第17話:光の潜入

夜明け前。


王城は、静寂に包まれていた。


警備が最も手薄になる時間。


その隙を突いて――


リオとアレクシスは、王城への侵入を開始した。


「行くぞ」


「……うん」


二人は、城壁を越える。


音もなく。気配もなく。


まるで――影のように。


---


「警備兵は?」


リオが囁く。


「東の塔に3人。西の門に2人」


アレクシスが答える。


「今の配置なら、地下への道は無防備だ」


「……分かった」


二人は、城内へと滑り込む。


廊下を進む。


足音を殺し、呼吸を抑える。


緊張が、全身を包む。


だが――


「……クロウ」


リオは呟く。


「今、助けに行くから」


その想いが、リオを前に進ませた。


---


地下への階段に辿り着く。


「ここからが、本番だ」


アレクシスが言う。


「地下牢には、警備がいる」


「……何人?」


「おそらく、5人から10人」


「……」


「音を立てずに、排除する必要がある」


アレクシスは続ける。


「一人でも気づかれれば――増援が来る」


「分かった」


リオは剣を抜く。


「やろう」


---


階段を下りる。


暗い通路。


松明の明かりが、揺れている。


「……いた」


アレクシスが囁く。


前方に、警備兵が二人。


「俺が先に行く」


アレクシスが魔力を纏う。


そして――


一瞬で、二人の警備兵の背後に回る。


魔法で、意識を奪う。


音もなく、二人は倒れた。


「……すごい」


リオが驚く。


「急げ」


アレクシスが先を急ぐ。


---


さらに奥へ進む。


警備兵が、また現れる。


今度は、三人。


「……俺がやる」


リオが前に出る。


剣を構え――


一気に飛び込む。


「はっ!」


剣が閃く。


だが、殺さない。


峰打ちで、意識を奪う。


一人、二人、三人――


全て、音もなく倒れた。


「……やるな」


アレクシスが微笑む。


「クロウに、教わったんだ」


リオも微笑む。


「殺さずに、戦う方法を」


---


やがて、地下牢に辿り着いた。


無数の牢が、並んでいる。


「クロウは、どこだ」


「……奥だ」


アレクシスが指差す。


「一番奥の牢に、閉じ込められている」


「……」


リオは、駆け出す。


一番奥の牢――


そこに、クロウがいた。


---


「クロウ――!」


リオが叫ぶ。


クロウは、壁にもたれて座っていた。


目を閉じ、動かない。


「クロウ!」


リオは、牢の扉を揺さぶる。


「起きて!」


だが――


クロウは、反応しない。


「……くそ」


アレクシスが、扉の錠を魔法で破壊する。


扉が開く。


リオは、クロウに駆け寄った。


---


「クロウ……」


リオは、クロウの体を抱き起こす。


冷たい。


刻印が、全身を覆っている。


顔も、首も、手も――


全てが、黒く染まっていた。


「……嘘だろ」


リオの声が、震える。


「こんな……こんなの……」


「リオ」


アレクシスが言う。


「まだ、呼吸はしている」


「え……?」


「生きてる。だが――」


アレクシスは厳しい顔で言う。


「時間がない」


---


「クロウ!」


リオが叫ぶ。


「起きろよ!俺だよ、リオだよ!」


だが、クロウは反応しない。


「お願いだよ……」


リオの目から、涙が零れる。


「目を覚ましてくれ……」


「クロウ!戻ってきて!」


リオの叫びが、牢に響く。


だが――


クロウの瞳は、開かなかった。


---


その時――


クロウの意識の中で、声が聞こえた。


「お兄ちゃん」


それは――


エリカの声だった。


「……エリカ?」


クロウは、暗闇の中で呟く。


「もう、戻らなきゃ」


エリカの声が、優しく響く。


「リオが、待ってるよ」


「……リオ」


クロウの意識が、揺れる。


「お兄ちゃん、まだやることがあるでしょ?」


「……やること」


「うん。リオと、一緒に戦うこと」


エリカの声が、続く。


「世界を、変えること」


「……」


「だから、行って」


エリカの姿が、光の中に消える。


「お兄ちゃんは最高なんだから!」


---


「クロウ――!」


リオの声が、聞こえる。


それは――


暗闇を照らす、光だった。


「……リオ」


クロウの意識が、戻ってくる。


「俺は……」


クロウの瞳が、僅かに開く。


「……まだ、生きたい」


その言葉が、口から零れた。


---


「クロウ――!」


リオが気づく。


クロウの瞳が、開いていた。


「良かった……本当に、良かった……」


リオは涙を流しながら、微笑む。


「目を覚ましたんだね」


「……リオ」


クロウは、かすれた声で言う。


「やっぱり……来たのか」


「当たり前だろ」


リオは笑う。


「クロウを助けに来たんだ」


「……馬鹿だな」


クロウも、小さく笑う。


「危険だと、言っただろ」


「知ってる」


リオは頷く。


「でも、クロウは俺の相棒だから」


その言葉に、クロウは――


「……ありがとう」


小さく呟いた。


---


「立てるか?」


アレクシスが聞く。


「……ああ」


クロウは、リオに支えられながら立ち上がる。


体は重いが――


まだ、動ける。


「行こう」


「……ああ」


三人は、牢を出る。


