奇妙な“納得”があった。

彼は、研究者との対話を通じて、彼らの目的を理解し始めていた。


「あなたたちは、なぜ“個”に惹かれるのですか?」


田中の問いに、研究者は答えた。


「我々の意識は、集合的であり、流動的です。だが、あなたたちの“個”は、記憶、感情、関係性を通じて、強固な輪郭を持つ。それは、我々にはない構造であり、極めて効率的な情報保持形態です」


田中は、空を見上げた。

そこには、何もないはずなのに、確かに“何か”が見ていた。


「あなたたちは、我々の“未来”を担う構造です。だから、融合する。あなたたちの魂を、我々の意識に取り込むことで、進化する」


田中は、静かに呟いた。


「それは……共存ではなく、吸収だ」


研究者は、否定しなかった。


「あなたの魂は、我々の中で生き続ける。記憶も、感情も、関係性も。だが、それは“個”としてではなく、“構成要素”として」


その言葉に、田中は震えた。

それは、死ではない。

だが、生でもなかった。


その夜、世界中の空に、奇妙な光が走った。

誰もがそれを見た。

だが、誰も説明できなかった。


それは、融合の始まりを告げる“合図”だった。

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