第15話 裂かれた空
鬣犬の咆哮が、山を裂いた。
罠は次々と破られ、村人たちは混乱の渦に巻き込まれていた。
鳴子は無力化され、縄は引きちぎられ、落とし穴は避けられた。
まるで、すべての策が見透かされていたかのようだった。
「どうして……ここまで読まれてるんだ……!」
弥市が叫ぶ。彼の手には、使い物にならなくなった罠の残骸が握られていた。
甚兵衛は、血に濡れた刀を握りしめながら、鬣犬の動きを見つめていた。
獣は、まるで戦場の将のように、冷静に動いていた。
老婆の怨念が、獣に知恵と戦術を与えているのだ。
「これは……戦だ。ただの狩りじゃない」
甚兵衛は、村人たちに叫んだ。
「罠を捨てろ!動きを読まれるな!各自、自由に動け!」
村人たちは戸惑いながらも、甚兵衛の指示に従い始めた。
それぞれが山の地形を利用し、鬣犬の動きを撹乱するように動く。
だが――その混乱の中、悲鳴が上がった。
「うわああああっ!」
若者の一人が、鬣犬の爪に裂かれ、地に倒れた。
血が地面を染め、空気が凍りつく。
「やめろ……!」
弥市が叫び、鬣犬に向かって石を投げる。
獣は一瞬、弥市に視線を向けたが、すぐに背を向けて山の奥へと消えていった。
甚兵衛は、倒れた若者に駆け寄り、脈を確認する。
「……まだ、生きてる。急げ、薬を!」
母が駆けつけ、薬草を取り出して手当てを始める。
その手は震えていたが、動きは確かだった。
「甚兵衛様……このままでは、村が持ちません」
弥市の声には、焦りと悔しさが滲んでいた。
甚兵衛は、空を見上げた。
月は雲に隠れ、空は裂けたように暗かった。
「奴は、こちらの動きをすべて読んでいる。ならば、読めぬ動きを見せるしかない」
甚兵衛の目が、再び鋭く光った。
「次は、俺が動く。村人たちは、守りに徹せよ。俺が、奴の牙を断つ」
戦いは、まだ終わらない。
だが、裂かれた空の下で、甚兵衛の刃は再び輝きを取り戻していた。
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