第8話 最深部へ
三日後。
アレンとリリアナは、第五十階層の入り口に立っていた。
通常、一週間はかかる中層帯の攻略を、彼らはわずか三日で駆け抜けた。その驚異的な速度は、アレンの『剣聖』としての才能が完全に取り戻したことを示している。
リリアナは、第十二階層以降、アレンの戦い方を見て、口を挟むことがほとんどなくなっていた。彼の剣は、彼女の想像を遥かに超えていたからだ。
「ここが、目的地よ。第五十階層」
リリアナの声は、緊張で震えていた。この階層こそ、兄が『流星』と共に消息を絶った場所だ。
「魔素の密度が、地上とは比べ物にならねぇな。まるで、空気そのものが魔力の液体だ」
アレンは、周囲を見回した。通路の石壁は、魔素によって濃い藍色に染まり、時折、青白い閃光が走る。
「地図によれば、『星屑の祭壇』は、この階層の最奥。階層主の領域を抜けた先よ。だけど、その前に最大の難関がある」
リリアナは、地図を広げた。
「この階層を徘徊する魔物は、『ナイトメア・レイス』。物理攻撃がほとんど通用しない、実体を持たない上位の魔物よ。魔法剣士である兄も、このレイスの群れに遭遇して、パーティーが壊滅状態になったと聞いている」
「実体がない魔物か。知ってるさ。厄介だな」
アレンは、腰に提げた木剣を握り直した。
「そう、そうよね。あなたもここに来たんですものね」
リリアナはそうだったとばかりに頷いた。
実際アレンはここまで来た。そして、そのさらに先にも。
問題はこの階の階層主。そこでアレンは命からがら逃げ延びたのだ。
二人は、重い足取りで、第五十階層の闇の中へと踏み出した。
通路を進むにつれて、魔素の密度はさらに濃くなる。そして、耳障りな怨念のような呻き声が、空間全体に響き始めた。
「来たわ……!」
リリアナが、声を発する前に、アレンが剣を構えた。
通路の闇から、半透明の騎士の影が、五体、ゆっくりと姿を現した。ナイトメア・レイスだ。彼らは、実体を持たないにも関わらず、重厚な騎士の鎧を纏っているように見える。
「ヒィヒィ……」
レイスたちは、悲鳴のような声を発しながら、アレンに向かって、冷たい刃を振り上げた。
アレンは、通常の斬撃では、レイスにダメージを与えられないことを知っている。
「リリアナ、後ろに下がれ!魔法は使うな!」
アレンは叫んだ。リリアナは、アレンが何かを企んでいることを察し、すぐに距離を取った。
「ヒィ……」
レイスの剣が、アレンの胸元をかすめる。冷たい魔素の剣だが、アレンの身体には、届かない。
アレンは一瞬目を閉じ、全身の魔力を、一点に集中した。
彼の手に握られた木剣は、ただひたすらに、白色のオーラを放ち続ける。
「ガアアア!」
五体のレイスが、アレンに向かって、一斉に突撃した。
アレンは、目を開けた。彼の目には、もう二年前の失敗も、酒浸りの惰性もない。あるのは、剣聖としての圧倒的な集中力と、リリアナの信念だ。
「流星一閃(メテオ・スラッシュ)」
アレンは、木剣を、レイスの鎧の隙間めがけて突き出した。
木剣は、物理的な実体を持たないレイスの体内にオーラだけを、光速で打ち込んだ。
ドォォォン!
アレンの突きから放たれたオーラは、レイスの体内で爆発的な魔力震動を引き起こした。それは、物理攻撃ではなく、魔力回路そのものを破壊する、純粋な魔術攻撃だった。
五体のナイトメア・レイスは、悲鳴を上げる間もなく、その半透明な身体を霧散させ、魔素となって闇に消えた。
アレンは、膝から崩れ落ちた。全身の魔力と、体力の大半を、この一撃で使い切った。
「……見たか、緋色のツンデレ嬢ちゃん」
アレンは、息も絶え絶えに笑った。
リリアナは、駆け寄り、すぐにハイポーションをアレンの口元に押し付けた。その手は、小刻みに震えている。
「バカ!バカ!こんな大技を!兄を助ける前に、あんたが先に倒れる気なの!?」
リリアナのツンデレな口調は、完全に本気の心配に変わっていた。
「悪かったな……。だが、これでわかったろ。俺の剣は、最強だ」
ポーションの効果で、アレンの疲労は急速に回復していく。
リリアナは、アレンの胸元を、甲冑越しに強く叩いた。
「わかったわよ!あんたの剣が最強なのは!でも、もう二度と、私をこんなに焦らせないで!」
「へいへい。わかったよ、女王様」
アレンは、立ち上がり、リリアナの頭を優しく撫でた。
「さあ、行くぜ。星屑の祭壇へ。もう、兄貴と『流星』は、すぐそこだ」
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