思い出の花

猫愛す

忘れられない花



秋の終わり、風が少し冷たくなった午後。


小さな町のはずれにあるお花屋さん「リアン」で、白髪の老人が一人、1輪の花を手に取った。


名前は 美澄一将(みすみ かずまさ)。

今年、85歳になる元、公務員。

定年後は妻と一緒に暮らし、趣味や学びを楽しんでいる。


その日は、家から少し遠くへ来ており目的地までの道のりでたまたま見つけたお花屋さんに足を運んだ。


ゆっくりとした動作で、胡蝶蘭の繊細な花びらに指を触れた。


「この花が好きだったな…」
ぽつりと呟きながら、物思いにふけっていると店主の若い女性が近づいてきた。


「胡蝶蘭ですか?とてもきれいな花ですよね」


「そうだね。昔、社会人になったばかりの頃、初めて恋をした女性に贈った花なんだ」


店内の静かな空気と少しだけ昔の思い出が溶け込んだ。


「彼女は優しくて強い人で、いつも満開の花のように素敵に笑う人だったんだ。私は彼女に恋をして、彼女の好きな胡蝶蘭と共に告白の言葉を贈ったんだ」


一将は花をそっと包み、ゆっくりとレジに向かった。


「今日、彼女に会いに行くんだ」


そう言うと、店主はにっこりと微笑んだ。


「素敵ですね。お幸せに」

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