第27話:刻印の最終段階

クロウが回復してから、一週間が経った。


王都では、新しい日々が始まっていた。


「クロウさん、これ」


民衆が、食事を持ってくる。


「ありがとう」


クロウは微笑む。


「美味しいよ」


「本当ですか!」


民衆が嬉しそうに笑う。


---


平和な日々。


リオは、それを見て安心していた。


「良かった」


リオは呟く。


「クロウが、笑ってる」


「……」


「このまま、ずっと――」


だが――


その希望は、長くは続かなかった。


---


その日の夜。


クロウは、一人で部屋にいた。


「……っ」


突然、胸が痛む。


「……何だ」


クロウは胸を押さえる。


刻印が、疼いている。


「……まさか」


クロウの顔が、青ざめる。


「暴走し始めているのか?」


---


刻印が、色濃く始めている。


リオの力で一時的に抑えられていたが――


再び、進行している。


「……くそ」


クロウは歯を食いしばる。


「まだ、待ってくれ」


---


翌日。


クロウは、いつも通りに振る舞った。


「おはよう、リオ」


「おはよう、クロウ」


リオが微笑む。


「今日も、良い天気だね」


「ああ」


だが――


クロウの表情は、どこか硬い。


「……クロウ?」


リオが気づく。


「大丈夫?」


「ああ、平気だ」


クロウは笑顔を作る。


「少し、寝不足でな」


「……そう」


リオは、少し不安そうに頷いた。


---


だが――


その日の午後。


クロウは、再び倒れた。


「……っ!」


「クロウ!」


リオが駆け寄る。


クロウの全身が、黒く染まっていた。


刻印が、完全に覆っている。


「そんな、なんで……」


リオの顔が、青ざめる。


「クロウ……クロウ!」


---


クロウは、部屋に運ばれた。


ベッドに横たわる。


その体は、熱く――


そして、黒く染まっていた。


「クロウ……」


リオは、クロウの手を握る。


だが――


クロウは、意識を失っていた。


「……どうして」


リオの目から、涙が零れる。


「進行を止めたはずなのに……」


---


アレクシスが、部屋に入ってくる。


「……刻印が、最終段階に入った」


「最終段階……?」


「ああ」


アレクシスは頷く。


「このままでは――」


「……」


「クロウは、完全に刻印に呑まれる」


その言葉に、リオは――


「嫌だ……」


震える声で呟いた。


「そんなの、絶対に嫌だ……」


---


クロウは、夢を見ていた。


いや――


夢ではない。


記憶だ。


---


暗い部屋。


幼いクロウが、立っている。


「お前は、道具だ」


男の声が、響く。


「感情は、いらない」


「……」


「ただ、命令に従え」


男は続ける。


「それが、お前の存在意義だ」


---


場面が、変わる。


血塗られた部屋。


クロウの手には、短剣。


そして――


床には、死体。


「……」


クロウは、無表情で立っていた。


「良くやった」


男が言う。


「これで、お前は一人前だ」


「……」


「殺しの道具として、な」


その言葉に――


幼いクロウは、何も答えなかった。


---


場面が、また変わる。


リオとの出会い。


リオは微笑む。


「よろしくね」


---


その笑顔を見て――


クロウの心が、動いた。


初めて。


「……何だ、これは」


クロウは思う。


「この、温かさは……」


---


場面が、次々と流れる。


リオとの旅。


リオの笑顔。


リオの涙。


そして――


リオの言葉。


「君は、人だよ」


---


「俺は……」


クロウは呟く。


「人……?」


「……」


「いや、違う」


クロウは首を振る。


「俺は、道具だ」


「……」


「人間じゃない」


---


その時――


声が聞こえた。


「クロウ」


それは――


リオの声。


「クロウ、聞こえる?」


「……リオ?」


「お願い、起きて」


リオの声が、震えている。


「……」


「俺のために生きてくれよ!」


---


「生きて……?」


クロウは呟く。


「俺は……?」


混乱している。


「……」


「……リオ」


クロウは首を振る。


「俺は、国の道具にしか過ぎないんだ」


「……」


「感情なんて、いらなかったんだ」


「人として生きるなんて最初から――」


クロウは続ける。


「許されない」


---


だが――


リオの声が、響く。


「そんなことない」


「……」


「クロウは、人だ」


