第5話 十階層突破と、ツンデレの素顔

 迷宮突入から、半日。


 アレンとリリアナは、星辰の迷宮の第一階層から第九階層までを、驚異的な速度で駆け抜けていた。


 初期のロック・ゴブリン戦での遅れは、アレンにとって最高のカンフル剤となった。彼の身体は、一度剣の感覚を思い出すと、まるで乾いたスポンジが水を吸い込むように、二年分のブランクを埋めていった。


「『斬撃の魔剣士』なんて呼ばれていた頃を思い出したぜ」


 アレンは、五体の『シャドウ・クロウラー』を一瞬で薙ぎ払い、木剣に付着した魔物の体液を振り払った。シャドウ・クロウラーは、俊敏性と毒を持つ厄介な魔物だが、アレンの連続した斬撃の前に、その影すら残せなかった。


 アレンの剣には、もう躊躇がない。剣聖時代の技が、身体に完全に馴染んでいた。


「フン。ようやくまともな動きになったわね」


 リリアナは、そう言って、アレンが仕留め損ねた一匹のクロウラーを、冷静な炎の魔法剣で仕留めた。


「でも、まだ剣聖にはほど遠いわ。特にあの剣、『流星』は、持ち主の全魔力を瞬時に引き出すことを要求するのよ」

「わかってる。その通りだ。だが、急に魔力は戻せねぇ。焦るな、緋色のツンデレ嬢ちゃん。迷宮で最高の訓練ができる。俺は今、お前の兄貴を助けるために、成長中だ」


 二人は、迷宮内で驚くほど息が合っていた。アレンが前衛で魔物を一掃し、リリアナが残った魔物の処理と、アレンの死角を魔法剣でカバーする。彼女は、アレンの動きを完全に読み、常に最適な位置取りをしていた。


「俺たちゃ悪くないパーティーだな」アレンは、素直にそう言った。


「誰があんたなんかと!私は、兄を助けるために一時的に組んでいるだけよ!」


 リリアナは、顔を赤くして反論するが、その言葉とは裏腹に、彼女の表情は少しだけ和らいでいた。


 そして、二人はついに、第十階層の階層主の部屋の前に辿り着いた。


「ここからが、本当の戦いよ。第十階層のボスは、『鋼鉄の番人(アイアン・ガーディアン)』。防御力は、階層主の中でもトップクラス。普通の物理攻撃は通用しないわ」


 リリアナは、警戒しながら、アレンに戦闘プランを伝えた。


「私の魔法剣の炎属性で、奴の鋼鉄の装甲を熱し、一時的に防御力を下げる。その隙に、あんたの剣で、唯一の弱点である心臓部の魔石を貫くのよ」

「なるほどな。お前の魔法と俺の剣で、最高の連携攻撃、ってわけだ」


 アレンは、深く頷いた。二年前の失敗は、傲慢な行動を取ったことだ。今の彼は、目の前の仲間を信じ、連携して戦うことの重要性を理解していた。


 リリアナは、アレンに向き直り、真剣な瞳で言った。


「いい? 絶対に、無茶はしないこと。あんたが傷ついたら、兄を助けることができなくなるわ」


 その言葉は、まるで恋人を心配するような口調だった。


「わかったよ。お前こそ、無理して炎の魔法を使うなよ。使うのは一回きりだ。魔力回復薬は温存しねえとな」


 アレンは、そう言って、扉を蹴破った。


 ドォン!


 部屋の中央には、巨大な鋼鉄の騎士が立っていた。全身を厚い鎧で覆い、その胸元には、鈍く光る赤い魔石が埋め込まれている。これが、アイアン・ガーディアンだ。


 ガーディアンはアレンたちを見つけると、巨体を揺らし、巨大な両手剣を振り上げた。


「リリアナ!援護を!」

「言われなくても!」


 アレンは、ガーディアンの攻撃を、ギリギリのところで受け流す。その衝撃は、アレンの全身を揺るがし、手が痺れるほどだ。やはり、木剣では相手にならない。


 その瞬間、リリアナが叫んだ。


「フレア・ストライク!」


 リリアナの剣から、強力な炎のオーラが放出され、ガーディアンの鋼鉄の鎧に直撃した。


 ジュウウウ……。


 鋼鉄が、みるみるうちに赤く変色し、熱で歪み始める。


「今よ、アレン!」

「もらった!」


 アレンは、リリアナが作り出した一瞬のチャンスを見逃さなかった。


 彼は、地面を蹴り、ガーディアンに向かって突進する。そして、炎で弱った鋼鉄の装甲めがけて、一閃を放った。


 ドシュッ!


 アレンの木剣の先には、彼の魂の奥底から引き出された、純粋な無色のオーラが凝縮されていた。炎で弱体化したとはいえ、鋼鉄の装甲を、木剣がわずかに貫通する。


 そして、その突きは、ガーディアンの赤い魔石に、直撃した。


 パリン!


 魔石が砕け散る音と共に、巨大なアイアン・ガーディアンは、音を立てて崩れ落ちた。


「やったな、緋色のツンデレ嬢ちゃん!」


 アレンは、剣を下ろし、リリアナに向かって笑いかけた。


「フン。当然よ。あんたがまともに剣を振れば、この程度、当然だわ」


 リリアナは、そう言いながらも、安堵と達成感で、その場にへたり込んだ。


「大丈夫か?」


 アレンは、リリアナに駆け寄り、彼女の肩に手を置いた。


「別に……大したことないわ。ただ、少しふらついただけ」


 リリアナは、顔を背ける。疲労を悟られるのが嫌なのだろう。その時、アレンは、リリアナのプレートアーマーの隙間から、僅かに血が滲んでいるのを見つけた。


「おい、その傷はどうした」

「これは、かすり傷よ!戦闘中に出来た……」


 リリアナは隠そうとしたが、アレンは容赦なく彼女のアーマーの隙間に手を差し込み、傷口を確認した。小さな剣の傷だが、血が止まっていない。


「バカ!無理したな!?『フレア・ストライク』を使うために、防御を疎かにしたんだろ!」

「うるさい!兄を助けるためには、この程度の怪我……」


 アレンは、リリアナの言葉を遮り、ハイポーションを取り出して、彼女の傷口に直接かけた。


「ハイポーションは、かすり傷にも使えって、お前が言ったんだ。自分の命を粗末にするな!」


 ポーションの効果で、傷はすぐに塞がっていく。アレンは、リリアナの顔を、両手で挟んで、真剣な眼差しで見つめた。


「いいか、緋色のツンデレ嬢ちゃん。お前は、俺を最強に戻すための『相棒』だ。お前が倒れたら、俺は二度と剣を振るう理由を失う。お前の兄貴を助けるのは、お前と俺の二人なんだ」


 リリアナは、顔を真っ赤にして、アレンの目をまともに見ることができない。ツンデレの鎧が、完全に崩れていた。


「……バカ」


 彼女は、蚊の鳴くような声で呟いた。


「あんたの相棒なんて、誰も言ってないわ。でも……わかったわ。あんたも、もう二度と無茶しないで」


 アレンは、リリアナの頭を優しく撫でた。


「ああ。約束する。さあ、第十一階層へ行くぞ。兄貴のいる第五十階層までは、まだ遠いからな」


 第十階層のボスを破ったことで、二人の間には、確かな信頼関係が芽生えていた。それは、五千万ゴールドの契約以上の、強い絆だった。

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