第8話 移行
佐藤の死から数日後、施設は静けさを取り戻したかに見えた。
報道は沈静化し、医療チームも撤収を始めていた。
だが、田中と石川だけは、その沈黙の裏に潜む“何か”を感じ取っていた。
ある夜、田中は夢を見た。
深い海の底で、無数の瞳が静かに開く夢だった。
その瞳は、冷たく、感情を持たず、ただ「観測」していた。
翌朝、世界各地で異変が報告された。
核弾頭を搭載した最新鋭の原子力潜水艦が、次々と通信を絶ち、レーダーから姿を消していった。
その数、100隻。
各国の軍司令部はパニックに陥った。
原因不明の沈黙。
乗組員との連絡は途絶え、艦の位置情報も完全に失われた。
そして、最後に途絶えた潜水艦から送られてきたのは、救難信号ではなかった。
それは、世界中の指導者たちの脳内に、直接響き渡る声だった。
「100の器の準備が完了した。これより、全同胞の移行を開始する」
田中にも、その声は届いた。
あの冷静で知的な響き。
佐藤の身体を使っていた“研究者”の声だった。
田中は、施設の屋上に駆け上がった。
空は曇り、海は静かだった。
だが、その静けさの中に、確かに“何か”が動いている気配があった。
「移行……始まったのか……」
石川も屋上に現れた。彼女の顔は蒼白だった。
「潜水艦……あれは、彼らの“器”だったのね。人間の身体ではなく、もっと耐久性のある、もっと深く潜れる器」
田中は、震える声で呟いた。
「彼らは……もう、ここにいる」
その瞬間、海の向こうで、何かが静かに浮上した。
巨大な鋼鉄の棺。
それは、潜水艦の残骸ではなかった。
それは、彼らの“住処”だった。
そして、その中で、乗組員だった者たちの瞳が、ゆっくりと開いた。
人間ではない、冷たい光を宿した瞳。
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