リオは続ける。


「クロウには、心があることを俺は知ってる」


「……」


「だから――」


リオの声が、震える。


「諦めんなよ相棒!」


---


その言葉に――


クロウの心が、揺れた。


「……心」


「俺に、心なんて――」


「……」


だが――


記憶が、蘇る。


リオの笑顔。


アレクシスとの会話。


セルヴァンの想い。


民衆の感謝。


そして――


自分の感情。


「……」


「俺は……思い出した」


---


その時――


刻印が、激しく疼いた。


「……っ!」


痛み。


全身を、黒い炎が包む。


「……くそ」


クロウは歯を食いしばる。


「もう、ここまでのようだ……」


---


だが――


リオの声が、また聞こえた。


「だから、諦めるなって言ってんだろ!」


「……」


「君は、人だ」


リオは叫ぶ。


「君は、生きていい!」


その言葉が――


クロウの心に、響いた。


---


「……生きて、いい」


クロウは呟く。


「俺が……」


「……」


「俺は――」


クロウは目を閉じる。


記憶が、蘇る。


過去の自分。


今の自分。


そして――


未来への恐れ。


全てが、混ざり合う。


---


「俺は、道具だった」


クロウは呟く。


「感情を持たず、ただ命令に従う」


「……」


「それが、俺の全てだった」


クロウは続ける。


「だが――」


「……」


「リオと出会って、変わった」


---


「俺は、感情を知った」


クロウは続ける。


「喜び、悲しみ、怒り――」


「……」


「そして、恐れ」


クロウは拳を握る。


「人として生きることへの、恐れ」


「……」


「でも――」


---


「もう、逃げない」


クロウは目を開ける。


「俺は、俺だ」


「……」


「道具でもない」


「誰かの影でもない」


クロウは続ける。


「俺は――」


「……」


「クロウだ」


---


その瞬間――


刻印が、光を放った。


「……!」


黒い刻印が、白く染まる。


そして――


砕け散る。


「……」


クロウの体から、黒い霧が消えていく。


代わりに――


温かい光が、包み込み意識を失ったクロウ。


---


数時間後


クロウは、目を覚ました。


「……ここは」


「クロウ!」


リオが、飛びつく。


「良かった……本当に、良かった……」


「……リオ」


クロウは、リオを抱き締める。


「心配かけたようだな。記憶があいまいだ」


「……うん」


リオは涙を流す。


「でも、無事で良かった」


---


クロウは、自分の体を見る。


刻印が――


消えていた。


「……消えている」


「うん」


リオが頷く。


「クロウが、自分を受け入れたから」


「受け入れた……?」


「ああ」


アレクシスが言う。


「お前は、自分を受け入れた」


「……」


「過去も、今も、未来も」


アレクシスは続ける。


「それが、刻印を消した」


---


「そんなことが――俺は」


クロウは呟く。


「人として、生きていいのか」


「当たり前だろ」


リオが答える。


「最初に会ったころから君は、人だ」


「……」


「だから、生きていいんだ」


リオは微笑む。


「俺と、一緒にさ」


その言葉に、クロウは――


「……ああ」


微笑んだ。


なんて温かいんだろうか。


---


その夜。


クロウは、一人で屋上にいた。


空を見上げる。


「……俺は、人だ」


クロウは呟く。


「道具じゃない」


「……」


「これが、俺の力だ」


クロウは拳を握る。


「人として、生きる力だ」


---


風が、吹く。


優しく、温かく。


「……ありがとう、リオ」


クロウは微笑む。


「お前のおかげで――」


「……」


「俺は、人になれた」


---


刻印が、消えた。


クロウは、完全に人間になった。


もう、道具ではない。


自分の意志で、生きていける。


リオと、共に。


それが――


クロウの、新しい人生の始まりだった。


---


### 次回予告


刻印が消え、クロウは人間になった。


だが――


王国の残党が、動き出す。


「勇者と暗殺者を、始末しろ」


最後の敵が、現れる。


だが、今度は――


クロウは、一人じゃない。


「俺は、人として戦う」


「リオと、共に」


**第28話「人としての一撃」**


影は、もう影じゃない――光と共に、歩む。

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