だが、その時――


警報が鳴り響いた。


「見つかったか」


アレクシスが舌打ちする。


「急げ!」


---


三人は、地下通路を駆ける。


後方から、兵士たちの足音が聞こえる。


「追ってくる!」


「このままじゃ、追いつかれる」


「……なら」


アレクシスが立ち止まる。


「俺が、時間を稼ぐ」


「待って――」


「早く行け」


アレクシスは魔力を纏う。


「お前たちは、先に行け」


「でも――」


「クロウを、頼む」


アレクシスは微笑む。


「必ず、後から追いつく」


その言葉に、リオは――


「……分かった」


頷いた。


「絶対に、追いついてきてくれ」


「ああ。約束しよう。勇者よ」


---


リオはクロウを支えながら、先へ進む。


後方で、アレクシスの魔法が炸裂する音が聞こえる。


「……アレクシス」


「大丈夫だ」


クロウが言う。


「あいつは、強い」


「……うん」


二人は、階段を上る。


城の外へ――


自由へと、向かう。


---


やがて、二人は城の外に出た。


夜明けの光が、空を染めている。


「……外だ」


リオが呟く。


「やった……脱出できた」


「……ああ」


クロウも、空を見上げる。


美しい、朝焼け。


「生きてる……」


クロウは呟く。


「俺は、まだ生きてるぞ」


その言葉に、リオは――


「当たり前だよ」


微笑んだ。


「これからも、一緒に生きるんだろ」


---


その時、背後から声が聞こえた。


「待たせたな」


アレクシスだった。


少し傷ついているが、無事だった。


「アレクシス!」


リオが駆け寄る。


「大丈夫?」


「ああ。このくらい、どうということはない」


アレクシスは微笑む。


「それより――」


アレクシスは、クロウを見る。


「お前、よく生きてたな」


「……ああ」


クロウも微笑む。


「なんとか、な」


---


「じゃあ、行こう」


リオが言う。


「ここにいたら、また追手が来る」


「ああ」


三人は、森へと走り出す。


王城が、遠ざかっていく。


自由が、近づいてくる。


---


やがて、森の奥に辿り着いた。


「……ここなら、しばらく安全だ」


アレクシスが言う。


「少し、休もう」


「うん」


リオは、クロウを木の陰に座らせる。


「大丈夫?」


「……ああ」


クロウは荒い息をつく。


「疲れた、だけだ」


---


「ねえ、クロウ」


リオが言う。


「うん?」


「クロウが、目を覚ましてくれて――本当に良かった」


リオの声が、震える。


「もう、目を覚まさないかと思った」


「……すまない」


クロウは呟く。


「心配をかけた」


「いいよ。もう大丈夫だから」


リオは微笑む。


「これからも、一緒に戦おう」


「……ああ」


クロウも微笑む。


「一緒に、戦おう」


---


「それで――」


アレクシスが口を開く。


「これから、どうする?」


「……記録を、公開する」


リオが答える。


「王国の真実を、世界に伝える」


「だが、どうやって?」


「……分からない」


リオは正直に答える。


「でも、やらなきゃいけない」


「……」


「王国の嘘を、暴かなきゃいけない」


リオは拳を握る。


「それが、俺たちの使命だから」


---


「なら――」


クロウが口を開く。


「俺に、考えがある」


「え?」


「民衆の前で、記録を読み上げる」


クロウは続ける。


「王国が隠せないように、多くの人の前で」


「……でも、どこで?」


「王都の広場だ」


クロウは言う。


「あそこなら、多くの民衆が集まる」


「……」


「そこで、真実を伝える」


クロウは二人を見る。


「それが、俺たちにできることだ」


---


「でも――」


リオが不安そうに言う。


「王都に戻るなんて、危険すぎるよ」


「分かってる」


クロウは頷く。


「だが、それしかない」


「……」


「記録を隠しても、意味がない」


クロウは続ける。


「世界に伝えなければ、何も変わらない」


その言葉に、リオは――


「……うん」


頷いた。


「やろう。危険でも、やろう」


「ああ」


「俺も、賛成だ」


アレクシスも頷く。


「どうせ、もう後戻りはできない」


---


三人は、拳を合わせる。


「じゃあ、決まりだね」


リオが言う。


「王都で、真実を伝える」


「ああ」


クロウとアレクシスも頷く。


「これが――」


リオは微笑む。


「俺たちの、反逆だ」


---


その言葉に、三人は――笑った。


影と光と、元魔王。


奇妙な組み合わせの、三人の戦友。


彼らは――


世界を、変えようとしていた。


自分たちの意志で。


誰かに決められた物語ではなく――


自分たちの物語として。


---


### 次回予告


王都への帰還を決意した三人。


だが、その前に――


準備が必要だった。


民衆の前で話すための、演説。


王国を説得するための、証拠。


そして――


クロウの体を、少しでも長く保たせる方法。


リオは、ある決断をする。


「クロウの命を、救う方法があるかもしれない」


**第18話「光の演説」**


希望は、まだ消えていない。

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